☆ 夢と誇りを持てる農業を ―――――――――――― 2007/12/16
by 伊勢雅臣さん
―― 1.農業は大きな夢を持てる職業
長野県は八ヶ岳の山麓に一軒の農家がある。横森正樹さんとその妻、子供夫婦
の4人で、8ヘクタールほどの畑を耕し、レタスや白菜などの高原野菜を作っ
ている。
高原野菜は春から秋までが忙しい。収穫期は午前4時半頃から畑に出る。朝ご
飯はレタス畑の中で、3人の孫たちもまじえて一緒にとる。信州の雄大な山々
に囲まれての朝食だ。冬は農閑期。家族水入らずで好きな事をして過ごす。
しかも、横森さんは相当な高収入を上げている。家族で毎年海外旅行に行って
いるほどだ。息子の一家の生活費はすべて親が出し、その以外に月15万円の
小遣いと、サラリーマンでは貰えないような額のボーナスを受け取っている。
横森さんは言う。
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農業は、やり方次第できちんとしたビジネスになる。意外かもしれないが大規
模化や法人化をしなくても、個人経営であってもビジネスになるのだ。農業は
けっしで夢も希望もない職業ではない。大きな夢を持てる職業である。
[1,p37]
└--------
―― 2.農業を継ぎたい
美しい自然の中で豊かな生活ができるのなら、農業を志したいという青年もお
おぜい出てくるだろう。横森さんの息子もその一人だった。
横森さんは息子に「農業を継いでくれ」と頼んだことはない。
逆に、息子が継ぐと好きなときに定年を迎えられなくなるので、できれば継が
ないでほしいと思ったぐらいだ。しかし息子は、父親が好きな農業に打ち込む
姿を見て、継ぎたいと言った。
農協の職員にでもなってくれれば、と思って県の農業大学校の指導学部に行か
せたが、息子の農業をやりたいという意思は変わらなかった。
卒業後、アメリカへ2年間の農業研修に行かせた。別世界を見れば考えも変わ
るのではないか、と期待したのだが、帰ってくると「やっぱり農業をやる」。
最後の手段として「農業をしたいなら嫁を探せ」と言った。農家は嫁さんの働
きが不可欠である。息子は2年かけて、一緒に農業をやるという嫁を探してき
た。農業とは関係のない家庭に育った女性だったが。
横森さんは、ついにあきらめて跡継ぎを許したのである。
―― 3.「農業の原点」は「土作り」
別に大規模農業をやっているわけではない。高度な機械や革新的な技術を使っ
ているわけではない。あくまで普通の家族農業なのだ。それなのになぜ、これ
ほど余裕のある生活ができるのか。
横森さんは「経営として成り立つ農業を行うには、『農業の原点』を見失わな
いことが大切だ」と語る。[1,p36]
「農業の原点」とは何か。その第一は「土づくり」だと言う。
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作物は自分が成長するために、土から莫大なエネルギーを吸収する。だから、
毎年作物を育てるためには、使っただけのエネルギーに見合う栄養分を土に与
えてやらないといけないことになる。・・・
ひと言で栄養といっても一つや二つではなく、いろんな種類の栄養が必要であ
る。・・・これは私たちの身体を考えてみればわかりやすいと思う。私たちも
いろんな食べ物をバランスよく食べることで健康でいられる。土も同じ事なの
である。
土に栄養を与えてやるには、まずその土が栄養を吸収できる状態になっていな
ければいけない。これも人間とよく似ていて、健康な身体は栄養をたっぷり吸
収できるが、病気の身体にはなかなか思うように吸収されないからだ。
では、「栄養が吸収できる状態」の土とはどんなものかというと、実は、土壌
微生物がたくさん繁殖し、活発に活動できるような状態のことなのである。
[1,p27]
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―― 4.丈夫な土とは
土壌中の微生物が栄養(有機物)を無機物に分解し、作物は根を通じてそれを吸
収する。したがって、微生物が元気に動き回れるような状態の「土」を作るこ
とが「土づくり」なのである。
化学肥料には、窒素やリン酸、カリといった、作物に必要な養分は豊富に含ま
れている。しかし、微生物はミネラルやカルシウムといった別の栄養分が必要
である。だから化学肥料ばかり与えている土には、微生物が住めなくなる。
それでは、いくら必要な栄養を与えても、作物は養分として吸収できなくなっ
てしまう。
きちんと「土づくり」された状態を、口で説明するのは難しいが、横森さんは
一目で分かるという。丈夫な土とは、触ってみると「ほぉわん、ほぉわん」と
しているという。
横森さんは、いろいろ苦労した揚句に、炭などを使った土づくりに成功した。
その土で作った野菜の味は、しっかりとして柔らかくてアクがなく、甘みも出
てくるようになった。市場などから「日持ちがよくなった」とも言われる。
高価な機械や大量の化学肥料に頼らないから、コストも安い。
こうして安くておいしい野菜を作れるようになったことが、農業で高収入を上
げている秘訣なのである。
―― 5.祖父から教わった「土づくり」
横森さんが「土づくり」を教わったのは、祖父からだった。
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祖父は、自分で作った一町歩ほどの田んぼで米づくりに精を出す一方で、養蚕
もやり豚も飼っていた。そして、堆肥づくりも一生懸命だった。ヒマさえあれ
ば近くの山に行っては落ち葉を集めてきて、それに豚の糞尿、麦わらを混ぜて
発酵させ、堆肥を畑に撒いていたが、祖父ほど土を肥やすことに力を入れてい
た人はいなかったように思う。
とにかく大量の堆肥を作っては畑にすき込んでいた。 [1,p44]
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横森さんが小学校高学年にぐらいになると、祖父の手伝いをさせられた。
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祖父のもとで、私は農業の基本を教わった。教わったといっても、当時は祖父
から「やれ」と言われるまま手伝っていただけで、具体的に「堆肥はこうやっ
て作るんだぞ」などと教わることはなかった。
しかし祖父の後ろ姿を見ているうちに自然に覚えていった。畑の土はこうやっ
て作るものなんだということが身体に染みついていった。その当時は、言われ
るがままにやっていただけだが、自分で農業をやるようになって、祖父がやっ
ていた土づくりがいかに大事か、だんだんわかっていった。 [1,p45]
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―― 6.日本に適した農業とは
祖父の教えを思い出して、自らも「土づくり」を追求した結果、横森さんは美
味しい野菜を低コストで作ることに成功した。そしてこれが日本に適した農業
だと、横森さんは言う。
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日本の農業は、狭い土地を有効利用する農業である。アメリカのように大型機
械を使って合理的な作業をすることはできない。しかし、土地が狭い分、管理
は行き届き、品質の高い農産物ができるのだと思う。
それだけではない。実は、日本はたいへん恵まれた自然環境にある。温帯で多
雨の気候はかけがえのないものと言える。農村には豊富な資源があり、それら
を循環利用しながら作物を育てることができるからだ。
家畜の糞や尿、そして森林から採ってきた落ち葉、稲作によって生ずる米ヌカ
やオガ屑。これらすべてが農業の貴重な資源になる。これらを土に戻してやる
ことで、作物は丈夫に育っていくわけだ。 [1,p87]
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農業の効率を上げるには、大規模化と機械化が必須のように言われるが、横森
さんはそれに疑問を呈する。狭い土地でも、しっかりと土作りを行い、高品質
の作物を作れれば、家族農業でも十分にやっていける。
また、高価な機械を入れても、その支払いに追われて、かえって収入は減って
しまう。家畜の糞尿や、落ち葉などを土に戻してやるという循環型農業では、
人手でこなすのが最も効率的だ。
面白いことに、横森さんは「有機栽培による高付加価値販売」という考えにも
批判的だ。有機資源を循環利用させて美味しい作物を作るのは「百姓」として
当たり前の姿である。それをことさらに売り物にして、限られた消費者層に高
く売るというのは、おかしいと考える。
家族で狭い土地ながらしっかりと土づくりを行い、安全安価で鮮度も味も良い
農産物を供給する。この日本古来の伝統的な農業に立ち返る事が「経営として
成り立つ農業」への近道だと、横森さんは考えるのである。
―― 7.農業は「家業」ではなく「経営」になる
伝統的な「土づくり」に続く「農業の原点」の第二は、アメリカで学んだもの
である。
横森さんは、昭和38(1963)年、22歳のときに、日本政府による農業者
の海外研修制度に応募して、約3年間、ロサンゼルス郊外の野菜農家などで作
業研修を受けた。
40人ぐらいのメキシコ人労働者に混じって、農繁期には朝の7時から夜11
時頃まで収穫や箱詰めにかかりきりになる。あまりの仕事のきつさに研修生仲
間からは「これは研修じゃない。完璧な奴隷だよ」という声まででた。
そんな中で横森さんは、目から鱗の思いをする事を学んだ。このアメリカの農
場主は、青果市場に自分の店舗を持って直接販売していたことだ。一部の作物
は、冷凍コンテナに詰めて他州にも売りさばいていた。
横森さんはこれを見て、「作ったものを自分で売れば、農業もお金になる」と
気づいた。
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日本では、作ったものはすべて農協に渡し、その後のことについては農協に任
せ切りである。儲かったとか儲からなかったという感覚をもつことさえない。
しかし、自分で売れば、儲かっただけやりがいを感じ、損をすれば何が原因か
を考え、次には別の手だてを考えることができる。こうした農業は「家業」で
はなく「経営」となる。経営に転換すれば、農業はお金になるのだと私は実感
した。 [1,p66]
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―― 8.株式会社信州がんこ村
帰国後、しばらくして自らの畑で「土作り」からの農業を始めたが、当初は農
協を通じて作物を売っていた。しかし、愛知県のスーパーが横森さんのレタス
を逆指名してくれたり、横森さん自身も「農協も品質によって価格を別にする
など、臨機応変な対応をしていくべきではないか」と何度も提案したが、
農協側は「売り手と価格について、組合員に口を出して貰っては困る」と拒絶
した。これで横森さんは、農協との決別を決心した。
そのスーパーは、横森さんと直接契約をして、畑まで作物をトラックで取りに
来てくれた。やがて横森さんは、近隣の農家に土作りを教え、美味しい野菜を
作れるようになるとそのスーパーに紹介して仲間を広げていった。
スーパーと直接取引をしてみると、実際の消費者がどのような作物を求めてい
るのか、情報を得られるようになった。直接販売によって、真に消費者の求め
ているものをタイムリーに供給するという「経営」ができるようになったので
ある。
平成12(2000)年5月、横森さんは「株式会社信州がんこ村」を立ち上げ
た。生産者のメンバーは、長野、群馬、山梨で野菜や果物を作る二十数名。会
社の職員は、横森さんの他に2名がいて、卸業者、流通業者と交渉する。
「信州がんこ村」は、設立一年目にして2億円を売り上げ、1千万円の営業利
益を計上できた。きちんとした「経営」をすれば農業は儲かる、という横森さ
んの主張は実証されたのである。
―― 9.農業に夢と誇りを
わが国の食糧自給率(カロリーベース)は、昭和40(1965)年には73%
だったのが、平成17(2005)年には40%まで落ちこんでいる。アメリカ
やフランスなど農産物輸出国は言うに及ばず、ドイツ84%、英国70%、ス
イス49%など、主要先進国の中でもわが国の自給率は最低である。
しかも、農地面積は昭和40(1965)年の600万ヘクタールから、平成1
7(2005)年には469万ヘクタールへと、22%も減少している。[2]
農家も後継者難で高齢化が進む一方だ。
現在はアメリカやオーストラリア、中国などからの安い輸入農産物に頼ってい
るが、世界の人口増の中で、今後は食料は奪い合いになり、当然値段が上がっ
ていくし、さらには輸入したくともできない事態もありうる。
そうした事態に備えて、若い人が夢を持って農業を志せるような環境が必要で
ある。横森さんの伝統的な「土づくり」と近代的な「経営感覚」に基づいた農
業は、安くて美味しい農産物を国民に供給し、農民自身も豊かな生活を送れる
ようにする。
そこから、百姓としての誇りと夢が生まれる。
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ここまでやってこられたのは、やはり農業が好きだったからである。好きでな
ければ続かなかった。それから常に「経営」としてやろうという意志を持って
いたからである。
そして自分なりにいろんな「夢」を持っていたからだと思う。
いまは、農業に夢を持てなくなっている農家が多い。私は、少しでも多くの農
家に夢を持ってほしいと思う。そのためのお手伝いをしたいと思う。それが今
の私の「夢」である。 [1,p232]
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(文責:伊勢雅臣) = おわり =
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参考リンク:
a.JOG(024) 平和と環境保全のモデル社会:江戸
鉄砲を捨てた日本人は鎖国の中で高度のリサイクル社会の建設に乗り出し
た。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog024.html
b.JOG(390) 「鎮守の森」を世界へ
鎮守の森から学んだ最新生態学理論で宮脇昭は国内外のふるさとの森づく
りを進めている。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog390.html
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Mail: nihon@mvh.biglobe.ne.jp
Japan on the Globe 国際派日本人養成講座
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