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異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん |
☆ アナール収容所にて(5) ―――――――――――― 2008/05/12
――【腸チフスに感染】
腸チフスの病菌は、この排出された血液の中に一番たくさん含まれている。そ
して、その血液を半身にまともに浴びた私が感染して、十日程の潜伏期間を経
て発病の仕儀となったが何の不思議もない。
三十七度五分から八度、八度から九度と、一週間ぐらいで段々上がってくる。
これを上昇期と呼ぶが、その後一週間ぐらいは三十九度四十度の高熱が続く。
これを稽留熱という。
そして次の弛張熱の期間に入ると、朝は七度五分程度の熱が、夕方には八度五
分から九度にも上がり、翌朝はまた下がる。それを一週間ぐらい繰り返すので
ある。体力、気力のない者は、大抵その高熱にやられてしまうのである。
私は一週間目ぐらいの時、その熱の上がり具合から腸チフスに感染したかなと
思い、それから二、三日程で間違いないと確信した。軍医も、典型的な症状に
感染は間違いないと断言した。
さあ、そうなると死ぬにはまだまだ心残りがある。
ーーーかといってどうすることもできない。ただこんなところで死んで堪まる
かという思いだけは固く抱いていた。しかし、もしもの時にはと、母とたった
一人の妹には遺言を書いた。詳しいことは覚えていないが、
兎に角、こんなところで死ぬのは残念だが、これも定まった運命だろう。この
上は、お母さんも私の分まで長生きして下さい。そして妹には、母を宜しく頼
む。ぐらいなことを書いたのだろう。
封をすると軍医(山口県宇部出身)に「軍医殿、故郷には母が一人で住んでいま
すから、帰還したら訪ねて私の最後の模様を伝えて下さい」と頼み、その遺言
書を手渡した。
ところがである。不思議に高熱が続いても、錯乱するようなこよもなく、その
うちに次第に熱が下がり始めた。軍医も不思議がったが、とにかく喜んでくれ
た。体力が勝ったのか、神仏のご加護か、兎に角十日程ですっかり回復した。
もう大丈夫!と軍医は「もう要らなくなって良かったな」と預けてあった遺言
書を返してくれた。
――【俺には守護神が】
私は軍隊に入る前からでも、非常な逆境に立たされてもうお終いだと思ってい
る時に、必ず予期もせぬ不思議なことが起こるのだった。そして事態は一挙に
好転する。
軍隊に入ってからでも、自分の不都合が原因で転属させられたことがあったが
それから一ヶ月もしないうちに、原隊に動員令が下ってフイリッピンに向かい
上陸もしないままリンガエン湾で撃沈され、部隊は全滅した。
この時も「ああ、運が良かったなぁ」と思ったものだった。腸チフスに罹った
時も、ほとんど助かる見込みはなかったのが何故か助かった――――。
私は前々から、「俺には守護神がついていていてくれる。どんなに落ち込んだ
時でも最悪の事態になったら必ず助けてくれる」と信じてきたのであるが、こ
のことがあってから愈々確信を深めた。
以後五十数年、その間に何度も同じようなことがあったが、その都度助けられ
た。だから守護神様のことは信じ切っている。お陰で何事をやるにも自信を持
てる。本当にありがたいことだと感謝している。
――【医療室をお払い箱】
激しい下痢でお腹の大掃除ができたせいか、全快後の食欲は実に旺盛だった。
病人の特別食は普通の人よりも量が多いのだが、それが一人前では足りず、食
欲のない他の人の分まで食べたものだった。治癒してから二ヶ月後には前より
五キロも体重が増えた。
なにしろ食べるのは人の二倍、仕事といっては体力を消耗するような力仕事も
しないので、肥えるのは当たり前。ところがそれが良くなかった――――。
全快してから3回目の身体検査でペールウイ(一級)と判定され、早速炭鉱行き
グループに配置され、医療室をお払い箱になってしまった。「しまった!」と
悔やんだがもう遅い、、。翌日からグループの人達と坑内に入る事となった。
――【炭坑内】
炭坑へは、警備兵2名がついて300メートルぐらいの距離を往復する。
一交代三十五名ほどで、三交代制であった。
いよいよ生まれて初めて炭坑というものの中に入った。炭坑は深さ30メート
ルぐらいの浅いもので、昇降機(石炭巻き上げと共用)でほんの僅かの時間しか
かからない。
坑道の両側はお粗末な坑木(レース)を立てて支えてある。幅は3メートルぐら
いで、中央を運搬用トロッコの線路が走っている。20メートルおきぐらいに
大きな鉄板が敷いてあって、トロッコの離合や方向変換ができるようになって
いた。
坑道の高さはせいぜい1メートル80か90、背の高い人は頭が支えそうな有
様。単層は厚いテコ路で1.5メートルぐらい、薄いところになると60セン
チぐらいのところもある。
中央の坑道から無数の横道があり、これを掘り進んでいく。そして予め運んで
ある坑木(レース)を適当に立てていく。炭質はとても軟らかく、総て手堀であ
る。
坑道が浅いせいか、ガスの発生は全然ない。爆発の危険性がないので、照明は
石油ランプの裸火で、煙草も自由に喫える。掘った石炭を線路脇まで掻き出す
と、運搬係がトロッコに積んで巻き上げ機のところまで押して行く。実に前時
代的作業である。
各人にノルマ=標準作業量)が課せられていて、それ以上に成果を上げると、
仕事量に応じて増食のパンが貰えるので、そのパンに釣られて皆良く働く。
ノルマ以下の日が何日も続くと、プロホ・ラボーター=不良労働者)として処
罰される仕組みになっている――――。
= つづく =
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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