異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん
☆ アクモリンスク収容所(7) ――――――――――― 2008/09/22

――【特異体験―1 食塩採蒐】

ここに来て一ヶ月程経った或る日曜日のこと。ーーー今迄見た事も聞いた事も
ない、恐らくこれからも遭遇することはないであろうと思われる体験をした。

朝8時過ぎ、全員が集められ、「今日は、朝食が済んだら全員で塩の採蒐に行
く」と達せられた。何の事だか良く解からなかったがとにかく輸送用のトラッ
クに乗り込んだ。約2時間、大平原の中を揺られて着いたのはある湖の辺だっ
た。

さあ、周りが5キロもあるだろうか、「湖」というより「池」といったほうが
適当かもしれないと思われる程だった。対岸は見通せるのだが、辺り一面見渡
す限り一本の草木も見当たらない。異常に塩分の多い「鹹湖」なのである。

動植物が生命を維持していくことを許さない厳しい環境であった。

昔学校で、「死海」という「鹹湖」でパラソルかなんか差して浮かんでいる写
真か挿し絵を見た記憶はあったが、実際には初めての光景であった。周辺にあ
る台地などの岩塩が、雨水や雪解け水に溶解して、低地であるこの地に流れ集
まったのであった。

さして大きくない池で、恐らく一番深いところでも人の背丈ぐらいだろうと思
われる。中心まで行ったわけではないので確かではないが、岸から中心に向か
い200メートル程も歩いても、せいぜい膝下までぐらいしか深くならない。

雨の非常に少ない地方なので、夏場の晴天が二週間も続くと、池の周辺が干上
がって水際が30メートルぐらいは後退する。すると、その乾燥した地面一帯
が食塩なのであった。

食塩中の夾雑物等は総て沈澱、所謂「にがり」も底に沈んでしまうので、地表
に残っている食塩は実に奇麗なものであった。一般家庭で使う食卓塩=精製塩
と何等変わりなかった。

個の塩が、厚さ10センチから15センチに池の周辺一帯に堆積するのである
から膨大な量であった。

我々十五人は、他所から来た地方人と合流して四人一組となり、十組ほどに分
かれて堆積した塩を掻き集めて幾つもの山を作っていくのであった。別の組は
これを袋詰めして、橇、馬車などで運ぶのであった。

勿論国家管理の仕事なので、行く先は国の貯蔵庫だった。

地面は、何千年か何万年かの繰り返しで、どのぐらいの厚さかはとても想像も
つかないが、その沈澱物の堆積で、実に都合の良い弾性を持っている。まるで
極上の絨毯の上を歩くようである。

上質のエバーソフトのようでもあり、人や馬が歩いても、可成りな重量の車や
橇が通っても、絶対にぬかるような事はなかった。それでいてある弾みがあっ
て、実に歩き易かった。

十五分の休憩を挟んで三時間ほど働くと昼食になる。この昼食なるものが我々
にとっては飛びっ切りのご馳走なのであった。

カザックパン=これは我々がつけた名前で、一般では黒パン同様「フレーブ」
と呼ばれていたが、上質の粉を使い、焼き方も違うし、バター、ヘッド、その
他の油脂、香料も渾然として実に良い香り、そして素晴らしい味であった)と
鴨のスープなのであった。

この鴨は、春から夏にかけて何万羽となく飛んで来る鴨を湖=別の淡水湖)の
岸辺の芦原などで、網を張ったり、猟銃で撃ったりしたもので、一日で何百羽
もの収獲があるとの事だった。

それを塩漬けにして貯蔵してあるのを取り出してスープを作るのである。寒冷
地の鴨だから脂の乗りも上々、その美味しいことは一般の人でも中々味わえな
いと保証付きのものであった。

このスープの中に入っている、大切りのカルトーシカ=馬鈴薯)も又素晴らし
い味だった。

このグループの中に、十二歳になるという少年がいた。

割と小柄で愛くるしい少年だったが、大人達に交じって実に良く働く。休憩時
間に話してみると、彼はここのナチャイリニク=村長の息子とのことだった。

「何で働くんだ?」と訊ねてみると「美味しい鴨のスープが食べたいからだ」
と言う。「村長の息子なら、別に働かなくても食べられるではないか」と言う
と、思わぬ言葉が返ってきた。

「それはいけない事だ。自分は何もしないで代償を受けるのは良くない事だ。
僕は自分で働いて、その当然の代価として鴨のスープを貰うのだ」と言い切っ
た。

成程、『働かざる者食うべからず』という主義がここまで浸透しているのだな
と感心したものだった。

                           = つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
異聞シベリア抑留記の目次に戻ります







SEO [PR] お金 ギフト  冷え対策 わけあり商品 動画無料レンタルサーバー ブログ SEO