異聞シベリア抑留記 ―――――― by 江藤一市さん
☆ ソ連極東ブラゴエに到着 ―――――――――――― 2008/03/24

――【ブラゴエでの椿事】

最初に踏んだのは、ソ連極東では大都会のうちに入るブラゴエシチェンスク。

満州のハイラル、ハルピンのロシヤ人街とはまた違う、本当のロシヤの町とい
う感じがする。建物はガッシリとしていて大きいが、芸術とか、叙情とかには
程遠い古い街並みであった。

渡し船から荷物の陸揚げが終わると、私達は渡船場の直ぐ近くのアパート風の
建物の前の道路で休憩した。

窓が開いて、年若いソ連人の女が三人、私達のほうを眺めている。

「キャッ、キャッ」とふざけて、笑いながら何か喋っているが、話が判る訳も
ない。そのうちに三人とも家から出てきた。歳のころは十八九だろうか、髪の
色は、ブロンドが一人、ブラウンが二人、三人ともロシヤ人らしく色白で結構
可愛い顔をしている。

敵意とか警戒心など全然ないらしく、握手を求めた兵隊に、にこやかな笑顔で
応じていた。もう何ヶ月も、女らしい女を見ることのなかった兵隊達。皆まだ
二十代前半の若さ、胸を躍らせようが頭に血が上ろうが無理もない話である。

言葉は全然通じないが、身振り手振りで水が欲しいと訴えた者がいた。一人が
走って帰ると、小さいバケツに入れた水とコップを持ってきた。兵隊も喜んだ
が、娘達も結構楽しそうに笑いさざめいている。

そのうちに誰かが柄物の風呂敷を取り出した。人絹のペラペラだが、赤、青の
色だけは美しい。それを水のお礼のつもりで差し出した。

こちらの意思が通じたらしく、彼女は大喜びで受け取ったが、他の二人が納ま
らない。ルーブル紙幣をヒラヒラさせ、何か売ってくれとせがむ。言葉は通じ
ないが、恐らくそういうことだろうと身振りから察しられた。

――【惜しいことを!】

そのうち、三人の中の一人が、兵隊の持っている小型の腕時計に目を止めた。

大体、時計などはソ連警備兵の目についたが最後、即座に強奪されるので、普
段は絶対身に付けない。どこか奥深くに隠しておくのだが、娘達に見せたかっ
たのだろう、腕に巻いていたのである。

娘は時計を指差して懸命に何かを言う。言葉は解からなくてもそれを欲しがっ
ているのは判る。その兵隊はニヤニヤ笑って「ダメ、ダメ」という意味で何回
も首を横に振った。

そのうちに、娘が不思議なゼスチュアを始めた??

向こうの建物のほうを指差して、手招きするのである。手招きといっても日本
とは逆で、掌を上向けて指を動かす。どうやらあっちに行こうという意味らし
い??

そして今度は、左の指五本を軽く握って拳を作り、その親指と人差し指で環に
なっているところを、右の掌で上から二三回、たたくような、押さえるような
撫でるような仕種を、何度も何度も繰り返す。ーーー何人も集まって考えたが
どうしても意味が解からない??

そこへ丁度、同じ隊の小野元軍曹が来た。

彼はハイラルの軍司令部で情報室勤務をしていたのでロシヤ語が少し解かる。
《この男に関しては面白い話があるのだが、後述する事にする》

ーーー彼に尋ねてもらった。

「時計が欲しいんですよ。こんな小型の時計は見たことがないので、是非欲し
いと言ってますよ」と小野君は笑いながら言った。それはべつに通訳してもら
わなくても大体は判っている。

その後の身振り手振りのことを聞いてくれと言うと、彼はぎこちないロシヤ語
で娘に質問した。彼女は前と同じ動作を繰り返しながら喋った。今度は小野君
が大声で笑い出した。しかし彼女は真剣な顔をして喋り続けた。

丁度その時だった。マンドリン(自動小銃)を肩にかけた警備兵が二人やってき
た!!
娘達はそれを見ると、空になったバケツを提げ、サッと建物のほうへ走り去っ
た。

警備兵が立ち去った後で、娘の言ったことを小野君が皆に告げた。

途端に大爆笑。(^○^)

そして「しまった!惜しいことをした!」「残念!早く判っていたらなぁ〜」
と悔しがることしきり。ーーーこれを読まれている方には大凡[おおよそ]の察
しがつくことでしょう。(^^;

しかし、入ソして最初のこの出来事で受けた、ソ連女性に対する第一印象は、
あまり狂いがなかったことが、その後の数々の出来事で証明されるのだった。

                           = つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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