国際派日本人養成講座 ――――― by 伊勢雅臣さん
☆ 国柄探訪:国語の品格 ――――――――――――― 2008/06/22

品格ある国語は、品格ある国民を作る。

―― 1.吾々の護るべき第一の文化財は、日本語そのもの

武田鉄矢作詞の海援隊ヒット曲『贈る言葉』を好きな読者は多いだろう。次の
ような歌詞で始まる。

暮れなずむ町の 光と影の中
去りゆくあなたへ 贈る言葉

「暮れなずむ」の「なずむ」とは、「すんなりと進まない」「滞る」という意
味であり、したがって「暮れなずむ」は「暮れそうで暮れない」という意味と
なる。そんな夕暮れと同様、「去りゆくあなた」も、去り難い気持を抱いてい
るのだろう。

我が祖先は「日が暮れる」という単純な現象を濃やかに観察して、初めは「暮
れそめる」が「暮れなずむ」となって、徐々に「暮れ行き」、やがて「暮れ果
てる」と表現した。

「近年、文化財の保護ということが重視されているが、吾々の護るべき第一の
文化財は、日本語そのものでなければならぬ筈と思う」とは、慶應義塾塾長に
して、今上陛下の皇太子時代の教育掛であった小泉信三の言葉である。

「日本語が文化財」というのは、「暮れなずむ」という言葉を知り、共感でき
れば、そこから時の移りゆく様を惜しむ先人の感じ方、生き様、すなわち文化
を受け継ぐことができるからである。

「日本語を護る」といっても大仰に考える必要はない。我々が「暮れなずむ」
という言葉に感ずるところがあれば、その言葉の生命は我々の心の中で継承さ
れ、護られていると言える。

そのようにして護りたい美しい言葉のいくつかを本号では紹介したい。

―― 2.あけぼの、あかつき、しののめ

清少納言の『枕草子』の冒頭の一節は、学校で学んだ人が多いだろう。
┌--------
春はあけぼの、やうやうしろくなりゆく、山ぎは少しあかりて、紫だちたる雲
の細くたなびきたる。
 --------
春はあけぼのがよい。だんだんあたりがしらんでゆき、山際の空が少し明るく
なって、紫がかった雲が細くたなびいてるのがよい風情である。
└--------

「あけぼの」の語源は不明だが、「あけ」は「開け」または「朱[あけ]」「ぼ
の」は「ほのか」と同根だろう。太陽はまだ地平線に姿を現さないが、東の空
がほのかに明るくなって明けゆく時を言う。

「あけぼの」の前、薄暗い時間を「あかつき」、東の空が少し明るくなる時刻
を「東雲[しののめ]」と言う。

「あかつき」は、奈良時代の「あかとき[明時]」が平安時代に「あかつき」と
転じたもの。かつては「宵」「夜中」に続いて、まだ暗い「未明」の頃を指し
た。男が女の家を訪れる通い婚の時代には、この頃に男が去っていくので「あ
かつきの別れ」という表現もある。

今は、空が白み始める「明け方」を指すようになった。転じて、物事が成就し
た時期を指すようにもなり「試験に合格したあかつきには」などと使われる。

「しののめ[東雲]」の語源は諸説あるが、山の端が細く白むのを「篠(小竹)の
芽」の細さに喩えて言ったとする説などは視覚的で美しい。「あかつき」と同
様に「しののめの別れ」とも言う。

あかつき時を詠った名歌を一つ。
┌--------
ひむがしの野に炎[かぎろひ]の立つ見えてかへり見すれば月傾かたぶきぬ
 --------
東の野にあかつきの陽炎が射すのが見えて、振り返って見れば月が傾いていた
└--------

万葉集中の柿本人麻呂の絶唱である。地平線上に現れた「あかつきの陽炎」を
「炎[かぎろひ]」と呼び、その反対の西側に静かに沈んでいく白々とした月を
対比している。

―― 3.月明かり、雪明かり、星明かり、花明かり、川あかり

昔は電灯などはなかったので、月、星、雪、花、川など、かすかな明かりに敏
感だった。月の光を「月明かり」、または「月影」とも言う。

をとめらは 夏の祭りのゆかた着て 月あかりする山の路ゆく

平成19年歌会始のお題「月」に、常陸宮華子妃殿下が詠まれた御歌である。

同様に「雪明かり」「星明かり」「花明かり」「川あかり」などとも言う。特
に「花明かり」は、桜が咲き乱れて、日が暮れてもなおそのあたりが明るく感
じられる様を指す美しい言葉である。

蜜蜂の 暮れて戻るや 花明かり(花臾)

は、河東碧梧桐の選んだ句で、情景が目に浮かぶようだ。

―― 4.五月雨[さみだれ]

わが国土は雨が多いので、先人たちは雨を細かく観察し、描写した。まずは言
わずと知れた芭蕉の名句:

五月雨[さみだれ]を 集めて早し 最上川
 --------
長く山野に降り続いた五月雨を集めて、速い勢いで流れて行く最上川であるこ
とよ。

五月雨[さみだれ]は、文字通り5月に降る雨のことだが、旧暦の5月は新暦の
6月から7月にかけて。したがって梅雨時に降る長雨を指した。

一説に、早苗[さなえ]を植える「早苗[さなえ]月」が「五月[さつき]」となり
その「早苗が乱れる雨」が「さみだれ」となったという。水田に植えられた早
苗が、梅雨時の長雨によって右に左に傾いている光景が思い浮かぶ。

―― 5.時雨[しぐれ]

「時雨[しぐれ]」は、秋の終わりから冬の初めにかけて降ったり止んだりする
雨のことをいう。「しぐれ」は「過ぎる」に通じ、「通り過ぎていく雨」の意
と言われる。

九月[ながつき]の しぐれの雨に濡れとほり 春日の山は色づきにけり

は、万葉集中の作者不詳の歌。紅葉で色づいた山が、しぐれの雨に「濡れとほ
り」、ひときわしっとりとした様が浮かんでくる。

旧暦の九月は新暦の10月から11月にかけての時期であり、「夜が長くなる
月」なので「長月[ながつき]」と呼ばれた、というのが通説である。

その他にも季節に結びつけられた雨として、春雨[はるさめ]、夕立[ゆうだち]
秋雨[あきさめ]などがある。

―― 6.霧雨、小糠雨、篠つく雨

この他にも、雨の降りざまによって様々な表現がある。夏目漱石は『草枕』の
冒頭で、雨の降り出す情景を次のように精密に描写している。
┌--------
四方[しほう]はただ雲の海かと怪しまれる中から、しとしとと春の雨が降り出
した。菜の花は疾[と]くに通り過して、今は山と山の間を行くのだが、雨の糸
が濃[こまや]かで、ほとんど霧を欺[あざむ]くくらいだから、隔[へだ]たりは
どれほどかわからぬ。・・・

糠[ぬか]のように見えた粒は次第に太く長くなって、今は一筋[ひとすじ]ごと
に風に捲[ま]かれる様[さま]までが目に入[い]る。
└--------

霧雨は「雨の糸が濃[こま]やかでほとんど霧欺く位」の雨。霧雨よりもやや雨
粒が大きくなると「小糠[こぬか]雨」と呼ぶ。「小糠」は米を精白する時に出
る細かい粉のこと。

さらに雨足が太くなると「篠つく雨」という。「篠」は「しののめ」でも言及
したが、群がって生える細い竹のこと。篠を付き降ろしたように、激しく降る
雨を描写した表現である。

その他にも、雨の降り方に従って、俄雨[にわかあめ]、驟雨[しゅうう]、豪雨
[ごうう]などがある。

―― 7.山笑う、山滴[したた]る

山の景色も四季折々に表現された。「山笑う」は、山に花が咲き乱れ、新緑が
芽吹き明るく華やいでいる様子の表現である。俳句では春の季語に使われる。
この場合の「笑う」とは、高笑いというよりは、朗らかな明るい笑顔を想像す
べきだろう。

 もともとは、11世紀の北宋の山水画家、郭熙の『郭熙画譜』にある:

春山淡治にして笑うが如く、夏山蒼翠として滴るが如く、秋山明浄にして粧ふ
が如く、冬山惨淡として眠るが如し

から、俳句の季語として広まった表現とのこと。

故郷や どちらを見ても 山笑ふ

は、正岡子規の句。故郷・松山を囲む山々が、春の陽光のもと、賑やかで活き
活きとした緑で子規を迎えた様が偲ばれる。

夏の山は「山滴[したた]る」、「緑滴る」の意である。

山滴る そのしづかさに ひとりゐる

は、現代の俳人・大橋敦子氏の作。深い滴るような山中の緑の視覚的な賑わい
と聴覚的な静寂とが、対照の妙をなす。

秋の山は「山装[よそお]う」、紅葉で美しく装った様を言う。冬の山は「山眠
る」で、白い雪に覆われて、眠り静まっている。

山を擬人化して捉える表現は、古来から山も「生きとし生けるもの」の一つと
して考えた日本人の感性には当然のものであったろう。

―― 8.いざよう、たゆたう、たなびく

自然を細やかに観察し、和歌や俳句で表現してきた日本人は、その過程で美し
い形容語を生み出してきた。その一つが「いざよう」。

もののふの 八十宇治川[やそうじがわ]の網代木[あじろぎ]に いさよふ波の
行方知らずも
 --------
宇治川に仕掛けられた網代木に寄せる流れは、一時行く手を遮られて、行方は
分からないことだ。

柿本人麻呂の歌である。「もののふ」は「物部氏」で、多くの氏があったこと
から「宇治、八十、八十宇治川」にかかる枕詞となった。「網代木」は「網代
[川魚をとるしかけ]」を支える杭のこと。「いさよふ」は「ためらう、ぐずぐ
ずしてはやく進まない」の意味。

十六夜[いざよひ]も「いざよう」が語根で、月が十五夜の満月よりも少し遅れ
てためらいがちに出てくることからこう呼ばれた。

「たゆたう」は、ゆらゆらと水や空中をさまよう様子を表現する。

天の原 吹きすさみける秋風に 走る雲あればたゆたふ雲あり

江戸時代中期の国学者・歌人、楫取魚彦[かとりなひこ]の歌である。

「たなびく」は、雲や霞[かすみ]などが横に薄く長く引くような形で空にただ
よう様を表す。

秋風に たなびく雲の絶えまより もれ出づる月の 影のさやけさ

新古今集に収められ百人一首にも選ばれている藤原顕輔[ふじわらのあきすけ]
の清涼感あふれる一首である。

―― 9.「日本語は日本人の精神的DNA」

明治期の近代化の過程で、標準語や仮名遣いの統一に尽力した東京帝国大学国
語研究室の初代主任教授・上田萬年[かずとし]はこう言っている。
┌--------
言語はこれを話す人民に取りては、恰[あたか]も其血液が肉体上の同胞を示す
が如く、・・・日本語は日本人の精神的血液なりといひつべし。 [1,p177]
└--------

現代なら「日本語は日本人の精神的DNA」というところだろう。本稿で紹介
した歌や俳句が、あなたの心の中に響いてくるならば、それはあなたの生まれ
や人種を問わず、あなたが日本人の精神的DNAを継承している同胞の一人で
あることを示している。

そして日本語の精神的DNAを継承して、「暮れなずむ」というような言葉に
共感できる人は、夕暮れの一時をそれだけ豊かな気持で過ごすことができる。
言葉は我々の心を豊かにする糧でもあるのだ。

この精神的DNAは、ここで紹介したように代々の日本人を通じて継承され、
発展してきたものだ。本稿では、8世紀初頭に活躍した柿本人麻呂の和歌を紹
介したが、1千3百年前の日本人の和歌を現代の日本人がほとんどそのまま理
解し、共感できるというのは驚くべき事なのである。

こうした豊かな精神的DNAを受け継いだ幸福を、子孫に受け渡していく義務
が我々にもあるのである。

                  (文責:伊勢雅臣) = おわり =
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 関連リンク:
a.JOG(240) 日本語が作る脳
  虫の音や雨音などを日本人は左脳で受けとめ、西洋人は右脳で聞く!?

b.JOG(514) 「ある」日本語と「する」英語
  なぜ日本人は「私はあなたを愛します」と言わないのか?

 参考書籍:(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1.倉島長正『日本人が忘れてはいけない美しい日本の言葉』★★青春出版
  社H17

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