☆ 日本の農作物を世界に!芸術的作品の果物から ―― 2008/03/01
by 中村忠之さん
┌──────────「巻頭一言」
やっぱし! 中国公安省幹部が中国国内で有機リン系殺虫剤「メタミドホス」
が混入した可能性を否定した。しかも日本側が捜査に非協力的と批判した。こ
れより少し前には天養食品側は「一番の被害者は我が社」と発言したことと併
せ、日本流にいえば「○○たけだけしい」の一語に尽きる。これでは逆に損害
賠償でも言い出しかねない雲行きである。
なんでもすぐに謝る日本人の尺度で考えると、とんでもないことになるという
教訓である。マスコミさん負けずに大きく報道して〜。(中村)
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「動物(家畜)の改良はイギリス、植物(農作物観賞用植物など)の改良は日本」
という定評がある。たとえばイギリスでは、競馬用のサラブレッドとか、目的
別のイヌの改良では他の追随を許さないし、世界中で飼育されている家畜や家
禽の基礎種のほとんどは、イギリスで作出されたものである。
私たちが何のためらいもなく「和牛」と呼んでいる、世界に冠たる霜降り肉用
牛も、かつて日本で飼育されていた役用牛にイギリス出自の肉用牛を、気長に
交配して作出されたものである。
もちろん、こうした試行錯誤が伴う動物の改良には大きな金額と長い時間がか
かるが、イギリスではかつての封建諸侯や貴族が、その名誉をかけて取り組ん
できた歴史がある。
その点植物の改良は、主として1年という短いライフサイクルで改良が進むも
のも多く、また実生のほかに挿し木・接ぎ木などのローコストで済む園芸にし
ても、お金よりも根気と感性がものをいう「盆栽」にしても、いずれも「理論
の前に実行」という方法として、日本人の十八番[おはこ]・お家芸といわれて
きた。
しかも日本人の「よりよいものを追求する」という姿勢のお蔭で、植物の改良
は世界でも類のない程すばらしい成果を上げてきた。たとえば江戸時代大流行
した朝顔だが、今ではその復元が不可能といわれるほど多くの変種を生んだし
イネにしても、すでに江戸時代には実に二千種という多種多様な品種があった
といわれている。
江戸時代の俳句に「菊づくり 汝[なんじ]は菊の 奴[やっこ]かな」という
のがある。なにしろ1枚の枯れ葉も許さらないというストイックな努力が日本
の植物改良の礎となっているのだが、ここには日本人の美意識と芸術的ともい
える感性が見て取れるではないか。
文字通り寝食を忘れて改良に取り組み、しかも我が子供のように「手塩にかけ
て」育て上げた、世界中どこにも見られない珠玉の成果が日本のフルーツであ
る。産地間や他のフルーツとの競争の末、作出されたれた新製品誕生秘話が、
NHKの「プロジェクトX」でも取り上げられているが、こうした超絶美味の
果物や果実を、日本人だけのものにしておくのは実に「勿体ない」ことであり
広く世界の人に享受して貰うことを願うばかりである。
まずブドウ。
口にすれば軽い酸味と甘い果汁がほとばしるあの美しいグリーンの大粒なマス
カット、そして濃い紫色のピオーネ、繊細な味わいと色合いの大きな珠玉のよ
うなイチゴ。一本の茎から一本しか収穫しないという、とろける甘さのマスク
ドメロン。
信じられないほどの大きさと肌触りと色合いの水蜜桃・白桃。サクサクといた
噛みごたえとジューシーさのほとばしる二十世紀・新世紀ナシ。果実の王様リ
ンゴでは、果肉にしっとりと蜜をたたえたフジ。
一粒一粒磨き上げた宝石、サクランボの佐藤錦。柔らかくて剥きやすい皮と甘
酸っぱい果汁が至福の味のミカン…。誠に陳腐な修辞だが、「いずれがアヤメ
カキツバタ」。
こうした究極の味を世界中の人に是非味わって欲しいものだ。しかもそうした
絶妙の味は、なにもフルーツに限ったことではない。コシヒカリ・アキタコマ
チに代表されるお米であり、芸術的な霜降り肉の和牛であり、淡麗あるいは芳
醇、上品でこまやかな味わいの日本酒である。そのいずれも、精緻な技術と伝
統にに裏打ちされた日本農業と伝統技術の所産なのだ。
もちろん、輸出先においても幸せの味に浴せる人はやはりお金持ということに
なる。そのターゲットとしてもっとも有望なのは、日本のエネルギーの90%
を担う中東産油国の王族であり、お金持である。こうした日本の味覚の最先端
に接した彼らには、日本に対する畏敬と友愛の思いが一層募ることだろう。
こうした日本文化の成果を、それぞれ別途に供給することは無理であって、し
かも砂漠に覆われた酷暑の地帯ともなれば、品質保持を始めそこには当然一貫
した計画を実施するための、流通を中心とした販売組織の構築が不可欠であり
農水省・外務省・経済産業省の強力なバックアップを武器に、専門商社あるい
は総合商社の出番である。もし作物だけの輸出が困難であれば、当然それを保
管し且つ販売する超高級スーパーマーケットとドッキングしての進出まで視野
に入れるべきであろう。
では、ついでに野菜もという要求が出るかもしれない。
その場合は、砂漠に中に(日照量を武器とした)太陽光発電プラントとドッキン
グした農場を建設しよう。2m以上の高さの位置に、(最低限)日光照射のため
一定間隔で空間を持たせて太陽光パネルを設置する。もちろんその下が農園に
なる。
ます太陽光で生まれた電力で水素を造って水を生成し、太陽光パネルの洗浄と
農場の点滴栽培の水源になる。必要であれば当初水溶性栄養分を付加するが、
その後は作物残滓を鋤き込んで地味を豊かにしていけばよい。周囲には防風林
の植林を並行して行う。栽培条件によって水耕栽培も視野に入れればよい。
かくして日本の農産物が、中東の地に根付いていけばしめたものだ。この仕組
みはなにも中東に限ったことではなく、チャイナにしてもその他日本の食の素
晴らしさを希求する国々に根付かしたい。また太陽光農園に限れば、砂漠地帯
の救済に大いに貢献できるだろう。
場合によっては、ODAの援助で砂漠地帯での緑化作戦のノウハウを構築する
ことも含め、日本からの技術者や農業経験者の進出も考えられるではないか。
たとえばこうした発想に対して、「一部のお金持にだけのためではないのか」
「世界中で多くに人が飢えているのに、なぜ金満家をターゲットにした農業な
のか」という批判や疑義もでるだろう。しかしながら今日本では、高齢者だけ
が棲んでいて、早晩消滅の運命にある「限界集落」が増え続けている。
これは、育成・振興よりも保護政策に、しかも「コメづくり」に特化した稚拙
な日本農政のもたらした不幸な結果ともいえるが、こうした疲弊のどん底にあ
る農村を立ち直らせ、いささかでも食料自給率の向上と、自立農家の養成のた
めに前途に光明をもたらす適切な手段ではないだろうか。
いずれにしても、日本の持つ最大の長所をいたずらに眠ったままにして、食糧
自給率の低さを嘆くのことから一日も早く脱却しなければならない。口でいく
らきれいなことを言っても、今後FTAなど、農業自由化の流れは益々激しく
なってくる中で、農村が無くなっては国が成り立たないではないか。
そうした時、価格競争の枠外にある日本農業の高級フルーツ、或いは牛肉・高
級米の輸出振興は、今までかたくなに門戸を閉ざしてきた日本の農業文化の解
放にも繋がるものと言えるのではないだろうか。
最後にひと言、
美しい自然に恵まれた国は、美しい心根の人たちを生み、美しい心根の人たち
は美しい草花を育て、美しい果実を実らす。
= おわり =
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転載元:メルマガ「縄文塾通信」→ http://www.mag2.com/m/0000184916.html
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