異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん
☆ アナール収容所にて(14) ――――――――――― 2008/07/14

――【怖い雪・嬉しいマローズ】

なにしろシベリヤの吹雪は物凄い。大体雪がサラサラで、手で握っても固まら
ないぐらいなので、強風[ブラーン]に煽られて巻き上がると、視界が全然効か
ない。

一列に並んで歩くときも、前の人の上着の裾をつかんで進むのだが、その自分
の手の先が見えない。勿論前の人の背中など全然見えはしない。だから誤って
掴んでいる手が放れたら中々掴めない。

現に、炭坑へ行く途中、一人が転んで前後共に放れて行方不明になったことが
ある。他の者が、炭坑に着いてから一人足りないのに気づき、炭坑の位置を知
らせる為、頼んで三十分おきに汽笛を鳴らしてもらったがとうとう朝まで現れ
なかった。

翌日昼頃、ブラーンが収まって、捜しに出てみると、炭坑から30mとは離れ
ていない場所で凍死していたことがあった。

そんな風なので、ブラーンの日は炭坑、工場以外の屋外作業は休みとなる。ま
た、気温がマイナス二十度以下になると、屋外作業は凍傷の虞れがあるので休
止となる。

朝、正門の処に整列すると、ソ連の労働係と衛生係の将校が居て、温度計と睨
めっこをしている。労働係はなるべく仕事に行かせようとする。衛生係は規定
通り仕事を休ませようとする。だから、マイナス二十度前後の時は盛んに言い
争っていた。

労働係は「今二十二度でも、もう少しすれば温度は上がる。だから仕事に行か
せる」と言う。衛生係は「駄目だ!ちゃんと二十度という規定があるのだから
絶対行かせない」と頑張る。そして、たいてい衛生係の勝ちとなる。

衛生係将校が、右手を挙げて大きく横に数回振って「ヘーイ!イッジィ・ダモ
イ!=オーイ!兵舎に帰れ!」と叫ぶと、待ってましたとばかり「わーい!」
と歓声をあげて走って帰る。

これで今日は休みとなるので、一日中勝手なことをして遊べる。実にマローズ
様々であった。冬期(十二月から三月)にはこんな日が月に二、三回はあった。
日曜が休みなので、それに加えると結構休みは多かった。

それで皆は「寒くなれ!」「風よ吹け!」と願ったものだった。

――【市場に出かける】

月に一度ぐらいは、監視兵一名はつくが、十人ぐらいで町のバザール(市場)へ
買物に行くことを許されていた。現金を持っている者は良いが、持たない者は
いろいろなことを考えつくものである。町では砂糖が少ないことに目を着けた
者は、支給された砂糖を貯めたり、人から譲り受けたりして持っていく。

ツェーレンという工場に行っている男は、アルミやジュラルミンなどでスプー
ン、フォークなどを作って持っていった。仕上工で腕利きだったので、見事な
ものを作っていた。

材料は鉄道沿線に幾らでもあった。それは、ソ連軍がドイツ本土を席巻した時
に押収したもので、後々シベリヤ鉄道を電化するときに使う予定で、鉄道で運
び投げ落としておいた電線であった。これを持って帰り、缶詰めの空缶で鎔し
耐火煉瓦で作った鋳型に流し込んで作るのだった。

鑢[ヤスリ]で大体の形を仕上げると、今度は歯ブラシの柄のセルロイドを利用
して象嵌[ぞうがん]細工を施すのであった。いよいよ仕上げて磨きをかけると
象嵌の赤、青、黄色、紫と色とりどりの花が咲いたようで、目を見張るばかり
の出来栄えだった。

バザールに持っていっても人気は上々、娘の結婚式に使うからと、追加注文が
ある程だった。

交換するのは主に煙草、パンなどであった。マホルカと呼ぶ、煙草の茎を刻ん
だもので、ガゼータ(新聞紙)を細長く切って、これにマホルカを乗せクルクル
巻いて喫う。パピロスという細身の巻煙草もあった。

ペルシキと呼ぶ餡入りのパンがあった。餡といっても赤い砂糖大根=ビートを
つぶしたものである。黒パンに比べると、恐らく麸は取り除いてあるのだろう
粉の肌ざわりも細かく、焼き方も違うのか味、風味ともに抜群であった。

また、絞りたての牛乳[モロコ]、バター[マースロ]、ヨーグルト[キースロ]な
ども買った。金を持たない者でも、どこでどう都合してくるのか、シャツ、タ
オル、石鹸、布地などでそれぞれ交換した。

ついてきた警備兵も鷹揚なもの、警備などそっちのけ、そこらにいる娘たちと
ふざけ合っていた。

                           = つづく =
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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