異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん
☆ アナール収容所にて(15) ――――――――――― 2008/07/21

――【アウトローグループ】

かなり自由な日を過ごしていたが、或る日突然容易ならぬ事態に立ち至った。

「鶏口牛後」という言葉がある。中国の「鶏口となるとも牛後となる勿れ」と
いう諺からのもので、小さな団体でもその長となるほうが、大きな団体の尻に
従うよりも良い、という意味である。

しかし世の中、人の頭になりたがる者ばかりでも困る。よい例が政治の世界で
しょう。上に立ちたいばかりに、中傷、誹謗、足の引っ張り合い、陥れ、抱き
込み、裏切りと、いろいろ策を巡らせてでもノシ上がろうとする様子は見るに
耐えないものがあります。

町内会、村の集会などでも、人間の浅ましさが表れています。噂では川柳の世
界にまでそんなことがあるとかないとか・・・。

「この人も主役でないと収まらず」「上段に置けば機嫌のいい男」
ところが、
こんな人間の習性を上手く利用すれば、案外な結果を得ることもある。

抑留生活も一年以上になると、もう旧軍隊の規律、秩序は影を潜めてしまい、
半分以上はヤケ気味になっている者も多く、全く酷い状態でした。それに、あ
ちらこちらの部隊からの寄せ集めなので、北海道から沖縄までいろいろな地方
気質の人達の寄り集まりだから尚更のことでした。

昔の階級制の名残りで、元大隊長だった大佐を隊長とし、その下を十グループ
に分けて作業小隊とし、その隊長には元将校、下士官を当て、それぞれ作業現
場に出ていた。ソ連側は、統制上まだ元の階級制を認識していた。

身体の悪い者や、営内作業者を除くので、各小隊は四十人前後だった。前にも
書いたが、作業現場は炭坑、工場、発電所、道路、建築、鉄道、農場等である
が、どの作業にも必ずノルマがあって100%やり遂げるように要求される。

若しこれが完遂できないと、即食料の減配となった。甚だしく成績の悪い日が
続くと、プロホラボーター(不良労働者)としてチュリマー(營倉・監獄)という
処罰まであった。または、懲罰作業という超過重労働の作業所にやられる。

石材、或いは木材の切り出し作業である。余程重労働で危険も伴うらしく、そ
こへ行った人は、怪我をしたり、衰弱し切ったりして帰ってきたものだった。

それでも、ノルマを超えて優秀な成績が続くと、増食や、僅かながらも報奨金
が貰えた。だから各小隊とも作業成績を上げようと努力していた。ところが、
どの小隊にも何人かのロードリー(怠け者)がいて、成績の上がらない一因をな
していた。

ある時、小隊長連中の協議の結果、それらの不良分子を一纏めにして一つの作
業班を作ろうということになった。そのメンバーではおそらく懲罰作業所行き
は必至と思われた。ーーー小隊長連中も多分それを望んでいたのだろう。

――【一大事出来[しゅったい]!】

ところが、こともあろうにその分隊長に私を?というのである!?冗談じゃな
い!なんで俺が懲罰メンバーと運命を共にしなければならないんだ! そりゃ
俺も..少々は煙たがられていたかも知れないが、不良分子の一員とみられてい
たとは慮外千万!

ーーー私は猛反発した。

「君でなければあの連中を扱いきれない」とか「君なら言葉が通じるから仕事
がスムーズにいく」「医療所にいた君なら皆が顔を知っているから」「決して
ロードリー扱いするのではない、皆を立ち直らせるのは君より他にいない!」

とかなんとか、宥めたり、すかしたり、煽てたりして皆で盛んに説きつける。

しかし私は頑として受け付けなかった。あまりの頑固さに、遂に最後の手段、
収容所長命令を出すように計らい、聞き入れなければチュリマー行きだという
ことになった。

ええぃ、勝手にしやがれ!と半ばヤケ気味で引き受けることとなったーーー。

ーーーそしていよいよ第一日。

集まった三十人の顔触れを見てあっ!と驚いた。なんと錚々たるメンバーだ。

筆頭は、傷害事件で懲戒免職になった大阪の元巡査B。上半身般若の入れ墨を
した大牟田の元炭坑夫S、生きた蛇を引き裂いてそのまま食べ、ソ連警備兵に
悲鳴を上げさせた東北出身の流れ大工K、などなどーーー各小隊札付きの猛者
ばかり・・・。

十人ほどは名も知らぬ者もいたが、いずれにしても一癖も二癖もある連中ばか
りであることに違いはなかった。一時医療所にいた関係で皆は私の顔は知って
いたが、ーーーこのメンバーを纏めて、仕事をさせるのは並大抵のことではな
いと覚悟した。

「おいみんな!この班は全くの員数外だから、ここでは将校も下士官もない!
誰にも文句は言わせんから適当にサボれ!」これがリーダー格Bの第一声だっ
た。

ーーーさあ困った・・・この先どうなることやら・・・

                           = つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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