異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん
☆ アナール収容所にて(13) ――――――――――― 2008/07/07

――【収容所での楽しみ】

収容所での楽しみは、気の合った数名が集まっての雑談。それぞれのお国自慢
や家族の話、軍隊時代の思い出、珍しい体験談、その頃はまだあった花街の話
ーーー食べ物の話となると特に力が入ったものだった。

また、月に二回ぐらいはマジャール(人)のコンサートが開かれた。

夕食後の大食堂にステージを設け、一時間半ぐらい演奏、コーラス、ソロと、
いろいろだった。

楽器はほとんど手製だが、専門家がいたのかどれも良い音色だった。歌もプロ
並み、ことに、ソロのバリトンは素晴らしいものだった。マイクなどないのに
大食堂の後方まで響き渡るその声量には圧倒された。

聴きに行きたければ行けばいいし、嫌なら部屋に残れば良い。

マジャールという人種は、余程陽気な人達とみえて、抑留されているというよ
うな気配は微塵もない。私達からみるとちょっと軽過ぎるなという感じ。

それにひきかえニィメッツ(ドイツ人)のほうは、みるからに重厚で、ちょっと
寄りつき難い程、ーーー笑い顔など滅多に見せない。

――【負ければパン抜き】

耐乏生活が永かったせいか、経済観念も非常に強いなと感じた。

給与の中に、一日8gの砂糖がある。甜菜糖だから蔗糖のように甘くはないが
パンに付けたり、カーシャ(お粥)に入れたりするので、皆が結構欲しがった。

ニィメッツは、その砂糖を貯めて日本人のところに売りに来る。現金やパンと
交換していったものだった。その他、手製のスプーン、フォーク、ナイフ=こ
れは禁制なので内緒で)とかを売りに来た。

一般娯楽は、囲碁、将棋、麻雀がすごく盛んで、誰もがそのうちの一つはやっ
ている程だった。

碁石や将棋の駒は、何組かは持ってきた物もあったが、大半は手製であった。
碁石は、粘土に石炭の粉、石灰粉を混ぜ、練り固めて乾燥させたもの。

麻雀牌は白樺材の手彫であった。京都で仏師だったという人がいて、実に見事
なものだった。持って帰れるものなら持って帰りたいなと話したものだった。
麻雀では、現金を持っている人が少ないので、賭けるのは食事に付くパンが主
だった。また、砂糖、煙草を賭ける者もいた。勝てば良いが、負けが続くと、
三日も四日もパン抜きということになる。

私は割に勝ち運に恵まれていて、何人分ものパンが手に入り、一緒に居る若い
者に回し、代りに洗濯などを良く頼んだりしたものだった。

炭坑に入る組は、パンも砂糖も一般より五割増しの給与、ノルマをグンと上げ
ると、若干の報奨金まで貰える。それを狙ってよく誘い込んだものだった。
勤務時間もまちまちだったので、一日中、何組かは「チー!ポン!」とやって
いた。

                           = つづく =
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