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(^^) OJIN です(^^)
江藤一市さんの異聞抑留記の開始でございます。どうして「異聞」なのかは回
が進めば納得されるでしょうが、序言にもありますように「悲惨な暮らしの中
にもあった、明るさ、楽しさ、笑い、喜びなどを拾い上げて」ということで、
著者の性格によるところ大なんでしょうけれど、まあ言うならば「すちゃらか
シベリア抑留記」(^^;、暗く重いドヨヨ〜〜ンとした「シベリア抑留記」とは
かなり違っております。
人間はどんな境遇に在っても、心の持ち方次第で、楽しみを見つけながら逞し
く生きることができるもんだな〜〜と、力が湧いてくるような「異色抑留記」
をご愛読いただけますよう!
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今までに、多くの人がシベリヤ抑留の記録を残している。そのどれも悲惨、苦
難の記録であるが、こんな体験をさせられたのも戦争があったからである。
戦争が罪悪の最たるものであるということに些かの異論もない。私も、23年
12月復員までの三年有余を、祖国から何千キロと離れたシベリヤの地で過ご
した一人である。辛い事、悲しい事、惨めな事、苦しい事、それらの事は沢山
あった。
私はそれらは措いて、その悲惨な暮らしの中にもあった、明るさ、楽しさ、笑
い、喜びなど、感じた一コマ一コマを拾い上げて綴ってみようと思い立った。
勿論何の記録も有るでなく、五十年前の消えかけた記憶を掘り起こしながら辿
るのであるから、日時の不正確、取違い思い込みなどで記述の後先はあると思
うが、それはご寛恕願いたい。
後日、同じ収容所に居た延岡市出身の喜多健二氏の著書に接する機会があり、
了解を得て、日時、地名等を参考にした部分もある。
下の経過日時は喜多氏の著書から引用した。私の記憶とは少々のずれがあるが
この記録のほうが正しいのは間違いないが、記述の事柄、内容に余り支障はな
いので私の記憶どおりに書き進める。
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昭和20年 8月15日 満州奉天近くの「新民屯」にて終戦
8月20日 頃、奉天工業大学に移駐、武装解除
8月29日 奉天北陵東北大学に移動。ソ連軍に収容される
9月15日 奉天出発・皇姑屯駅にて乗車
10月13日 黒河到着
10月17日 ブラゴエシチェンスクに移動
10月22日 幕舎生活。出発
11月21日 カラカンダ到着
11月21日 カラカンダ出発。アナール到着
昭和21年11月 アナールよりジョロンベッドへ
昭和22年11月 アクモリンスク収容所へ移動
自動車・農耕機械センターへ行く
昭和23年 6月 ボゴンバイ金坑に入る
9月 ジョロンベッドに帰る
11月 5日 帰還、ジョロンベッド出発
11月22日 ナホトカ着
11月30日 乗船
12月 3日 舞鶴上陸
12月 8日 復員
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