異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん
☆ アナール収容所にて(6) ―――――――――――― 2008/05/19

――【作戦成功!】

ちなみに運搬係のノルマは、200メートルの距離だったらトロッコ35台が
一日のノルマである。歩くだけで14000メートルであるが、トロッコ1台
0.3単位の石炭=ラパートカで120杯)を自分で積んで運ぶのだから10
0%はとても覚束ない。それに脱線・転覆などもある。

今迄力仕事をしたことのない私にとっては、超重労働に思われた。二日程働い
たが、ノルマにはとても覚束なくヘトヘトに疲れた。二日目の夜、帰ってから
ベッドでいろいろ考えた――――。

「このまま今の状態が続けば、何れはバテて病気になる」と。実際炭坑で働き
過ぎ、過労、衰弱で診察を受けに来た人を何人も知っていた。

「なにもここでスターリンの為に、身体を犠牲にしてまで働かなければならぬ
義理はない」「なんとかして坑内から出て、地上作業のほうに回されるような
方法はないか‥‥」と、いろいろ考えた。

ーーーそして三日目、それを実行に移した。

現場に到着してそれぞれの持ち場に配置された。坑内はマッセル(現場監督)が
始終見回りに来る。最初の見回りが済んで暫くしてから、持っていた石油ラン
プを吹き消して真っ暗な中、切羽の前に座り込んだ。

どのぐらい経っただろうか..見回りの灯が近づいてきた。そして座り込んでい
る私を見つけると「何だお前は、どうしたんだ?」と声をかけた。私は「ラン
プが消えてしまったので灯を貸して下さい」(本当は煙草を喫うのでマッチは
持っていた)と言うと、自分のランプから灯を移してくれた。

まっセルが立ち去って暫くして、また灯を吹き消した。

三十分もすると、またマッセルが回ってきた。「マッセル、また消えてしまっ
た」と灯を貰った。そしてまた前と同じようにして座り込んでいた。

三度目にはマッセルの顔色も変わり罵声が飛んだ。「ヘイ[おい]!お前のよう
なロードリー[怠け者]はニナーダ[要らない]!早速ナチャイリニク[収容所長]
に報告してチュリマー[監獄]だ!」と怒鳴りつけると、腕を引っ張って坑外に
連れ出された。

作戦成功!これで二度と坑内に入らなくて済む。

地上作業なら空気も良いし、仕事も楽だ。チュリマーのことは、こんなことぐ
らいでは入れる筈はないし、若しそんな事態になったら、隊長が何とかしてく
れると多寡を括っていたので、大して気にも止めていなかった。

果たして、帰ってからも、翌日も何のお咎めもなかった。完全に私の作戦勝ち
だった。

――【坑外勤務・グルーシキ係】

坑内に入らなくて良いようになってから就いた仕事は、グルーシキ[積み込み]
という、馬車や橇で地方人が石炭[ウーゴリ]を取りに来たときに、ラパートカ
[スコップ]で積んでやる仕事だった。

このグルーシキは、四人が1グループとなって三交替。この十二名は炭坑小隊
とは別個で、監視兵もつかない。

交替毎に、三十歳ぐらいのロシヤ人女性(名前はワーリヤ)が送り迎えしてくれ
た。仕事の済んだ私達グループを連れて帰ると、交替の四人を引率して炭坑へ
帰るのだった。

幾つにも積んである石炭の山の、直ぐ近くの三畳ほどの広さの小屋がグループ
の詰所だった。真ん中に大きなペーチカがあり、小屋の片隅に小さな机と椅子
があり、それがワーリヤの定位置だった。

三方の壁に添って長い腰掛、我々はそれに腰を下ろして石炭を取りに来る人を
待つのであった。

取りに来た人は、ワーリヤに何か話し、何かノートに書いているが、代金など
はどうなっているのか全く知らない。尤も、総て国営で、何でも国のものであ
り自分たちのものでもあるらしく、そこのところの観念は私達には理解できな
かった。

――【国の物ということは我々の物】

それについてこんなことがあった。

ラーゲル[収容所]の中では麻雀が盛んであったが、炭坑やグルーシキの交替勤
務の非番の者達は、夜昼お構いなしで四六時中誰かがやっていた。或る晩十二
時も過ぎた頃、夜間巡視のロシヤ人将校がやって来た。

「夜中に騒がしくすると他の人が眠れないではないか。直ぐ止めろ」と、尤も
なことを言った。ところがその後がいい。「若しやりたいのだったら俺の言う
ことを聞け。それに従えば朝までやってもいい」と交換条件を持ち出した。

交換条件は、ラーゲルから余り遠くないところにある建築資材集積所から、木
材を運べというのである。「自分が今度家を建てるからそこへ運べ」と言う。

「なんだ?それは泥棒ではないか。そんなことをしてもいいのか?」と尋ねる
と答えが奮っている。「あの資材は国家の物である。国の物ということは我々
の物である。俺が家を建てても国家の物だ。だから俺が黙って持ってきてもい
いのだ」とのたまう。

若しこれが正論なら、なにも夜中に他人を使って運ばせることはなかろうに、
と思ったが、別にこちらの腹が痛むわけではなしと条件を呑むことにした。

「ノルマは一人二本だ。五人居るから十本運べ」までは良かったが、その後に
続けて「但し誰にも見付からぬようにしろ。若し見付かっても、俺の命令だと
絶対言ってはいけない」と、筋の通らぬことを言った。

兎に角、材木一本を二人で担いで十本を運び終わると、朝まで大っぴらに麻雀
を続けたことがあった。こんな具合で、物の所有権は一体どんなふうになって
いるのかさっぱり分からない――――。

――【ホイサッ!ホイサッ!】

話はグルーシキに戻るが、八時間勤務している間に、普通の日は十回ぐらい、
夜勤の時などは三台も来ればいいほう。一回積み込むのに十分程なので、実に
楽な仕事である。

仕事のない時は、集まって馬鹿話をしたり、表に出て辺りを歩き回ったり、巻
上機のところへ行って巻上方と話し込んだりして時間を潰した。

ワーリヤも退屈らしく、机に俯してウタタ寝をしたり、私達に話しかけたりし
た。時には家から飴玉[カンフェークト]やパンを持ってきてくれ、それを食べ
ながらいろいろな話をしたり、また私達も日本のことを色々と話したりした。

日本の女性がどうであるか、詳らかに承知していないが、ロシヤ人の女は裏表
が実に甚だしい。他にロシヤ人が居る場合には、私達が一寸でも下がかった話
をしようものなら、柳眉を逆立てて激怒する。

ある時、ナシルカ(箱型運搬器)を二人で運ぶ時、普段のように「ホイサッ!ホ
イサッ!」と掛け声を掛けて急ぎ足で運んでいた。ところが、突然辺りに居た
ロシヤ人の女が「オオッ!ドーラク!チョールトイ!=馬鹿者!気違い!」と
怒りだしたのである。

こちらは、何故怒り出したのか見当もつかないので呆然としていた。

後でロシヤ人の男にそのことを話したら、笑いながらその訳を教えてくれた。
ーーー「ホイ」はロシヤ語で..男のイチモツのことだそうだ――――。

ワーリヤも、他にロシヤ人が居る時には決してそんな顔は見せないが、相手が
我々ばかりの時にはガラリと変わって、結構際どい話しもする。こちらも面白
可笑しく話すものだから大いに盛り上がる。

ーーーその内容を書くわけにいかないのが残念・・・・

                           = つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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