異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん
☆ アナール収容所にて(3) ―――――――――――― 2008/04/28

――【医療天国】

受診に来る人たちも様々。なかには仕事を休みたいばかりに仮病を使う者もい
た。凡そは判るのだが、それを軍医に言うわけにも行かない。労働者の国だけ
あって、ソ連軍医はそのことに対しては殊に厳しい。

一番困るのは、神経痛、リューマチである。他の病気は下痢とか発熱とかで症
状が外から見える。ところが神経痛、リューマチは、自覚症状だけで外からは
判らない。

だから本人がいくら痛いと言っても、ソ連軍医は「お前は仕事がしたくないの
だろう!ロードリー[怠け者だ]!」と言って、決して休むことを許してくれな
い。

大体、神経痛、リューマチという病気は、気候風土の関係か、日本には頗る多
いが、外国では極めて少ない。従ってソ連軍医には納得できないらしい。さあ
そうなると兵隊のほうも知恵を絞る。

熱さえあればと、診察を待つ間に挟んでいる体温計を衣服で擦って目盛りを上
げる。うっかり擦り過ぎ、四十二度まで上がったのをその儘出して、それが露
見、「この嘘つきめ!お前はチュリマー[營倉行きだ]!」と怒鳴りつけられた
こともあった。

また別の方法を考えた者もいた。部屋から焼きジャガイモを持参して、それに
体温計を差し込んで温度を上げる。なんのことはない、ジャガイモの体温測定
だ。

毎月身体検査があり、体格によってランク分けされる。身体検査といっても、
各人を裸にして向こう向きに並ばせ、所長・ソ連軍医・労働係将校など三、四
人が、各人のお尻を叩いてみたり、皮を引っ張ったりして、その張り具合で等
級を付けるのであった。

ペールウイ(一級)、フタローイ(二級)、トレーチー(三級)、オーカー(O・K)
とランク付けされる。このランクをカテゴーリと呼び、これに依って労働が決
められるのであった。

一級は、炭坑・石切り・材木運搬などの重労働。二級は、道路・建築・農作業
などの普通作業。三級は營内などの清掃等の軽作業。O・Kは保護、休養。と
決められていた。

――【弱者厚遇】

この国での弱者厚遇ということに就いては、それまでの日本軍の常識とか、制
度とかではとても考えられもせぬ程に手厚いものであった。O・KにはO・K
食という特別食があって、質も量も一般食より格段上であった。

また医療室に入室した患者には、病人食として、白パン(ベールイ・フレーブ)
米のお粥(リースヌイ・カーシャ)、肉のスープ(ミャーフヌイ・ソゥプ)が支給
された。当時、お米のお粥など、一般地方人でも滅多に口にできるものではな
かったので、随分と羨ましがられたものだった。

私はべつに、共産主義の政治が良いと誉めているのではない。ただ、思いもし
なかった事実に出会った驚きを記しただけである。

帰ってから後に聞いたところによると、抑留された場所によっては随分酷い待
遇で、餓死した人、過労で倒れた人、衰弱で死亡した人などが多勢居たという
ことだったが、私のいた収容所で死亡したのは「腸チフス」に罹患した一人だ
けだった。

これは伝聞なので確かではないが、捕虜にも内務省管轄の捕虜と、陸軍省管轄
の捕虜との二通りがあったとの事。国境近くで直接ソ連軍と銃火を交えた部隊
は陸軍省。後方にあって戦闘には参加せず、帰国の為(実は嘘だったが)集結し
た部隊は、内務省管轄だったという。

給与も労働も雲泥の差があったとのことだった。私たちは後者だったらしい。

――【埋蔵金伝説?】

収容所に入ってから、何回となく所持品の検査があった。

最初の検査の時、正直に達示通りに持ち物全部を出した者は、現金、時計、万
年筆、その他珍しい品物は、日常必需品以外は、一旦預かるという名目で悉く
引き上げられた。時計、万年筆は、輸送途中でも随分強奪されたものだった。

それに懲りて、警戒して隠し持っていた人は、その後地方人との接触の機会あ
る毎に、警戒兵の目を掠めて現金やパン、煙草と交換した。この交換の時には
よく私は頼まれた。拙いロシヤ語でも結構役に立ったものだった。

私も日本紙幣で三千円、満州紙幣で二千円ほど隠し持っていたが、度々の検査
でいつ発見されるかも知れないと、診療所を建てて暫くの後、壁を塗る時に、
きっちりと包装して、時計と一緒に壁に埋め込んだ。
その時、他の人からも頼まれて、相当な金額の現金と品物を埋め込んだ。

尤も、後日他の収容所に移る時、掘り返すこともできず、今も壁の中に眠って
いる。ーーー現在の金額にしたら数百万、いや一千万以上にもなるだろう宝が
遙かカザックの奥地に眠っている。

ーーーこんな風なことから埋蔵金伝説は生まれるのかも知れないーーー

                           = つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
異聞シベリア抑留記の目次に戻ります







SEO お金 無料レンタルサーバー ブログ SEO