異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん
☆ アナール収容所にて(11) ――――――――――― 2008/06/23

――【志願で入隊】

以前にちょっと名前の出た小野元軍曹について少し書いてみる。

終戦半年ほど前、チチハルで第13軍直属の遊撃隊=俗にいう挺身切込隊)を
編成の為、基幹要員養成教育が行なわれた。北満の各部隊から派遣された将校
・下士官・兵など100名程で教育隊が作られた。

私は、あちこちと転属の末、ハロンアルシャンの部隊からこの教育隊に派遣さ
れた。そこで偶然邂逅したのが小野君である。

彼は私より一年先輩で、私がハイラルに入隊したときにはもう二年兵で、隣の
中隊にいたが、志願兵だったので年齢は私のほうが二つ上だった。

彼は同年兵の中でも最優秀で、先発で任官。私と別れた頃には、もう軍曹に進
級、拔擢されて軍司令部の情報室勤務をしていた。ところが教育隊で出会った
彼は二つ星の一等兵だった。

どういうことか?と目を疑った。彼は大分県出身で、私の故郷と余り離れてい
ないし、私の同級生が彼の親友でもあったりして、話も合い仲良くしていたも
のだった。

――【呑兵衛の失敗?】

その彼が何故一等兵?

何日かして夕食後、彼が医務室に遊びに来た。(衛生部の下士官は全員医務室
に起居していた)そしてことの顛末を聞いた。

昭和19年4月頃のこと。彼はある軍事機密の重要書類を受領の為15km程
離れた陣地----その頃はハイラル周辺の警備の為、塹壕などを掘り陣地を構築
して部隊が駐屯していた----に向かった。

陣地まで行くには坂道が多いので、彼は馬車[マーチョ]に乗った。

少し楽をしたいばかりに、小遣い銭を割いて無理をして馬車に乗ったのが一代
の大失敗だった。ーーー尤も、それには別の下心もあったのは事実。

馬車に乗って時間を捻出し、帰りに市中の軍酒保に立ち寄り一杯やる心算だっ
たらしい。考えてみると、公用外出で公務の途中、飲酒などとは以ての外だが
少々軍紀も緩んでいたらしい。

途中酒保の前で降り、中に入った。酒を註文して待っている間にフッと気がつ
いて、肩に掛けていた図嚢を開いた。なんとしたことだ!?中に入れたはずの
重要書類の封筒が無い!!

「しまった!」と思ったがもう遅い。乗ってきた馬車は何処かへ立ち去った後
である。良く考えてみると、乗車してから一度その封筒を取り出したのは覚え
ている。

そっと中を見ようと思ったが、厳重な封緘なのでそれは不可能。その時に図嚢
の中に戻したのか?それとも一旦座席に置いたのか?はっきり覚えていない。

しかし現に図嚢に入っていないということは、間違いなく座席に忘れたのだろ
う。彼は顔色を失い、目を血走らせて酒保を飛び出した。そして市中の知って
るだけの馬車の溜まり場を走り回って探した。

しかしどれもこれも似たような服装、同じような顔つき、向こうから声でも掛
けてくれなければ見分けるのは難しい。ーーーどうすることもできない。

仕方なく、帰ってありのままを上官に報告するより他はなかった。もう久しく
忘れていたビンタをみっちり味わった。

そして営倉入り、さらにその失態は上に報告されたので、軍機保護法違反か何
かの罪で軍法会議にかけられ、陸軍軍曹の階級は一等兵に降等、三ヶ月の禁錮
刑に処せられた。

----この書類は、憲兵隊の捜索、調査の結果、軍のほうへ戻ったとの事であっ
たが、一旦地方人の手に渡ったのであるから披見の虞れもありとして免罪には
ならなかった----

衛戍監獄の厳しさ、苦しさ、辛さは並大抵のものではなかった、と、しみじみ
話していた――――。

                           = つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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