|
国際派日本人養成講座 ――――― by 伊勢雅臣さん |
☆ 国柄探訪:若者たちの職人道 ―――――――――― 2008/03/05
一人前の職人を目指して、若者たちが様々な職場で仕事に打ち込んでいる。
―― 1.ケーキを投げつけられて
田端友未さん(埼玉県、20歳)が、初めて仕上げを任されてクリームを塗った
ケーキをシェフに見せた。シェフはそれを友未さんに投げつけ、「お前はこん
な物を店に出すのか」と言って背を向けた。
肩から腕からダラダラと溶けたクリームが流れた。友未さんは殴られたような
ショックを受け、泣くのをこらえながら店頭に飛び出した。
┌--------
私は絶望を感じて暗い表情をしているのに、ショーケースの中のケーキを眺め
るお客様や子供達は皆笑っていた。その時初めて分かった事があった。
人は何か特別な気持を持ってケーキを買いに来るのだ。人に笑顔や喜びを与え
る優しい力がケーキにはあるのだ。そして私は思った。私は負けない。いつか
あいつを追い越して立派なパティシエになってみせる。 [1,p48]
└--------
田端さんは高校卒業後、ケーキ職人を志してこのケーキ店に就職した。シェフ
はとても厳しく、バカヤローと怒鳴られない日はなかった。何かをする度に暴
言を吐かれた。毎日泣きながら帰った。
そんな毎日が続いていたところ、ある日突然、シェフが田端さんにケーキの仕
上げを任してくれたのだった。これまでシェフの技術やアイデアから学んでき
た事を示すチャンスだと思って自信を持ってクリームを絞った結果がこれだっ
た。
それからも厳しい修行が続いたが、その店は区画整理にあって廃業となった。
別れ際にシェフは「残った者だけが本物になれるんだ」と言ってくれた。
新しく就職した店でも、田端さんは頑張っている。
┌--------
私はとにかくシェフから信用を得たかった。だから細かいことを疎かにせず、
常にシェフの行動から目を離さなかった。自信を持ちはじめた私は少しずつ成
長していった。そしてパティシエになるという夢は目標になっていった。
└--------
―― 2.「おいしーね」その一言がとても嬉しくて
清水敦さん(東京、38歳)は、高校生のときに寿司屋のアルバイトをした事が
縁で、和食の世界に興味を持った。仕事は、はじめのうちは出前専門だったが
2、3ヶ月やっているうちに、お客様に出す簡単な仕込みを教わった。
自分が仕込みをした魚を食べたお客さんから「おいしーね」と言われる、その
ひと言がとても嬉しかった。この経験が機縁となって、高校卒業後、料理界に
入った。
料理の世界は奥が深い。追い回し(掃除、洗い物などの下働き)から始まって、
魚・野菜の下ごしらえ、それができたら、サラダ、おしんこ、小魚のおろし。
野菜の切り方も種類によって異なる。これらができるようになるまで2年から
3年かかる。
その後でようやく「焼き場」を担当させて貰えるようになる。
魚を焼くにも野菜を焼くにも、一つひとつが違う。魚でも種類や大きさによっ
て、火加減を調整しなければならない。さらに春夏秋冬、旬のものが2ヶ月お
きに変わる。2年ではとても覚えられない。
次は天ぷらなどの「揚場」、それができると煮物をつくる「煮方」。
┌--------
レシピなどない、自分の舌がすべて。調理の世界は煮方で職人と、よくオヤジ
はいう、わかる気がする。・・・
その日の材料の生の味から味付けしていく、ジャガイモを煮るのに毎日味の調
味料が違う。でもそこがプロの調理人だ。毎日平均同じ味に味付けする、とて
も不思議だ。 [1,p77]
└--------
―― 3.「調理人は一生勉強していく世界だ」
清水さんは調理人の道を歩み始めて20年になる。職人といわれる煮方になる
までに約10年かかり、その後、煮方で10年過ぎた。
┌--------
親方に完璧にほめられたことはいまだない。昼休みにコーヒーやジュースを飲
んでも「味が分からなくなるだろ!」と怒鳴るオヤジ。とても厳しいしすごく
こわい。でもそんなオヤジの弟子で誇りに思うし、感謝している。
└--------
バブル後、大手会社の接待などに使われていた高級料亭がかなりつぶれた。安
くておいしい店がうけている。
┌--------
その流れに合わせ、なおかつ伝統の日本料理を守っていくオヤジの弟子で本当
に感謝している。そのオヤジの口癖は、「調理人は一生勉強していく世界だ」
とよく言う。その言葉の意味が分からなければ職人としてみてもらえないだろ
う。
それに、お客様に対し「真心」「愛情」「感謝」の気持を持っていれば、料理
の技術が進んでいても、決して手抜きはせず、手作りの料理だと、それがお客
様に返す真心だと思う。
そんな頑固オヤジは、今の時代どれだけ残っているのか?
私もそんな頑固オヤジの一人になるのはいつの日だろう。 [1,p78]
└--------
―― 4.「バケツの重みが分かった時、お前も一人前だぞ」
大塚博之さん(東京、25歳)は、父親が左官業を営んでおり、小さい頃から父
親が壁塗りをする仕事ぶりを見ていたので、いつか父親を超える職人になろう
と思っていた。
中学を卒業すると、電車で30分ぐらいのところにある別の左官業の会社に就
職した。父親の元ではどうしても甘えがでると思ったからだ。毎朝、5時前の
電車に乗り、会社に着いたら倉庫を開け、掃除をし、先輩の職人達が職場に現
れたらお茶を入れる。
先輩の職人達が仕事を始めると、バケツでセメントを運ぶことだけが大塚さん
の日中の仕事だった。中学を出たばかりでまだ身体もできていなかった大塚さ
んには、25キロものバケツを一日数十杯も運ぶことは大変だった。その重み
が辛くて逃げ出したかった時もあった。
親方からは「その重みが分かった時、お前も一人前だぞ」と言われたが、15
歳だった大塚さんには全く意味が分からなかった。
壁塗りの練習は、毎日昼休みに30分ほどさせてくれた。親方は「お金も大事
だけど、自分達は物を作る仕事だよ、心をこめて初めて物と呼べるんだ」と、
繰り返し大塚さんに言い聞かせた。
―― 5.「その重みがあるから今の自分がいます」
弟子入りして3ヶ月目を迎えたある日、親方からこう言われた。「今日一日か
かってもいいから、自分の力で壁を仕上げてみなさい」
大塚さんが「無理ですよ」と言ったら、思いっきりひっぱたかれた。「やる前
から無理だったら、もう帰れ!そんなんじゃいつまでもバケツ運びだぞ!職人
が自信を持っていなければ仕事はいつまでもできないぞ!くやしかったら結果
を出せ」
その言葉に大塚さんはやる気を出した。
┌--------
夜遅くなっても親方は最後まで見守っていてくれました。でき上がった時の喜
びは今でも忘れません。仕上がりを見て親方に「やればできるだろう、その自
信を忘れずに、これからはたくさん壁を塗れ」と言われました。 [1,p11]
└--------
仕事を覚えはじめの頃は、先輩の塗り方が違うのにとまどった。最終的に仕上
がりは同じでも、皆仕事の進め方が違うのである。結局、大塚さんも自分に一
番あったやり方を見つける事ができた。
月日がたち、やがて大塚さんは、一つの現場を任されて、材料の搬入から職人
の段取りまで、親方の代わりにやれるようになった。その時、親方は、一人前
になったと認めてくれた。
┌--------
親方に「覚えているか?お前がバケツが重たいと言ってた頃に、俺が言った意
味が今なら分かるか?」と聞かれました。私は自信を持って言いました。「そ
の重みがあるから今の自分がいます。自分にも弟子ができた時、その辛さが分
かります。その重みがあるから一生懸命仕事を覚えることができました。今ま
でありがとうございました」と言いました。 [1,p13]
└--------
この道に入って11年。大塚さんは今は京都の寺院に残る伝統的な左官の技術
に興味を抱いている。「いつまでたっても職人は、修業の毎日だと思います」
と大塚さんは言う。
―― 6.「人の心に何かを響かせるようなものを彫りたい」
山形県で生まれ、埼玉県の会社に就職した佐藤努さん(29歳)は、何かを作る
仕事をしたい、と思いつつ、それが見つからないまま会社勤めも6年目に入っ
ていた。しかし、休みの日に鎌倉を訪れた時、転機が訪れた。
┌--------
山道にひっそりと佇[たたず]む野仏を見つけて、そのやさしい顔に心を奪われ
た。そうだ、自分もこんな仏像を彫りたい。人の心に何かを響かせるようなも
のを彫りたい。
その野仏は、石のようなものでできていたが、なぜか私はこの時、自分は木に
彫ってつくりたいと思った。木彫師になろう。仏や地蔵を彫る仕事がしたい。
[1,p101]
└--------
木彫師の弟子入りをさせてくれるところを探していたら、ある雑誌に、浅草の
江戸伝統木彫りが紹介されていた。これは、と思って早速行ってみると、すで
に同様な希望者が何人も来ていた。
┌--------
師匠は海坊主のような風貌の人で、いかにも下町の職人という感じの、恐そう
な人だった。訪ねて行った私と少しだけ話をし、採用するともしないとも言わ
ず、ただ「見学なら勝手に来い」とだけ言われた。
それでもこれしかないと思った私は、次の日から弁当を持って毎日そこに通っ
た。
最初は見学、そして雑用、そのうち木片を与えられ言われたものを彫って見せ
たりした。 [1,p102]
└--------
1ヶ月半が過ぎてようやく弟子入りが認められたが、40人近く来た中で残っ
たのは二人だけだった。
怒鳴られることは当たり前、彫刻刀の柄で殴られることも日常茶飯事だった。
何度、師匠から「やめちまえ!」と言われたか分からない。
―― 7.「自分は今、夢の途上にいる」
そんな日が5年も続いて、ようやく、招き猫や七福神といった小物から、つい
に社寺彫刻までやらせて貰えるようになった。
┌--------
宮大工の手によって自分が彫刻したものが神社に組み付けられるのを見た時、
何ともいえない熱いものが胸に込み上げてきた。今まで社寺彫刻は工務店に納
めるだけで、実際に組み付けた状態を目にすることはなかった。
しかし今回はじめて、師匠の心遣いで、長野県のあずみ野まで職人たちと見に
来たのだった。会社員をやめて江戸彫刻師に弟子入りしてから5年、やっとこ
こまできた・・・そんな思いでいつまでも見上げていた。 [1,p100]
「そろそろ引き上げるぞ」
この5年間の様々な出来事を思い返していると師匠に肩を叩かれた。
職人の世界で5年目といったら、まだほんのひょっこだ。人の心を響かせる作
品を彫れる日はまだまだ遠い。「よしっ、これからもっともっと頑張るぞ」。
自分は今、夢の途上にいる。今にも雪を降らせそうなあずみ野の冷たい空気が
高揚した頬に気持ち良かった。 [1,p104]
└--------
―― 8.「職人」と「労働者」の違い
以上、職人への道を歩む4人の若者たちの姿を追ってみた。
『職人学』『職人力』などの著書で、職人の生きざまを小説やノンフィクショ
ンで描いている小関智弘氏は、「職人とは、ものを作る手だてを考え、道具を
工夫する人のことである」と述べている。そして、
「与えられる仕事を、教えられたとおりにすればよいなら、それは単なる労働
者にすぎない」と言う。
確かに、ここに登場する若者たちは、それぞれの仕事の手だてを一生懸命に工
夫している。マニュアルを与えられて、ロボットのようにそれをこなしていれ
ば給料を貰える「労働者」ではない。
さらに、ここで紹介した若者たちの生き方を見ていて気がつくのは、職人とは
もう二つの点で、労働者とは異なるという事である。
第一は親方の存在である。
若者達は親方に怒鳴りつけられたり、励まされたりしながら、職人の道へと導
かれていく。
第二は客の存在である。
職人たちは心を込めて作った物やサービスを、直接客に提供する。それによっ
て客が喜んでくれる事が、何よりの励みとなる。
親方や客とのつながりの中で、職人たちは自分の腕を磨いていく。人生の意味
も幸福も、人とのつながりの中でしか存在しない。仕事の修行すなわち人生修
行と考える日本の職人道の伝統は、まことに奥行きの深い人生哲学である。
[a,b,c]
―― 9.様々な職場で心を込めて仕事をする「職人」が増えていけば
職人というと、ここで紹介したような調理師や彫刻師といった手仕事の分野の
みを想像しがちだが、「自分で工夫する」「師匠を持つ」「顧客の喜びを追求
する」という点から考えれば、コンビニでのアルバイトでも「労働者」と「職
人」がいるはずだ。
コンビニで指示された通りに働いている人間は「労働者」だが、商品をどう陳
列したらよく売れるのか、お客さんにどんな対応をしたら喜んで貰えるのか、
と工夫しながら仕事をしている人は「職人」なのである。同じ事は、サラリー
マンや教員、公務員の世界でも言える。
様々な職場で、心を込めて仕事をする「職人」が増えていけば、一人ひとりは
幸福な国民となり、その仕事を通じて国家は栄えるであろう。
= おわり = (文責:伊勢雅臣)
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
▽
参考リンク:
a.JOG(274) 日本の技術の底力
幕末の日本を訪れたペリー一行は、日本が工業大国になる日は近いと予言し
た。
b.JOG(294) ニッポンの明日を開く町工場
誰もやらない仕事に取り組んでいるうちに、誰にもできない技術を開発した
金型プレス職人。
c.JOG(321) 100万分の1グラムの歯車
世界一の超極小部品を作る職人技が日本企業の明日を示す。
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃ ┃ 読後アンケートの結果。
┗━┛ ◇ そうだ! -------------------------------------------- 24人 (77%)
◇ しかしね -------------------------------------------- 6人 (19%)
◇ 無言‥‥ -------------------------------------------- 1人 ( 3%)
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃ ┃ コメントボードに頂きましたご意見。
┗━┛ ┌──────────「あきさん」
そういう事だったのですね!
一部の若者の仕事に対する態度に疑問を持っていましたが、適切なアドバイス
の言葉がみつからず困っていました。ありがとうございます、もやもやが吹っ
飛びました。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
しかしやっぱり日本人の国民性は暗い話題や「何某の危機」みたいなのを好む
傾向があるみたいですね〜。ーーー商業マスコミがそういう報道を山盛りにし
ているのは、そのほうが売れるからなんでしょうね〜〜
当誌が、今年は明るい話題をということで極力そういう記事を載せるようにし
ておりますが、強い調子の記事と比べると、アンケートの反応はガタッと悪く
なります。
村上龍氏が発行するメルマガ「JMM」なんて、もちろん村上龍という名前の
効果も与っているんでしょうが、高名な先生のシカツメらしい記事ばかりで、
そういってはなんですが「あまり面白味のない」内容ながら十数万部の部数を
配信しています。
当誌も、シカツメ路線か商業マスコミ路線にシフトしないといけないのかな?
└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
▽
Mail: nihon@mvh.biglobe.ne.jp
Japan on the Globe 国際派日本人養成講座
姉妹誌「国際派日本人のための情報ファイル」JOG Wing
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogindex.htm
購読解除: http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/quit_jog.htm
広告募集: http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jog/jog_pr.htm
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
|