異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん
☆ アナール収容所にて(4) ―――――――――――― 2008/05/05

――【続医療所天国】

診療所に三人で寝泊まりしていたが、実に気楽なものだった。スタッフは四人
だが、衛生兵の一人は夜は所属隊に帰っていた。三人でベッドを並べて寝るの
だが、毎晩の楽しみは軍医の「宮本武蔵」の物語を聞く事だった。

軍医は、シベリア輸送の二ヶ月間、殆ど毎日その本を読んでいたとのことだっ
た。他の連中は賭け事や馬鹿話に興じていたが、軍医はただ読書に専念。繰り
返し繰り返し「宮本武蔵」を読み、すっかり暗記していた。

その話を、毎晩せがんではベッドに入ってから聞くのであった。澤庵和尚がこ
う言った。又八がどうした。お通がどうだった。と、声色混じりで実に面白く
話してくれた。

話し方も堂に入っていて、二人はうっとりとそれに聞き入ったものだった。ど
うかすると、あまり気持が良いので話の途中で二人とも寝込んでしまうような
事も度々だった。

そしてその都度、「もうこの話しは止めたッ!」と怒るのだが、人の好い軍医
は、詫びを聞き入れては翌晩もまた続けてくれた。

ーーーこの医療所に時々巡察に来るソ連の女性将校がいた。

階級は中尉=リチネント)だが女医でないので、何を視察に来るのか目的は判
らないが、いろいろ日本の事を聞いたり、ソ連の模様を話したりしていた。お
そらく政治局の一員だろうと私達は噂したものだった。

身長は190センチぐらいはあり、体重も100キロ近くだろうと思われる、
実に堂々たる偉丈婦であった。年齢は二十四、五。目鼻立ちは整っているほう
で、身体こそ大きいが、寧ろ可愛い美人の部類に入れて良いほどだった。

或る日、軍医がこの女性に迫られ大慌てで私達に救いを求めたことがあった。

私達の部屋に、一人で居るところへ入ってきて、いろいろ話していたが、突然
言い寄られたらしい。なにしろ軍医は50キロ足らずの優男、それがかの大女
に迫られたのだから震え上がったのも無理はない。

診察室に居る私達のところへ顔色を変えて逃げて来たのだった。(^○^)

暫くして彼女も診察室にやって来たが、別に普段と何等変わりなく、そんな事
があったなど気振にも見せなかった。

私の抑留期間三年半を通じての感想では、ソ連という国の恋愛、男女関係とか
は、実に自由、他人のそんな事には一切干渉しない。それは未婚、既婚を問わ
ず実に大らかなものに思われた。

その後、数多くのソ連の人と接触するようになってからも、そんな話は数多く
見聞きした。ーーーそれについての詳しい事は遠慮しておくが、戦前の修身で
育った我々には想像もつかないものだった。

----尤も、現在の世相からすれば驚くにはあたらぬ事かも知れないが・・・・

――【伝染病患者】

この収容所で初めての伝染病患者が発生した!ーーー東京都出身、専門学校出
のインテリで、軍での階級は一等兵だった。痩身で顔色も蒼白、見るからに虚
弱体質と思われる男だった。

発熱、下痢を訴えて受診したのだが、かなり衰弱の様子だったので入室、病状
観察ということになった。数日間観察したが一向に好転しない。

それどころか、症状は「腸チフス」特有の徴候を現わし、軍医は「腸チフス」
と診断、一般から隔離、私が専任で看護することになった。

現在ならば「クロロマイセチン」の投与という絶対的治療法があるが、当時は
そんな薬品もなく、ただ高熱のため惹起する脳症状を防ぐ意味で、氷で頭を冷
やしてやるのが精一杯の治療。

あとは本人の気力、体力、病気への抵抗力、治癒力が頼りである。

私は、この患者が「腸チフス」と診断された時から、口にこそ出さなかったが
「ああもう助からないな」と感じていた。治療薬はないし、救命設備=輸血、
酸素吸入など)も全然ない。そして、腸チフスは、かなり高い死亡率だといわ
れていたのだから。

「弛張熱=1日のうち、朝晩体温が2、3度上下する)の期間、熱の下がって
いる時を見計らっていろいろ話を聞いてやった。勿論本人には告げなかったが
私は遺言のつもりで聞いてやったのである。

まだ若い美人の奥さんと、一歳になる可愛らしい娘の写真を見せながらいろい
ろと話した。

それから数日して、予想していたとおり最後の日を迎えた。

ーーー遂に「腸穿孔」に因る「下血」をみた。敷布、毛布まで鮮血に染まり、
帰らぬ人となった。抱きかかえて最後を看取った私も下半身血塗れとなった。

お湯で事後処理を済ませた遺体は、形見の時計や手帳など身の回りの品と一緒
に所属隊に引き渡した。

その後、部隊は幾つにも分かれてあちらこちらに移動したので、どこに埋葬さ
れたのか、その後どうなったかは全く知らない――――。

                           = つづく =
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┌──────────「ひさしさん」40代@男性@フリーランス@関東 写真家としてシベリアをテーマに、ここ何年か写真を撮っている者です。 いつもたいへん興味深く拝見させていただいております。あちらでは、日本の 抑留者が作った建物、その時代の建築物、戦前にロシアで暮らした日本人の事 などを知り興味を持ちました。 これからも、貴重なお話を私達におきかせください。ありがとうございます。 └────────── ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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