☆ 食糧自給率80%のために(下) ――――――――― 2009/04/22
by 馬場伯明さん
ーーー日本農業の未来につながる身近な事例を紹介する。
私の故郷、長崎県雲仙市の(旧)南串山町は、人口5000人に満たない町であ
る。平野が少なく、米が獲れない。見渡す限りの段々畑。農業事業者は戦前か
ら露地栽培の換金作物に注力し賢く生き残ってきた。百合根・生姜・サツマイ
モ・ジャガイモ・タマネギ・レタス・カボチャ等々。
南串山町は、高い農業後継者率を誇る。年間500万円以上の農産物販売額を
有する農業事業者(経営体)が72%を占め、雲仙市平均32%、長崎県平均2
0%、および全国平均14%を圧倒的に大きく上回っている。
(「2005農業センサス」「雲仙市総合計画(2007」)
その中で、私が知る農業事業者の事例を記す。ーーーある意味ではすでに自立
し、戦う体制を整えている。
T氏。私の中高の同級生。ジャガイモ農家。長崎県は、北海道に次ぐジャガイ
モ生産地である。南串山町の農家はその主力である。澱粉やポテトチップス用
など、「量」ではなく「うまい」という「質」が売りである。
T氏は、いつも生産と市場のバランスに関心がある。品種選択、作付・出荷時
期の調整など。小規模農家の農地や遊休農地の買収・賃借による積極的な「出
作[でさく]」による規模拡大を進め、島原半島の他地域や他県へも進出してい
る。流通・市場の判断でも農協や地域をリードする。
本人はすでに第一線から引退し、市会議員(前副議長)をつとめている。息子が
しっかり継承している。
M氏。小中の同級生、農業高校卒。約100頭の乳牛を飼う。彼は、国や業界
のやり方とは一味違う独自の生乳事業を確立している。
M氏は、トウモロコシ等の配合飼料の使用を押さえ、酪農の原点である牧草飼
料を主とする。土地に合った牧草の種類や効能を研究・工夫し、優れた品質の
生乳を生産する。
地域の市場を詳細に把握し、地産地消を主体に採算性を向上させている。米国
のトウモロコシ価格の変動には右往左往していない。
牧草畑にジャガイモを間作することもある。数ha(町)の畑を、大型機械で耕
す。種植え・草取り・追肥・収穫等は一時雇用による。販売は農協ではなく、
仲買人の入札とする。昔ながらの農業の手法ではない。
太い柱と厚彫りの欄間がある桧造りの豪邸が完成している。帰省した私と酒を
酌み交わし、いつも言う。「頭を使わにゃだめばい。ばってん、ちゃんとやれ
ば(日本農業は)必ず勝てる」。ーーー後継者の息子と共に進む。
今、現場を熟知する国・県・市などの役人=公務員)や農協職員が減っており
頭でっかちの者が多くなったらしい。だが、M氏は彼らの言動に左右されるこ
とはない。
もう1人、H氏。中学校の2年後輩。農協一本の流通を変えるために、農産物
の仲買人となる。市場を分析・研究し、事業を拡大し、農業企業を設立し生産
分野にも進出した。
論議の有明海諫早干拓地に入植し、約40万ha(町)を借り、新種のレタスを
植え、昨年福岡などへ初出荷した。農業試験場と連係し品質の改良に努める。
仲買人として蓄積した市場分析の経験を駆使し、出荷・流通の適切な時期を判
断し「利益」を出す。息子も親の後姿を追う。
最先端の大規模農業の経営で「中国野菜よ、来るなら来い」と自信満々で迎え
撃つ。当然ながら、商工業等や一般のサラリーマンなどを大きく凌駕する所得
を得ている。
「国是:食糧自給率80%」は、このように自立した農業事業者抜きにして達
成されるはずがない。安定した所得が得られないような経営状態のままで、ど
この、だれの息子が農業や畜産業などを継ぐものか。
平成20年の農業就業人口は、農水省の調査では298万人、65歳以上:6
0%(39歳以下:8.5%)。一方、イギリス:8%(同:32%)、フランス
:4%(同:28%)。大違いである。日本農業の担い手の若返りは待ったなし
である。
兼業農家や零細農家を含め一律「所得保証をする」などと、農業従事者を「乞
食」とみなすトンデモ政策(とても『政策』とは呼べない)を唱える政治家がい
る。ーーー愚民政策である。
目指す目標は何か。「国是・食糧自給率80%」の達成へ資金等を集中し、経
営体質を強化し、世界と戦える農業事業者を育成することである。
国や政治家は、人気取りのバラマキ農政をやめる。断行すべきは輸入義務米=
ミニマムアクセス枠)の横流しや、保管倉庫・流通を巡る天下りなど、農業界
にぶら下がる「寄生虫」を絶つことである。
日本全国には、おそらく多くのT氏・M氏・H氏がおり、その陰には、消えゆ
く農業事業者もいるであろう。私の主張は珍しいものではないが、それはどう
でもよい。問題はやるか、やらないかである。国や政治家は、世界と戦い自立
する農業事業者を全面的に支援し、日本農業の自立・再生の施策を蛮勇をもっ
て実行してほしい。
ところで、本論(加瀬氏)には《日々の消費を通じて農を振興するべきである》
ともある。私たち=消費者は「食料安保」という言葉を忘れず、日本の農作物
を愛[め]で、消費する習慣をつけたいものである。
「食糧自給率80%」の達成は決して到達不可能なことではない。遠く明治維
新を想起し、欧米の農業に一刻も早く追いつき、追い越さなければならない。
(追記)
加瀬氏は《農業は日本にとって命の源である》と、農業が日本の道徳律や共生
の精神を培ってきたことを重視されるが、少し異論がある。その「源」は農業
・農民だけではない。あの時代そのものであろう。
かつて、日本の「士農工商」の各階層にそれぞれの「一分[いちぶん]」があっ
た。武士道、職人気質、商人道という言葉が残っている。
名著「逝きし世の面影(渡部京二著)」には、私たちが忘れ去り失ってしまった
かもしれない、日本民族の美徳や誇るべき生活態度が、当時の外国人の記録な
どを通して丹念に記されている。----なお、私は田舎や農家のしきたり・風習
・民俗・行事等を今も大事にし共同で守るようにしている。
【注】:食糧自給率(%)=国産で賄われる国内消費供給カロリー/人÷国産+
輸入の国内消費供給カロリー/人×100。なお、この計算式は日本(農水省)
独特のもの。世界各国では使われていない。
別に、食糧自給率(%)=国産で賄われる国内消費供給カロリー/人÷国民に必
要な適正食事摂取カロリー(厚労省)×100。という指標も考えられる。
= おわり =
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