異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん
☆ アナール収容所にて(7) ―――――――――――― 2008/05/26

――【平 原 の 歌 声】

グルーシキの毎日は楽しいものだった。仕事は楽だし時間的にも余裕があり、
ラーゲルに帰っても麻雀などに興じ、割と楽しい日を送っていた。ーーー坑内
に入っている組はそうはいかなかっただろうがーーー。

ただ、日本に帰りたい、家族に会いたいという気持は誰も皆同じ、片時も念頭
を去ることはなかった――――。

夜勤の夜であった。ーーーもう夜も更けて十二時にも一時にもなった頃、遙か
彼方から素晴らしい歌声が流れてきた。数名のコーラスである。

段々近づいてきて、私達の小屋の前で止まった。外に出てみると、十六、七か
ら二十歳ぐらいの娘が五人、肩を組んでいた。

ここから5キロ程離れている、アナールの集会所に映画を見に行ったとのこと
だった。彼女達の家が何処にあるのかは知らないが、おそらくわざわざここを
訪れたものだろうと思われた。

もちろんワーリヤとは知り合いなので、入ってきていろいろと話していた。

ワーリヤも、お茶を煎れたりしてもてなしていた。

ロシヤ人の歌好きは、何処の国の人にも負けないぐらいで、そして広大な平原
で歌うせいか声量も豊か、そして美声。流れてくる素晴らしいコーラスには、
うっとりと聞き惚れてしまう程だった。

------ここで一寸お断わりしておくが、この辺り一帯は砂漠地帯だと前に書い
たが、我々の感覚で砂漠といえば、サハラやゴビ砂漠など一木一草もない荒涼
の地を想起するが、

ここは土質が砂なので樹木こそ一本もないが、夏場には少々の雑草は生えるの
で草原という感じになり、砂漠という語は訂正したほうがいいかもしれない。

私達もまだ若かった。私が年長で二十六、一番若いのは、志願で入隊した十八
歳の者もいた。そこは若い者同士、自然と身振り手振りでお互いを理解しよう
と努力する。

それ以来、一週間に二度も三度も訪れて来るようになった。ーーーなにかと食
べ物などを持って・・・。

そのうちに意気投合した組もあって、カップル二組ができ、肩を組んで夜の草
原に出て歩いたり、寄り添って座り込んで話に耽ったりしていた。

尤も、私達が昼勤の間、他のグループが夜勤となるのだが、その時も同じよう
に訪れていたのかもしれない。とにかく娯楽など極めて少ない状況だったので
青春の捌け口を求めていたのだろうか。

――【食 べ 物 の 怨 み】

このグルーシキの仕事に来る間も、楽しいことばかりではなかった。偶には嫌
な思いをすることもあった。

食べ物が原因の諍いとか、食べ物の怨みというものはかなり深刻なものである
ことは皆さんにも覚えがおありと思います。ーーー私にも、考えもしなかった
トラブルがありました。

グルーシキの仕事は、坑内作業と違って身体が楽だったので、暇さえあれば麻
雀。ーーー賭けるのは食糧のパンや砂糖、坑内作業者は若干の報奨金があった
ので現金を賭けることもあった。

私は不思議に運がついているというのか、殆ど負けを知らなかった。だからい
つも、四、五日分ぐらいなパンの余裕があった。

私の隣に寝ていた沼田という少年がいた。

兵隊ではなく開拓団に居たのが、何処でどうしてか一緒になった。

まだ17歳になったばかりで本当の子供、丸顔色白で実に美少年、皆に可愛が
られていた。その彼が隣に寝ている戦友ということで、洗濯など身の回りのこ
とを細々と良くしてくれた。

私は、パンも砂糖も煙草も彼には惜しげもなく与えた。私の留守中でも、枕元
の袋の中から自由に取り出して良いからと言っておいた。

ーーーこのことが禍の元になるとは夢にも考えていなかった。

                           = つづく =
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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