国際派日本人養成講座 ――――― by 伊勢雅臣さん
☆ ナショナリズムという反抗期 ―――――――――― 2008/05/11

言論の自由も、人権も認めない中国のナショナリズムの激情にどう向き合うの
か?

―― 1.長野に林立した中国国旗

聖火リレーを護るべく長野の沿道を埋め尽くした巨大な真紅の中国国旗の林立
ぶりに、多くの日本人は違和感や不安感を抱いたことだろう。日の丸とチベッ
ト旗を持って沿道にいた中川章さん(57)はこう証言している。 [1]
┌--------
市役所近くの交差点で、中国人の集団にいきなり巨大な中国国旗で通せんぼさ
れましてね。若い中国人の男に、旗ざおで左手の甲をたたかれ、小旗をもぎ取
られ、後頭部に旗ざおでズコンですよ。旗ざおといっても長さ2メートル以上
直径3センチ以上もあるアルミ製。・・・

70歳過ぎの知人も、若い女に腹をけられ、プラカードはビリビリに破られま
した。警察官が3人ほど駆けつけてくれましたが、彼らも旗ざおで殴られてい
ました。・・・

結局、私は後頭部に大きなコブが残り、おまけに頸椎[けいつい]ねんざで全治
3週間。医師の診断書をとり警察に被害届を出しました。20人近くの仲間も
頭や背中にけがをしました。女性も老人もお構いなしです。一体ここはどこの
国なんですか!
└--------

自らと異なる主張をする人々に対して暴力を振るうことに、何のためらいも感
じない精神構造は、およそ思想・言論の自由と人権を重んずる近代社会にはそ
ぐわないものである。

―― 2.漢奸(売国奴)

もちろん、冷静に事態を考える中国人もいる。米国デューク大学でチベット問
題をめぐる学内対立の回避を呼びかけた中国人女子学生、王千源さん(20)は
その一人だが、「民族敗類=民族の面汚し」といった罵倒のメールや掲示板へ
の書き込みが殺到し、

そのうえ、個人情報がネット上で暴露され、中国・青島の実家も、赤ペンキで
「殺売国賊=売国奴を殺せ」と落書きされたという。 [2]

「売国奴」をかつて中国では「漢奸[かんかん]」と言った。中国での民主化運
動に関わり、今は日本国内で言論活動を展開している石平氏 [a,b]は「漢奸」
「売国奴」の持つ語感について、こう解説している。 [3,p73]
┌--------
漢奸とか売国奴とかは、いちばんきつい罵倒語で、全人格を否定する言葉にな
ります。あいつは泥棒だといわれても、泥棒には泥棒なりの人間性がある。あ
いつは悪いやつだとか人殺しだとかいっても、人間性まで否定しているわけで
はない。

でも漢奸となると、もう人格も人間性もまったくないわけです。これはお前は
人間じゃないといっているのと同じです。漢奸はキリスト教でいえば悪魔にあ
たるでしょうね。いったん漢奸だと烙印を押されると、もはや名誉回復の可能
性もなくなります。
└--------

石平氏自身は明らかには語っていないが、「今の中華人民共和国という国家自
体に正当性がない [3,p43]」とまで公言している人物だけに、現代の「漢奸」
「売国奴」として王千源さん以上の罵倒が浴びせられているものと思われる。

―― 3.自分が虫けらであるかのような気持にさせられる
    
もう一人、祖国から「売国奴」と罵倒されている人物がいる。

韓国から来日して日韓比較文化論などを著している呉善花[お・そんふぁ]氏で
ある [c]。呉氏は自らの体験をこう語る。 [3,p75]
┌--------
韓国では、女性に対する最悪の非難言葉として、売春婦という言葉が使われま
すが、売国奴という言葉もそれと同じ屈辱感を感じさせる言葉になります。国
を売るというと抽象的に聞こえるかもしれませんが、韓国人には身体を売るの
と同じ感覚で響くんです。

・・・これは人格の否定、もうお前を人間として認めないということですから
何をいってもいいわけです。どんな口汚く罵っても、相手が売国奴である限り
許されます。私に対する非難でも、それはもう、聞くに耐えない汚い言葉がズ
ラッと並ぶんですね。・・・

私の場合は、私を売国奴と非難する韓国の記事などを読んでいると、自分が何
か毛虫のようになっていく気持になるんです。意識のうえでは何のやましさも
感じてないのに、自分が虫けらであるかのような気持ちにさせられるところが
やはり韓国人なんでしょうか。自分でも嫌になってしまいます。

日本をいろいろと知っていって、私を含めた韓国人がいかに日本をなめていた
のか、何も知らずに威張ってばかりいたのかを思い知らされ、そこから自分な
りに感じた日本評価と韓国批判を書いていったわけですが、書けば書くほど韓
国で叩かれるのですね。こんな国って、ちょっとほかにないんじゃないでしょ
うか。
└--------

こんな思いまでしながらも筆を曲げない呉善花氏の節操には、敬意を表するば
かりである。

―― 5.韓国には歴史観というのはひとつしかない

「売国奴」と罵倒されるのは、まずその国家が唯一のイデオロギーや歴史観を
定め、それを盲信する国民が、それへの一切の批判を許さないところから生ず
る。呉善花氏は、自らの体験に照らして、こう語っている。 [3,p127]
┌--------
・・・歴史にはいろいろな観点があるということを、私は日本に来てから初め
て理解しました。だから、日本では韓国や中国の歴史観に賛成する意見も堂々
と述べられるわけです。韓国ではそれは許されないことですね。

韓国には、歴史観というのはひとつしかない。ひとつのイデオロギー、国家の
イデオロギー、国家宗教となっています。そうした歴史教育によって、ひとつ
の歴史観が国民のアイデンティティを形成してしまいます。
└--------

韓国の「ひとつしかない」歴史観は、「日韓合同歴史教科書研究会」での韓国
側の主張によく現れているとして呉善花氏はそれを次のように要約している。
[3,p201]
┌--------
1.日本には神功皇后の三韓征伐説、任那日本府説など、古代以来の根深い征
  韓論がある。
2.それは、豊臣秀吉の侵略前後に、学者たちによって朝鮮劣等論、蔑視論へ
  と集約され、幕末の韓国征伐論となった。
3.明治初期の征韓論は、それを受けて朝鮮侵略を引き起こした。
4.征韓論は、現在の日韓関係にまで延長している。
└--------

日本側の学者は、韓国側から、「合同研究の大前提」としてまずこれを認めろ
と要求されたという。これを「一つの仮説」として歴史的事実に照らして検証
しよう、というならまだ学問的態度といえるが、これを「前提」として認めよ
というのでは、自らのイデオロギーに従えと言っているに過ぎない。

こんな要求を突きつけられた日本の歴史学者たちは唖然としたことであろう。

―― 6.間違いはすべてよそがやっていること

「ひとつしかない歴史観」というのは、中国も同じである。
「歴史を鑑[かがみ]として」とは、江沢民や胡錦濤など中国側が繰り返し使っ
ている言葉だが、これに関して石平氏はこう論評している。 [3,p117]
┌--------
歴史を鑑にするということは、歴史を見て今の自分たちが間違っていることは
ないかと、歴史に照らして正しいことをしているのかと、あらためて自分たち
の今をみつめることでもありますよね。

でも、今の中華人民共和国は、最初から自分たちが間違っているとは思ってい
ません。間違いはすべてよそがやっていることで、自分は間違ってないと思っ
ているんですから、歴史を鑑にする必要はまったくないんです。
└--------

中国が、日本の「侵略」で苦しみを受けた歴史を「鑑」にするというなら、現
在の中国自身がチベットを武力侵略して同じ苦しみを与えているわけで、まず
はそれを反省する必要がある。

そんな事をおくびにも出さずに、日本政府に「歴史を鑑に」というのは、中国
側の「ひとつしかない歴史観」を受け入れよ、という事に他ならない。それは
学問的な歴史観というより、一つの政治的イデオロギーに過ぎない。
    
―― 7.中国・韓国はイデオロギー国家

政府が「ひとつしかない歴史観」を定め、民衆はそれに従わない人間を「売国
奴」として罵倒する。そういうイデオロギー的・全体主義的な風潮がなぜ中韓
に強いのか、呉善花氏はこう説明している。 [3,p232]

┌--------
日本は、江戸時代に地方分権のシステムが根付いていましたが、韓国や中国は
最後まで中央集権国家の歴史でした。そういう歴史性の違いもあって、日本は
韓国や中国の全体主義的な動きには、最初からアレルギー反応が強いように思
います。

根本的な違いは、中国・韓国は、明らかなイデオロギー国家ですが、日本は国
家や民族をまとめる中核思想や中核的な宗教、つまりイデオロギーを持ってい
ない、非イデオロギー国家だということです。

国家、民族、人間の行動を貫く基本的な考え方はこれだ、という一個の大きな
観念形態が規定する原理原則をもつのがイデオロギー国家ですが、日本はまっ
たくそうではない。そして、そうではないということが、中国や韓国にはまっ
たく理解できないんです。

それでも日本は、現実の外交関係では、ちょっとやりすぎと思えるほど、相手
の立場や事情を考慮しながらつきあおうとします。しきりに理解を示そうとす
るんですが、相手のほうにはそういう理解を示そうという発想がない。すでに
そこのところで、価値観や倫理観の違いによる行き違いが出てくるんですね。
└--------

今回の胡錦濤訪問でも、まさに福田首相の姿勢は「ちょっとやりすぎと思える
ほど、相手の立場や事情を考慮」したものだった。しかし「相手のほうにはそ
ういう理解を示そうという発想がない」。こういう行き違いの中では、ガス田
問題、毒ギョウザ問題、チベット問題などに関して、本質的な議論がなされる
はずもなく、当然、何ら具体的な成果も上がるはずもなかった。

―― 8.ナショナリズムという反抗期

日本の地方分権的に対して、中韓の中央集権的という歴史的個性の違いもある
が、もう一つは、国民国家としての発展段階の違いもある。

意見の異なる相手を「売国奴」と罵倒する傾向はかつての我が国にもあった。
たとえば、日露戦争の講和に賛成した『国民新聞』の徳富蘇峰は「売国奴」と
して罵られ、暴徒が社屋に押しかけて焼き討ちを図った。 [d]

一つの国民国家が生まれ、成長していく過程では、程度の差はあれこういう熱
烈なナショナリズムが燃え上がる時期がある。それはちょうど少年が大人にな
る過程で、反抗期を迎えるのと同じである。

周囲の大人たちに反抗していく過程で自我が確立し、やがて社会の中で自立し
た人間となっていく。国家も、ナショナリズムという反抗期を経験し、それを
乗り越えた段階で国際社会の中で自立した国民国家になっていく。

こうして成熟した国家の国民が抱く、自国の個性や特長に対する自然な「祖国
愛」とは、反抗期のイデオロギー的な「ナショナリズム」とは本質的に異なる
ものである。

こうした反抗期のナショナリズムを、我が国は19世紀後半から20世紀前半
にかけて体験し卒業したわけだが、韓国は今、ようやく卒業しつつある段階の
ようだ。

かつては、慰安婦問題や竹島問題が燃え上がるたびに、群衆が日本大使館を取
り巻き、日本国旗を焼くという騒動を起こしていたが、ここ数年はそういうナ
ショナリズム的激情はだいぶ沈静化しつつある。

逆に、中国はまさに政府が煽っている面もあって、激烈なナショナリズムの時
代に突入しつつある。北朝鮮に至っては、中世的専制独裁体制のもとで、国民
国家の入り口にも到達していない。

こうして、東アジアの国々が異なる歴史的段階を生きている現象を、古田博司
筑波大学教授は「東アジア異時代国家群」と呼んでいる。 [e]

―― 9.相手に聞く耳を持たせるには

こういう反抗期のナショナリズムに燃える国と、どう付き合っていったらいい
のだろうか。呉善花氏は、自らの体験をこう語っている。 [3,p239]
┌--------
私の場合は、アルバイト先の仕事の関係で、韓国のことをよく知ったビジネス
マン、ジャーナリスト、弁護士などのグループがあって、そこに参加して歴史
認識の議論なんかをしたんです。彼らは、私が反日韓国人であることなど一切
かまわず、自分たちの考えを隠すことなくストレートに表現するのです。

それで私の方も、激しくストレートな主張をする。ですからほとんど喧嘩にな
るんですが、その会の後では必ずみんなで飲み会をして楽しく騒ぐんです。
└--------

呉善花さんは、この人たちの考えには強く反発しながらも、彼らが韓国の歴史
や文化をよく知っており、さらに堂々と自分の意見を述べる姿勢・態度に、と
もかく聞く耳をもったという。
┌--------
韓国人なら誰でもそうだと思います。日本人は何かといえば衝突を避けようと
して、言いたいことをあまりいわない。それで場をとりつくろうとして謝った
り、相手の下に出ようと謙虚な姿勢をとろうとしたりする。これが韓国人に不
信感をもたせることになってしまうんです。・・・

韓国人は、この人は自分の国のことをよく知っていてくれるなあと感じ、しか
も相手が堂々と自分の意見を主張していると感じられると、まず聞く耳をもち
ますね。もちろんこれは出発点ですが、ここが第一のポイントだと私は思って
います。

これは公的な場面のことですから、外交関係にも通ずることだと思います。
└--------

反抗期の若者がオートバイで暴走したり、弱い者いじめをしたりしているのを
下手に出てご機嫌取りなどをしてはいけない。

相手としっかり向き合って、「悪いことは悪い」と注意しなければならない。

ーーーそれが本人の健全な成長のためでもある。

                  (文責:伊勢雅臣) = おわり =
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 関連リンク:
a.JOG(487) 中国の覚醒(上)〜中国共産党の嘘との戦い
 「毛主席の小戦士」から「民主派闘士」へ、そして「反日」打破の論客へ。
b.JOG(488) 中国の覚醒(下)〜日本で再発見した中国の理想
  中国で根絶やしにされた孔子の理想は、日本で花開いていた。 
c.JOG(246) トウガラシの韓国、ワサビの日本
  日韓共催のワールドカップは、隣人同士の異質さを明らかにした。
d.JOG(466) 徳富蘇峰〜文章報国70余年
  近代日本最大のオピニオン・リーダーは、なぜ忘れ去られたのか。
e.JOG(265)「反日」ナショナリズムという病〜日韓関係の正常化に向けて
  韓国の「反日」ナショナリズムを分析すれば、日韓関係がうまく行かない
  理由が見えてくる。

 参考書籍:(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1.産経新聞、H20.05.05「胡主席,本当の聖火リレーご存じですか」
  東京朝刊1頁総合1面
2.産経新聞、H20.05.01「米大学チベット問題仲介の王さん 同胞が攻撃
  家族も標的『文革』想起」大阪朝刊7頁
3.黄 文雄/呉善花/石平『売国奴』★★★、ビジネス社 H19

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