|
ラオスからの手紙 ―――――― by 桜ちゃんのパパ
|
☆ お姉さんが妹に・スアム ―――――――――――― 2003/02/05
--------------------
┏━┓
┃お┃姉さんが妹に。。
┗━┛
12月に、親戚の結婚式でビエンチャンに帰った。
女房の兄貴と、女房の弟の嫁さんの妹の結婚である。
妻の淑珍は15人兄弟の9番目、彼女の兄貴のピーは7番目で今年42歳、
弟のポロは32歳。
ポロの奥さんのコーンは27歳。
彼女の妹で、今度結婚するニットが25歳になる。
こんがらかると思いますので ▼ 関係図。
今--→兄(ピー:42)
回 │
結 妻――私=筆者
婚 │
し │
た 弟(ポロ:32)――妻(コーン:27)
2 │
人 │
└--------------------→妹(ニット:25)
こういう関係で結婚すると、コーンとニットは年齢の上ではコーンがお姉さん
になるが、ラオス語でいうスア・サーイ「血筋」の上では、ポロのお兄さんで
あるピーと結婚した、ニットのほうがお姉さんになる。
ということで、ラオス人の場合はこのような結婚を避けるようである。
彼らの場合は、ポロと結婚したコーンが、ポロの実家であるサムセンタイの焼
き飯屋に御手伝いで住み着いて、それから恋が芽生えたという感じである。
ポロの奥さんは、両親がサムヌア=注:1)出身のラオス人。
ラオス北部の県で、ベトナムと国境を接しています。
華僑の男性は、最終的にはラオス人と結婚する例が多い。
本当は、習慣が似ている同じ華僑の女性と結婚したいようであるが、華僑の女
性とはなかなか結婚できない。
これについては、小生の「楽しくて為になるラオス語」に書いたので読んでく
ださい。
また、淑珍の実家のサムセンタイ=注2)にある焼き飯屋もどうか贔屓にして
下さい。
サムセンタイ通りを、ラオプラザ・ホテル=注3)から空港の方に向かい、信
号がある交差点の、もうひとつ手前の交差点のそば、道路をはさんで真向いは
金屋さんになっている。ーー店の看板はないが、近くで聞いたらすぐわかる。
┏━┓
┃ス┃アム。
┗━┛
これはビエンチャンでは「便所」の意味である。
だけどシェンクアンでは「寝室」の意味になるとのこと。
尊敬している富田竹次郎先生の「タイ日辞典」で調べてみると、
┌--------
│1.スアムは元来「部屋」の意味で、中部タイの昔の庶民の家は間仕切りの
│ないひと部屋で、便所というものは設備されていなかった。
│今でも、東北地方では新婚夫婦の部屋をスアムという。
│2.(東北)寝室。
└--------
以上のようになっていた。
したがって、シェンクアンでラオス人の家に泊まった時、
「スアムで寝てください」と言われても誤解してはいけない。
便所ではなく寝室の意味であるから。
チャオ・アヌー=注4)の時に、ラオスはシャムに戦争で負けて、
シェンクアンの人々は、タイに奴隷で連れて行かれた。
19世紀のラオスの王様。
タイ(シャム)に攻撃され、捕まってバンコクへ連れていかれた悲劇の王。
その名残か、タイ語とシェンクアン方言には類似点が多いというが、
これもその例かもしれない。
= この稿おわり =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┐
┌--------
│ ラオスの情報 ▼ ・・です!!
│ http://members.tripod.co.jp/kengchang/
│
│ XIANG KHOANG(シェンクアン県)▼「県の情報」
│ http://www.t3.rim.or.jp/~hkato/laotrp/nondhtml/nlao3xk.htm
│
│ --(ポンサワン)―スペルが分らん!▼「町の情報」
│ http://homepage1.nifty.com/fmac/infomation/travel6.htm
└--------
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
|