異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん
☆ アナール収容所にて(1) ―――――――――――― 2008/04/14

――【どうにもならぬ雪かき】

ここアナールでは、炭坑に入って石炭を掘るのが主な作業。石炭関係の作業に
就く人員が、地下地上合わせて二百人ぐらい。その他の人員はほとんど毎日雪
掻き。
この地方は砂漠地帯なので水に乏しい。そこで大きな人口池を作って雪解けの
水を溜める。かなり遠方から、馬車(冬期には橇)に水樽を積み、馬に挽かせて
その水を汲みに来る。

その池を「カナール」と呼ぶ。「カナール」には別に運河という意味もある。

冬期は氷が張っているので、カナールの上に雪があまり沢山積もると水が汲め
なくなる。だから毎日その上の雪を撥ね除けるのである。シベリアの雪は全く
サラサラで、手で握っても絶対に固まらない。

その雪を「ラパートカ」というスコップみたいなもので掬うのであるが、それ
が木の板に柄を打ち付けただけの平べったいもの。そんなものにサラサラの雪
が載るわけがない。だから辺りに撥ね散らすだけ、能率の悪いこと夥しい。

そしてここは風が強い。雪を掻き集めて「ナシルカ」と呼ぶ箱形の運搬器具に
入れ、二人で抱えて少し離れたところへ運ぶ。ところが、折角掻き集めた雪も
少し強い風が吹くとパーッと全部吹っ飛んでしまう。いくら氷の表面が出るよ
うに掻いておいても、ひと風吹くと元の木阿弥。何ら効果はない。

最初の頃こそ、ラパートカを雪に突き立てて、四、五人も集まり無駄話などし
ていたが、四、五日も経った頃には、皆そんな元気をなくしてただ黙々と雪を
撥ねる。じっとしていると身体が冷えるので、なんとか身体だけは動かす。

気温は大体マイナス五度から十度前後。しかし風の強いときには、体感温度は
マイナス二十度にも感じる。防寒被服着用といえども、風を遮るものは何一つ
ない吹きっ曝し、栄養不足の身体にはぐんと堪える。それに、何よりも辛いの
は腹の減ることだった。

――【ここでの食事】

ここでの食事について少し書いてみることにする。

朝食は、黒パン=薄い食パン二枚程度)一切れと、塩鮭の頭からとったスープ
が飯盒[はんごう]の蓋に半分ぐらい。

昼は、粟のカーシャ=お粥)が飯盒の蓋に三分の一ぐらい。

夜は、黒パンとカーシャ。パンはいやに酸っぱく、皮は凄く固い。原料はライ
麦らしいが、粉に引いて麩[ふ]は除かないままなのでハダ触りが粗い。後々慣
れてくると結構独特の味があって美味く感じるようにはなったが・・・。

カーシャは、粥というより重湯に近い。普通は粟である筈だが、最初何回かは
粟であったが、間もなく稗[ひえ]に変わった。関東軍の馬糧であった物を押収
して回したものらしく、袋に部隊の名前入りの札が着いていた。

ザラザラの砂が飯盒の底に溜まり、人間の食べ物とは思われぬ程であった。世
の中にこんな不味いものがあるのかと不平は言いながらも、空腹には代えられ
ず、食べ残す者は一人もいなかった。

この砂入りカーシャが2ヶ月ぐらいは続いた。在庫の稗が無くなって、やっと
元の粟に戻った。

スープは塩鮭の頭と尻尾(身の部分は全部収容所の職員の食卓に回っていたら
しい・・・)をグツグツと煮込む。野菜といえばカルトーシカー馬鈴薯)の煮
崩れがほんの少量、形は全くない。青野菜などお目にかかったことがない。

しかしこの塩鮭の頭や尻尾は、長時間煮込むとすっかり軟らかくなって、全部
食べることができるのでカルシウム補給には貴重なものだった。

――【野犬のスープ】

スープといえばこんな事があった。――――入所以来、肉というものを食べた
ことがない。誰かが言い出して、野犬を捕まえて食おうではないかということ
になった。

夜になると、野犬が餌を求めて炊事場の付近に現れる。純然たる野犬で、犬と
いうよりむしろ狼に近い。かなり危険にも思われるが、背に腹は代えられず、
それに目をつけたのである。

漬物を作るときに使う大きな樽を持ち出して伏せ、その一部分を持ち上げ、木
片で突っ張りをかける。それに長い紐をつけた。夜になるのを待って樽の下に
餌らしきものを入れ、

二人の勇士が、十メートル程離れた地面に伏せて頭から外套を引被り、一人は
紐の端を握り、一人はタポール(薪割り)を持って息を殺し、野犬の現れるのを
待ったーーー。間もなく獲物が出現、餌に釣られて樽の下に入る。紐を引く!

見事成功!

棒切れとタポールで仕留めたのはかなりの大物だった。これを引き摺って帰り
炊事場で解体。肉は希望者に分けて、部屋のペーチカで焼肉。久し振りの肉に
犬ということも忘れて各人大満悦だった。

さてその頭であるが、これでスープの出汁をとろうということで大鍋に入れ、
グツグツと煮込んでいた、、。ところが、

ちょうどそこへ、当直のソ連将校が夜間巡察に来たのである。

炊事係の者に「おお、やってるか」とかなんとか笑いながら話しかけて見回っ
ていたが、「何ができるのかな?」と言いながらその鍋の蓋をとった・・・・

「ウワーッ!」と叫んで、蓋を放り投げると同時に腰の拳銃を引き抜いて鍋の
中の怪物に身構えた。付近にいた炊事係の者も驚いて、急いで身を退いた。

「なんだこれはッ!」

炊事係責任者は大分絞られたらしいが、捨てろとは言わなかったので、翌朝の
スープはそれだった。そんな事情を知らない大半の者達は「今朝のスープはい
つもと違って凄く美味しい」と舌鼓を打ったものだった。

――【とにかく腹ペコ】

とにかく食べ物の絶対量が少ない。誰も彼も四六時中空腹であった。それもそ
の筈、食欲旺盛な若い連中ばかりなのだから寄ると触ると食べ物の話ばかり。

なかには「この腹の減っている時に食い物の話をするな!余計腹が減る!」と
怒る者さえいた。

「ひもじさと 寒さと恋を比ぶれば 恥かしながらひもじさが先」

という狂歌があるが、飢餓状態も極限近くなると、人間の知性、教養なんても
のはどこかへ吹っ飛んでしまうものだということをつくづく思い知らされた。
ーーーどうかすると理性さえ消されてしまうものである。

別の収容所に移ってからのことであるが、ハンガリヤ人の兄弟が同じ収容所に
居た。食べ物が少ないのはそこも同じだったが、その兄のほうに故郷から小包
が届いた。

その中に入っていた食べ物を一人で食べたという事で、弟が兄をナイフで刺し
殺すという事件があった。

これなども、普通の心理状態であったら、とても考えられないことであろう。

                           = つづく =
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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