異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん
☆ アクモリンスク収容所(8) ――――――――――― 2008/09/29

――【特異体験―2 タイヘンな日本語】

隊員の中には奇抜な悪戯を思い付く者も居た。警備兵の「マッキャモフ」は実
に人柄は良いのだが、人相のほうはあまりよくなかった。

ある者が彼に「がんもどき」というアダ名を奉った。顔が平べったく、痘瘡か
面皰の跡か、可成りの凹凸がある。

『昔日本のある地方に「がんもどき」という武将がいた。実に勇猛果敢な武士
のお手本であった。日本では勇敢な軍人を讃えて「がんもどき」という尊称で
呼ぶ、だから「マッキャモフ」を以後「がんもどき」と呼びたい』

と本人に申し出た勇敢な男がいた。

真実を知らない彼は喜んで承諾した。そして以後は誰もが「タワリッシ・がん
もどき」と呼んだ。本当の意味を知ったら彼も怒るだろうが、幸い真実を告げ
る者は誰もいなかった。

ーーーまた、こんなこともあった。

毎朝、ドイツ系の娘「カーチャ」が食堂の窓口から可愛い顔を覗かせて「ドウ
ブルィ・ウットロ=お早よう!」「パジャルイスター=どうぞ」と言いながら
朝食のパンを各人に渡してくれるのであった。

悪戯な一人が、彼女にとんでもない言葉を教えた。それは、窓口から顔を出し
パンを受け取りに来た一人一人に「アナタ○○○アゲヨカ」と言いながらパン
を渡すのであった。

ーーーその○○○は人前で口にできるような言葉ではなかった。

私は炊事場の中から、「何を言っているんだ?」と訊ねた。「日本語でお早よ
う、パンをどうぞ、と言っているのだ」と答えた。直ぐに止めさせれば良かっ
たのだが「ああ、そうかそうか」と面白半分に皆とのやりとりを聞いていた。

「アナタ○○○アゲヨカ」と彼女、パンを受け取った兵隊は大声で笑いながら
「ああ、じゃあ今晩な」ぐらいのことを言って誤魔化す。私のほうを振り向い
た彼女は「ヘーイ・エトー・パチムスミヨッシ?=エトー、なぜ笑うのだ?」
と大真面目な顔で聞いた。

私もニヤニヤ笑いながら「それはお前の日本語がとても上手いから、皆喜んで
いるのだ」と言っておいた。ますます気を良くしたカーチャは、次の兵隊にも
大声で「アナタ○○○アゲヨカ」・・・

ーーーそんなことが長く続く筈がない。

三日目の朝、食事に来た警備兵のビッシェロフがこれを聞いた。もう我々と付
き合ってから長いので大抵の日本語は解かる。殊に猥褻な日本語となると誰が
教えたのか実に詳しい――――。

ニヤニヤ笑い乍ら「アナタ○○○アゲヨカ」の本当の意味をマダムに告げた!

!!さあ大変!!

マダムと母親は顔色を変えて私のところへやってきた。「まだ若い娘になんて
ことを言わせるのだ!」と激しい抗議。言い訳の言いようもなく、教えた本人
と共に平謝りに謝って許してもらった。

「お前の娘が、余りに奇麗で可愛らしすぎたので、ちょっとからかってみただ
けだ」と言ったのが効いたらしかった。洋の東西を問わず、自分の娘を誉めら
れて悪い気のする人はいないだろう――――。

                           = つづく =
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