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国際派日本人養成講座 ――――― by 伊勢雅臣さん |
☆ 地球史探訪:石油で負けた大東亜戦争 ―――――― 2007/11/16
日本は石油供給をストップされて大東亜戦争に敗北した。
が、
――――現在でもそのリスクはさらに深刻化している。
――― 1.世界最初の「石油危機」
1897(明治30)年、日清戦争のわずか2年後に、米国は日本を仮想敵国と
して、戦争が始まった場合の戦略「オレンジ計画」を策定した。もっとも、仮
想敵国とされたのは日本だけでなく、
英国はレッド、ドイツはブラック、メキシコはグリーンなどと、各国別に戦略
が検討されている。ーーーこういうところに米軍の用意周到さを窺うことがで
きる。
「オレンジ計画」は定期的に更新され、日露戦争後の1911(明治44)年版
には、次のように書かれている。
┌--------
海上の作戦によって戦うことになるだろう。それによって制海権を握り、失地
を回復し、日本の通商路を抑え、息の根をとめることになるだろう。[a]
└--------
戦争は単に軍隊どうしの戦闘だけではない。国家どうしが総力をあげて相手の
息の根を止める戦いである、とする総力戦思想を、米軍はすでに19世紀末か
ら持っていた。そして、大東亜戦争においては「日本の通商路を抑え息の根を
とめる」という戦術で、日本への石油供給をストップさせた。
日本は世界最初の「石油危機」に陥り、そして敗北した。
しかし、これは過ぎ去った出来事ではない。「石油危機」の可能性は高まりつ
つあり、また、日本の脆弱性は深刻化している。さらに高まっている。これに
どう対処すべきか、「歴史の教訓」から学んでみたい。
――― 2.日本の息の根をとめた米国の対日禁輸
「日本の通商路を抑え、息の根をとめる」という戦略は、開戦前からルーズベ
ルト大統領によって着実に実施されていった。
ルーズベルトは、ドイツを打倒すべきと決意していたが、ヒトラーがポーラン
ドやノルウェーに侵攻した時点でも、参戦に賛成する米国民は3%しかなかっ
た。大統領自らも、「戦争不介入」を公約として当選している。
そこで、日本を経済的に窮地に追い込み、米国に宣戦布告させて「アメリカ国
民をヨーロッパ戦争に裏口から参戦させよう」=共和党下院リーダー、ハミル
トン・フィッシュ議員)としたのである。[b]
・1939(昭和14)年12月、米国航空用ガソリン製造設備、製造権の対日
輸出禁止。
・1940(昭和15)年8月、航空機用燃料の、西半球以外への全面禁輸。
・1941(昭和16)年7月、日本の対米資産を凍結。8月、「石油禁輸」
当時の日本の石油の輸入依存度は92%、しかも、81%が米国からの輸入
であった。したがって、米国の石油禁輸は「日本の息の根をとめる」もので
あり、実質的な宣戦布告であった。
ちなみにルーズベルト大統領は、日本の「中国侵略」を口実に制裁を科して
いったのだが、上述のフィッシュ議員は、大統領がフィンランド、ポーラン
ド、及びバルト諸国を侵略していたソ連とは同盟を結んでいる、という二重
基準を指摘している。[b]
――― 3.南方の石油が手に入れられれば
米国の圧迫に対して、日本側では石油不足の影響を検討する研究がいくつか行
われた。その中で海軍の公式意見とされたのが、昭和16年6月に提出された
「現情勢下に於いて帝国海軍の採るべき態度」であった。
そこでの石油需給の見通しとして、需要面では、戦争3年目で海軍、陸軍、民
間あわせて600万キロリットルが必要とされた。一方、石油輸入はゼロとし
て、国内生産は45万キロリットルと、需要の一割にも満たない。
これを補う対策として、人造石油70万、ソ連などからの輸入10万、備蓄取
り崩し105万を加えても、合計230万キロリットル。まだ370キロリッ
トルもの不足である。ーーーこれでは座して死を待つばかりである。
そこで、連合国に宣戦布告し、オランダ領や英領の南方植民地を占領して石油
を得る手段が考えられた。これで250万キロリットルを補って、不足量は1
20万キロリットル。これなら、さらなる備蓄取り崩しを加えて何とかなると
考えられた。
しかし、今度は南方からの石油輸送に使う船舶の問題が起こる。当時の保有船
舶は610万トン。――――民需用・陸海軍用に必要な船舶量は合計620万
トン。第一次大戦のデータから、戦時喪失率を約10%の60万トン/年とす
ると、これは毎年の造船能力で埋め合わせできる範囲である。
したがって、大東亜戦争が始まって、米国などからの石油輸入がストップして
も、南方からの石油を持ち込めれば「石油危機」は乗り越えられるだろう、と
判断された。ーーーこれが南進論の根拠となった。
――― 4.「空の神兵」南方油田地帯を制圧
開戦1週間後の昭和16年12月16日、第18師団川口支隊は、ボルネオ島
北西部のミリ油田、セリア油田、ルトン製油所を制圧した。英守備隊は油田・
製油所を破壊・炎上させたが、上陸部隊は直ちに鎮火作業を行い、設備の修復
に取りかかった。
復興されたルトン港から、タンカー橘丸が原油6千キロリットルを積み込み、
内地に到着したのは翌年3月22日であった。
昭和17年1月11日、海軍の落下傘部隊がセレベス島メナドに、2月14日
には陸軍の落下傘部隊がスマトラ島パレンバンに降下して、それぞれの油田地
帯を制圧した。軍歌『空の神兵』が流行った。
油田地帯占領とともに、日本から7千人にのぼる石油技術者が施設の復旧と操
業のための要員として送られた。また、占領後のインドネシアの軍政を担当し
た今村均中将は、現地人を愛護する方針を徹底したため、民衆も日本軍の製油
施設の復旧に全面的に協力した。[c]
こうして南方石油の生産は順調に回復した。
開戦前の昭和15年の原油生産高は年産1033万キロリットルであったが、
占領1年目の昭和17年こそ年産412万キロリットルと落ち込んだものの、
2年目には788万キロリットルと回復した。
開戦時の見込みでは、南方石油は3年目でようやく250万キロリットルだっ
たので、それを大幅に超えるどころか、日本全体の需要量600万キロリット
ルを十二分にまかなえる量が生産されたのである。
ここまでは、南方石油確保の戦術は大成功だった、と言って良いだろう。
――― 5.「潜水艦の最優先攻撃目標は日本のタンカー」
しかしここで米軍は「日本の通商路を抑え息の根をとめる」戦略を展開する。
それは、潜水艦によって日本のタンカー、およびその他の輸送船を攻撃する事
であった。
開戦時に米軍が太平洋に投入していた潜水艦は51隻であったが、昭和18年
9月には118隻、昭和19年8月には140隻と増強していった。この時点
で、米海軍作戦部長E・J・キング大将は「潜水艦の最優先攻撃目標は日本の
タンカー」と命令している。
同時に、電池魚雷、潜水艦・機雷探知用FMソナー、対艦船・航空機用マイク
ロ波SJレーダーなどの新兵器が開発・搭載され、また大西洋でのドイツのU
ボートとの戦いに教訓を得た集団包囲攻撃(狼群戦法)の導入によって、米潜水
艦の攻撃能力は飛躍的に強化された。
さらに決定的だったのは、日本海軍の暗号が米海軍に解読されており、輸送船
団の出発時刻、港湾名、会合地点、船団編成などが筒抜けになっていたことで
ある。
そのため米海軍の潜水艦隊は、会合地点に先回りして輸送船団を待ち受け、集
団で包囲して「狼群戦法」による殲滅攻撃を行った。制海権と制空権が米国に
奪われると、航空機による輸送船団攻撃も始められた。
海上輸送に対する米軍の集中攻撃により、日本が戦争中に失った500トン以
上の商船は約2300隻、840万トンに上った。開戦時の船舶は610万ト
ンと、戦争中の建造344万トンの大半が海の藻屑となった。喪失商船の60
%が潜水艦、30%が航空機、5%が機雷によって沈められている。
海上輸送に従事した商船乗組員約7万1千人のうち、3万5千人が死亡してい
る。商船乗組員の死亡率は49%と、軍人死亡率19%の2.6倍に達した。
昭和18年の南方石油生産788万キロリットルのうち、日本に輸送されたの
は230万キロリットルだったが、翌19年には、79万キロリットルに落ち
込み、昭和20年にはほぼゼロとなった。海上輸送は、軍事攻撃に対していか
に脆弱かが分かる。
――― 6.間に合わなかった人造石油開発
開戦前の海軍の見通しで、南方石油と並んでもう一つの柱とされたのが人造石
油70万キロリットルであった。石炭層の上部を覆うオイルシェール(油を含
んだ堆積岩の一種)を液化したり、石炭を液化したりする方法がある。
ドイツでは、人造石油の生産が本格化しており、昭和15年には640万キロ
リットルも供給されていた。この規模の石炭液化が日本国内でも実現していた
ら、国内需要600万キロリットルをすべて満たすことも夢ではなかった。
人造石油開発で比較的順調にいったのは、「南満洲鉄道撫順オイルシェール工
場」で、昭和16年の生産量は14万キロリットルに達し、本土に運ばれて海
軍の燃料油として使用された。しかし、これも米軍による日本周辺の海上封鎖
がなされると、本土への輸送が困難になり、供給量は低下していった。
人造石油の生産高は、ピークの昭和18年でも、27万キロリットルに過ぎな
かった。その理由としては、石炭液化の先進国ドイツから輸入する予定だった
水素添加装置その他の装置・機材が、欧州大戦の勃発により入手困難になった
こと、
および、石炭液化に必要な200気圧、400度の反応に耐えるクローム鋼材
の調達と装置の製造ができなかったことによる。
日本政府は、昭和12年から「人造石油製造事業法」を成立させ、「人造石油
製造事業振興7年計画」を推進したが、わずか数年ではドイツ並みに人造石油
を主要なエネルギー源として育てることは不可能だった。
米国は、日露戦争後の1911(明治44)年に、すでに「日本の通商路を抑え
息の根をとめる」と考えていたのである。日本も、もっと以前からこうした石
油輸入に代わる代替エネルギーを開発していたら、米国も石油禁輸で日本を追
いつめることができず、開戦には至らなかったかも知れない。
技術開発で代替燃料を開発するという手段で、一国のエネルギー危機を乗り切
る事は可能であるが、それには一定の時間がかかる。そのための長期的ビジョ
ンと取り組みが不可欠なのである。
――― 7.世界の火薬庫に石油の89%を依存する日本
以上、大東亜戦争において石油調達の問題が開戦の主要な契機となり、また敗
因の一つとなった事をみてきたが、エネルギー調達の脆弱性がわが国の安全保
障上の大きな問題である、という点は現在も変わらない。いや、脆弱性はさら
に深刻になっているといえる。
戦後の日本の驚異的な経済発展も、アメリカ主導の自由貿易体制の中で中近東
からの安価な石油が大量に供給された、という追い風があったからこそ実現で
きたのである。
今や日本の石油消費量は世界第3位、昭和14年当時の75倍になっている。
開戦前に懸命に備蓄した石油776万キロリットルは、現在であれば僅か9日
間で消費されてしまう。
消費量に比例して、輸入量も世界第2位となり、自給率はわずか0.3%にま
で落ち込んでいる。輸入依存度は99.7%、そのうち中東依存度が89%と
非常に高い。
石油を産出する米国(輸入依存度56%)、英国(自給)は別格として、欧州でも
ドイツ、フランス、イタリアなどは輸入依存度が90%を超えているが、それ
でも中東依存度は、フランスで41%、他はそれ以下である。
世界の火薬庫と呼ばれる中近東に、石油の89%を依存する日本の脆弱性は、
戦前の比ではない。原子力、太陽光、風力、そして日本近海に大量に存在する
「燃える水」メタン・ハイドレートなど、代替エネルギーによるリスク分散を
長期的視野に立って進めなければならない。戦前の日本の人造石油開発が間に
合わなかった反省を、ここで活かすべきだ。
――― 8.いつまでも石油の安定供給が続くという「夢想」
もう一つの歴史の教訓は、タンカーによる石油輸入が、武力攻撃に対して非常
に脆弱であることだ。この点でも、中近東からの石油輸入は、大きなリスクを
抱えている。
アラビア湾の出口ホルムズ海峡は、水路幅わずか3キロで、ここを日本の原油
輸入量の85%が通過する。戦争やテロで通行障害が発生した場合の代替ルー
トはない。2006年、イランの最高指導者ハメネイ師が、核開発に関して、
「制裁が発生した際にはホルムズ海峡封鎖も考えられる」と発言して、世界に
大きな衝撃を与えた。
そして、マレー半島先端部のマラッカ海峡は、最も狭い部分でわずか2.25
キロ。ここに、9分に1隻の割合で船舶が通過する。ここでは、海賊・テロが
大きな問題となっており、2004年に発生した海賊事件は330件にものぼ
る。
ここを越えると台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通る。中国と台湾との緊
張が高まれば、ここの通航も危険になる。また、中国は原子力潜水艦を増強し
つつあり、一朝有事の際には、大東亜戦争中に米潜水艦が日本の輸送船を次々
と餌食にした光景が再現しかねない。[d]
大東亜戦争に関して、「アメリカのような工業大国と戦争して勝てると思って
いたのは軍国主義者の夢想」などと、先人を揶揄する向きがあるが、そういう
現代日本人こそ、いつまでも石油の安定供給が続くという「夢想」に浸って、
当時の日本人ほどの懸命な努力もしていない――――。
ーーー我々には先人を嗤[わら]う資格はない。
= おわり = (文責:伊勢雅臣)
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▽
参考リンク:
a.JOG(014) Remember: アメリカ西進の軌跡
アメリカは、自らが非白人劣等民族の領土を植民地化することによって、
文明をもたらすことを神から与えられた「明白なる天意」と称した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h9/jog014.htm
b.JOG(096) ルーズベルトの愚行
対独参戦のために、米国を日本との戦争に巻き込んだ。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog096.html
c.JOG(045)「責任の人」今村均将軍
インドネシアでは、民族独立を目指すスカルノとの友情を貫き、ラバウル
では、陸軍7万人の兵を統率して、玉砕も飢えもさせずに無事に帰国させ
た。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog045.html
d.JOG(481) 中国、太平洋侵出の野望 〜 西太平洋を「中国の海」に
日本を「中国の海」に浮かぶ孤島列島にするのか。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog481.html
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Mail: nihon@mvh.biglobe.ne.jp
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