国際派日本人養成講座 ――――― by 伊勢雅臣さん
☆ ナチス ソ連 中国〜全体主義国家の共通性 ―――― 2008/04/13

「全体主義国家は五輪開催後10年前後で崩壊する」!?

―― 1.全体主義国家は五輪開催後10年前後で崩壊する

「全体主義国家がオリンピックを開催すると、10年前後で崩壊する」という
「法則」があるという。1936年にベルリン・オリンピックを開催したナチ
ス・ドイツは1945年に第2次大戦の敗北により消滅した。

1980年にモスクワ・オリンピックを開催したソ連は1991年に崩壊して
いる。この「法則」が正しいなら、今年2008年に北京オリンピックを開催
する中華人民共和国は、2018年前後には消滅するだろう、、、。

これはあながち政治的ジョークとばかり言いきれない。全体主義国家とは、国
内を警察力や洗脳教育・思想統制で締め付けて統治している国のことだが、オ
リンピックを開けるほどに国民が豊かになると、国民は自由を欲して政府の統
制への不満が高まる。一方、国際社会においては警戒を招き、緊張が強まる。

こうした内外の圧力が昂じて、全体主義国家が崩壊する。そんな法則があって
もおかしくない。

ウィーン生まれの経済学者フリードリッヒ・フォン・ハイエクは、ナチスと相
容れずにロンドンに逃れ、第2次大戦の最中に『隷従への道』を出版して、社
会主義、国家社会主義=ナチス)を含めた全体主義への警鐘を鳴らした人物で
ある。

当時の英国内では社会主義的思潮が根強く、またソ連は同盟国であったので、
社会主義をナチスと同一視するハイエクの主張は強い反発を引き起こした。

戦後、イギリスは社会主義政権のもとで長期的な経済停滞に陥るが、そこから
ハイエクの唱える自由主義思想の方向に転換して、祖国を救い出したのがマー
ガレット・サッチャーだった。そして同じく自由主義を信奉する米国レーガン
大統領と力を合わせてソ連を崩壊させた。

ハイエクの思想は、全体主義国家の本質を解明したものであり、それは現代に
おける最大の全体主義国家・中国の本質を理解する上でも参考になる。今回は
渡部昇一氏の『自由をいかに守るか ハイエクを読み直す』[1] をテキストと
して考えてみたい。

―― 2.社会主義から生まれた国家社会主義

ヒトラーは社会主義者を追い払って、ナチス政権を誕生させた。追い払われた
社会主義者たちはイギリスに逃れて、社会主義的思潮を広めた。

こうした経緯から、社会主義とナチスは相対立するものだ、と考えられていた
が、ハイエクは、ナチスは社会主義が発展したものだ、と言う。ナチスとはド
イツ語で National-sozialistische(英語ではNational Socialist=国家社会
主義)の略称であるから、社会主義から国家社会主義が生まれた、と言えば両
者の関係は見えやすい。

実際にハイエクは、ドイツやイタリアの指導者たちの多くが、初めは社会主義
者として出発し、最後はファシストやナチスになった、と明かしている。

これは日本でも同様で、昭和初期に日本では共産主義者を逮捕し、説教して転
向させた。この中には高級官僚になる者が大勢いて、支那事変の頃には企画院
などの国家中枢に食い込んでいった。この連中が、支那事変から大東亜戦争中
に、次々とナチスに見習った全体主義的立法を推し進めた。 [a]

―― 3.ザリガニとサワガニ

社会主義と国家社会主義との関係を、渡部氏は「ザリガニとサワガニ」という
比喩で述べている。

ザリガニとサワガニは同じ甲殻類だが、一緒に飼っているとザリガニがサワガ
ニを食べてしまう。
┌--------
ザリガニは縦に動くから一国社会主義でナチスやファシスト、サワガニは横に
動くから国際連携の共産主義、二種類の社会主義者が喧嘩すると必ずナチスが
勝つ。実際、ドイツでもヒトラーが勝ち、イタリアではムッソリーニが勝ちま
した。

ロシアではまだファシストがいないうちに革命が起こったので共産主義が生き
残ったのですが、ドイツというザリガニと喧嘩しているうちに負け始め、サワ
ガニでは駄目だということでザリガニに変身しました。ドイツとの戦争を祖国
防衛戦争に位置づけたのは、ソ連の共産主義が国家社会主義になったというこ
とです。 [1,p61]
└--------

サワガニとザリガニという比喩は、中国においてもよく当てはまる。中国共産
党は、はじめはソ連の指導のもとでサワガニとして出発したが、そのうちに仲
違いして、両方ともザリガニに進化して対立するようになった。

―― 4.経済統制は必然的に思想統制に進む

国際共産主義という「サワガニ」も、国家社会主義という「ザリガニ」も、同
じ全体主義という「甲殻類」に属する。全体主義の本質を、ハイエクは自由主
義と対比して、次のように述べている。
┌--------
自由主義は、交通ルールを設定して、そのルールに従っている限りは、どこに
行こうと個人の自由だとする。それに対して全体主義では、個々の車に「どこ
に行け」と命令する。

家庭のような小さな集団なら、家長が家族の一人一人に個別に命令してやって
いくことができる。村単位でも、村長が指導者として村民を指図しながら引っ
張っていくことができよう。しかし、国家という大きな単位ではどうか。

戦時とか、経済恐慌などという非常時においては、政府が国政と国家経済にお
いて、全国民に一つの方向に行くよう命じて危機を乗り切ることが効率的であ
る。

しかし、ある程度豊かな国家においては、無数の国民がそれぞれ「遊びに行き
たい」とか、「買い物に行きたい」などと個人的欲求を持つ。こうした状況で
社会全体を政府があれこれ個別命令してうまく運営していく事は不可能だ。
└--------
というのがハイエクの考えである。

実際に、ソ連にしろ、中国にしろ、計画経済を試みた全体主義国家は、みな失
敗に終わっている。また同様に、戦後のイギリスも労働党政権下で社会主義政
策がとられたが、それが長期的な英国経済の低迷をもたらした。

全体主義国家での計画経済は必ず失敗する。その失敗を隠して、独裁政権を維
持しようとすると、かならず報道統制、言論統制などという手段で、国民の目
から真実を隠さなければならなくなる。

経済統制は必ず思想統制に進む、というのが、ハイエクの主張である。

―― 5.社会主義的市場経済!?

無理な経済統制を続けて崩壊したのがソ連であったが、計画経済を捨てて、中
国は「社会主義市場経済」という「独創的」な活路を見いだした。果たして自
由市場経済と社会主義的統制が両立しうるのか?

ここで、自由主義とは「交通ルールを設定して、個々の車の行き先はそれぞれ
に自由にさせる」こと、というハイエクの比喩に戻って考えてみよう。

ここでの交通ルールとは万人に共通に適用されるべきものであり、独裁者が恣
意的に適用して良いものではない。「速度制限60キロ」というルールに対し
ては、一般国民も共産党員も等しく従う、というのが大前提である。

しかし、独裁体制において、スピード違反を取り締まるべき警察も、また違反
者を処罰する裁判所も、党幹部が統制しているとしたら、どうなるか。

党幹部は速度制限など気にせずに、好きなだけスピードを出すことができる。
一方、一般国民は速度制限を守らなければ逮捕され処罰される。そこには公正
な競争はあり得ない。

党幹部が経営する企業が、好きなだけ銀行から融資を得て、不良債権の山を築
く。最低賃金など無視して労働者を酷使する。環境規制など無視して公害を撒
き散らす。これは強者のみが自由に振る舞える弱肉強食のジャングル社会であ
る。

自由市場経済とは、自由競争の前提として公正な法の支配を基盤とするもので
あり、独裁政権下で強者が何でもやり放題のジャングル経済とは本質的に異な
るものである。

―― 6.絶対的権力は絶対的に腐敗する

そんな腐敗は一部の現象であって、独裁政権でも公正な法の支配・適用が行わ
れて、自由市場経済が成り立つ、と考える人もいるだろう。これに対する反論
として、「絶対的権力は絶対的に腐敗する」という19世紀英国の自由主義思
想家アクトン卿の言葉がある。

ソ連や中国の共産党幹部の「労働貴族」ぶりを見てみれば、この法則の正しさ
は歴史的に実証されていると言える。

全体主義社会が必然的に腐敗するのは、政府が国家目的を決め、「目的は手段
を正当化する」という論理から、好き勝手ができるからである。「人民を幸福
にする」という目的のためには、「金持から財産を奪ったり、対抗勢力を武力
で打倒する」という手段も正当化される。

自由主義社会における法律や道徳の基盤は、どのような高尚な目的のためでも
「やっていけない事はやってはいけない」と手段の善悪を問うところにある。
貧乏人に小判を配ろうと金持の家に泥棒に入るネズミ小僧は、法治社会では犯
罪者である。

「目的は手段を正当化する」という考え方は、個人の倫理観、道徳感情を麻痺
させる。その結果、ナチスがユダヤ人を抹殺しようとしたり、ソ連で収容所列
島が作られたり、中国で知識階級を追放したり、という人権無視の暴走政策が
取られるようになる。

その一方で、国民一人一人が持つ宗教心や道徳心は政府の批判につながりかね
ないので、徹底的に弾圧する。ソ連ではキリスト教が、中国では儒教が弾圧さ
れた。

「何が正しいか」を決めるのは政府であり、各個人はそれに従うだけである。
逆に言えば、政府がすることはすべて正しいことになる。だから全体主義国家
は必然的に腐敗する。

―― 7.国民の不満を封じるためのメディア・コントロール

こうした腐敗により、平等を目指していたはずの全体主義国家では、かえって
貧富の差が激しくなる。ソ連においても、「上位人口の11〜12%が、国民
全体の所得の約50%を得ている」という推定があった。これは当時の米国の
上位10%が国民所得の約35%を得ていた状況よりもひどい。

中国における貧富格差も同様にすさまじい。1998年の時点で、上位10%
の人口が総収入の38.4%を占めていた(何清漣『中国現代化の落とし穴』
草思社)という。

10億円クラスの超高級住宅に住み、1億円以上もする超高級車を乗り回す大
富豪がいるかと思うと、年収百ドル以下の農民が9千万人もいる。 [b]

我々は、皆が貧乏であれば我慢できるが、自分が貧しいのに豊かな人がいると
妬みの情を抱く。まして共産党幹部が特権を使って金持になったのであれば、
なおさらである。

「政府への不満を誘発しかねないことは、すべて国民の目から遠ざけられるだ
ろう」とハイエクは言ったが、これを渡部昇一氏は次のように解説している。
┌--------
全体主義というのは、思想やイデオロギーの闘争だけでなく、事実そのものを
ねじ曲げなければならない体制だということです。

したがって、知識を伝える学校教育、新聞や映画などのメディアは、人々が統
制する側を信頼するように仕向けるためにだけ使われるようになり、疑いや躊
躇を生む可能性のある情報は発表されないようにコントロールされるとハイエ
クはいいます。 [1,p246]。
└--------

中国が最新の情報技術を用いた史上最大級のメディア・コントロール体制を敷
いていることは [c,d] で紹介した。

―― 8.史上最大・最強の全体主義国家

学校教育やマスコミ報道を通じて、全体主義政府は「国有思想」を国民に吹き
込む。それは理想追求、あるいは敵への憎しみ、という熱烈な感情を国民に植
え付け、それによって国民の不満をそらしながら、特定の方向に動員するので
ある。

理想追求としては、ナチスの「アーリア人種による世界支配」ソ連の「国際共
産化」中国の「大中華民族の再興」がある。

敵への憎しみを煽るという面では、ナチスのユダヤ人排斥、ソ連の西側資本主
義との対決、そして昨今の中国では「反日」を利用している。

こうして全体主義国家では、善悪も真実も理想も、そして憎しみさえもが政府
にコントロールされる。国民はそれに盲目的に従うロボットになるしかない。
まさに「隷従への道」である。

自由主義国家においては、国民一人一人が何を善悪と考えるかという「良心の
自由」、何が真実かを追究する「学問の自由」「報道の自由」を持ち、自分の
頭で考え、法の枠内で自分の良心と欲求に従って行動する。

そういう生き方を理想とするのが自由主義であり、国民をロボットとして隷従
させる全体主義とは、この点で本質的に対立する。

現代の中国は、ナチスやソ連に比べても、人口規模、軍事力、経済力、政治外
交力、メディア・コントロール技術の各面においてはるかに強力である、とい
える。

この史上最大・最強の全体主義政府が、国内の農民階級を抑圧し、チベットや
ウィグルなどの異民族を武力支配し、そして台湾を武力で脅かしている。そし
て、そのような国がわが国に隣接しているのである。

                  (文責:伊勢雅臣) = おわり =
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1.渡部昇一『自由をいかに守るか−ハイエクを読み直す』★★★
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