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帝国電網省 ―――――――――― by 竹下義朗さん
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この記事中の画像は全て「帝国電網省」の該当ページより転載しています。
☆ コリアンは支那の属国だった事実を受け入れよ ―― 2009/10/23
原著 2009/10/17
日本にとって、そしてコリアにとっての正しい歴史認識とは一体何なのか?
コリアンの正しい歴史認識によると、れっきとした独立国だった朝鮮国=李氏
朝鮮(李朝)を、明治維新を経て近代化、富国強兵策を採った日帝=大日本帝国
が侵略し、無理矢理併合したということになっています。
しかし私が今まで幾度となく小論で指摘してきた通り、新羅[しらぎ、シルラ]
が西暦663年の白村江[はくすきのえ]の戦で日本・百済[くだら、ベグヂェ]
連合を朝鮮半島から排除するのに唐=支那)の軍事力に頼ったが為に、
半島統一を果たした統一新羅以降、王氏高麗[こうらい、コリョ]―→李氏朝鮮
[ちょうせん、チョソン]を経て、1897年に「大韓帝国」として独立を果た
すまで、コリアは一貫して支那歴代王朝の属国であったのは疑うべくもない事
実です。
これこそ正に「正しい歴史」である筈なのですが、コリアは頑としてこの事実
を受け入れようとしません。なにがなんでも「独立国」だった朝鮮国を日本が
侵略併合したことにしていたい訳です。
邦人拉致問題一つとってもまともな対応をしない北鮮=北朝鮮)は言うに及ば
ず、反日強硬路線を邁進した盧武鉉[ノムヒョン]前大統領から、実利外交を標
榜する李明博[イミョンバク]現大統領に政権が交代した韓国でさえ、
天皇陛下の訪韓招請に際して、彼ら言うところの「日本による過去の植民地支
配」に対し、天皇陛下から直接なんらかの「お言葉」を引きだそう等と考えて
いる始末。
何年経とうが、幾度政権が交代しようが、どうやら、コリアは何も変わらない
ようです。「李明博韓国大統領と鳩山由紀夫首相」
http://chinachips.fc2web.com/repo5/051069sub1.html
そこで今回は、更に別の視点からコリアが支那の属国であった=「独立国では
なかった」事実を明らかにしてみたいと思います。
国を表すシンボルとして皆さんが思いつくものは一体なんでしょう?
いろいろな意見があると思いますが、一番多いのは「国旗」ではないでしょう
か? これは洋の東西や、先進国・発展途上国の別なく、汎世界的な傾向だと
思います。
日本では戦後、左翼日教組の指導の下に行われた自虐史観教育=つまりは「反
日教育」の影響で、いまだに「日の丸、君が代反対」などという不逞の輩がい
ますが、諸外国では、自国の国旗はおろか他国の国旗に対しても敬意を表し、
故意に国旗を破いたり焼いたりした者に対して「国旗侮辱罪」が適用される国
もある程です。正に国を表すシンボルにして国民のアイデンティティの拠り所
としての「ナショナルフラッグ」である訳です。
「日本固有の領土・竹島で日章旗を焼く不逞朝鮮人」
http://chinachips.fc2web.com/repo5/051069sub2.html
その国旗の起源が、実は属国の証[あか]しだったとしたらどうでしょう?
実はその国が日本の目と鼻の先にあるのです。そして、その国の名を大韓民国
(以下、韓国と略)といいます。
韓国の国旗は「太極旗[たいきょくき、テグッキ]」といいます。
「韓国国旗太極旗」
http://chinachips.fc2web.com/repo5/051069sub3.html
白地中央に赤と青からなる陰陽の円「太極」を置き、その周囲四隅に乾[けん]
・坤[こん]・坎[かん]・離[り]の卦[け]を配置する独特の意匠で、
李朝第26代朝鮮王・高宗[コジョン]の時代、1883年旧暦1月27日に朝
鮮国旗として公布され、戦後、米軍施政下にあった南朝鮮が韓国として独立し
た翌年の1949(昭和24)年10月15日、改めて韓国国旗として採用された
ものです。
----北鮮の「藍紅色旗[らんこうしょくき、ラモンセッキッパル]」は伝統色の
青と赤を用いてはいるが、社会主義を表す赤い星も配しており全くの新造旗。
ところで、コリア=李氏朝鮮が国旗を意識しだしたのは、いつ頃の事なのか?
そして、その意匠はどのようなものだったのか? これを知る史料として18
82年7月に米国海軍省航海局(Bureauof Navigation of Navy Department)
が発行した「海上国家の旗」第5版(Flags of MaritimeNations)が参考にな
ります。
http://chinachips.fc2web.com/repo5/051069sub4.html
このうち向かって右側の旗は、ソウル大学校奎章閣所蔵の御旗「太極八卦図」
と呼ばれ、太極旗以前に太極図を旗として使用したものとしては、確認されて
いる最古のものです。意匠としては、紅色地の中心に陰陽を表す文様があり、
その周囲に白色八卦が配されています。
これとは別に、白地の中心に半紅半黒の太極図、その周囲に黒色八卦が配され
更に赤色周縁を施した意匠も考案されています。
次に向かって左側の旗ですが、これは現在の太極旗に非常に似ていますが、よ
くよく見ると四卦が震[しん]・離・巽[そん]・艮[ごん]といった具合に異なっ
ており、現太極旗へ至る過渡期の旗であることが分かります。
そして中央の旗です。中央の太極こそ巴文様の尾が長く伸びていますが、四卦
は現太極旗と同様であり、意匠としてはほぼ同じものと見なしても良いでしょ
う。問題はその上に書かれている文字です。そこにはこう書かれています。
「大清國屬 高麗國旗」
つまり現在の韓国国旗「太極旗」とほぼ同じ意匠のこの旗は、「大清国に属す
高麗国の旗」であるといっているのです。そしてこれは裏を返せば、李氏朝鮮
が独立国などではなく清の属国──しかも国名すら朝鮮国ではなく「高麗国」
とされている──だったことの紛れもない証[あか]しなのです。
だからこそ李氏朝鮮の首府・漢城[ハンソン、現ソウル]には、清国から派遣さ
れた朝鮮駐箚官[ちゅうさつかん]が常駐し、清朝皇帝の名代=お目付役として
朝鮮国王の行う政務全般を管理監督していた訳です。
さて、次にご覧頂きたいのは、韓国「朝鮮日報」2004年1月26日付記事
です。→ http://chinachips.fc2web.com/repo5/051069sub5.html
この記事中にも、米国海軍省航海局発行「海上国家の旗」掲載の朝鮮国旗が掲
載されていますが、何か違うのにお気付きではありませんか?
実は「海上国家の旗」に掲載されている中央の太極旗の上に「大清國屬高麗國
旗」と書かれていたものが、「朝鮮日報」の記事では「大清國屬」の四文字が
消され、単なる「高麗國旗」に変改されているのです。
http://chinachips.fc2web.com/repo5/051069sub6.html
「大清國屬」の四文字は、どうやら写真の枠外に追いやられた形になっている
ようですが、これが韓国民の自尊心を傷付けず、更に民族のアイデンティティ
を保つ為に意図的に為された措置であるのは疑う可くもありません。
その証拠に、「朝鮮日報」英語版の記事では、英語圏の読者が漢字を読めない
と高を括ったのか「大清國屬」の四文字は削除せぬまま掲載しているのです。
http://chinachips.fc2web.com/repo5/051069sub7.html
ちなみに「朝鮮日報」簡体中文版=支那語版では、韓国語版・英語版とは比較
にならないほど粗末な記事になっています。しかも、
「大清國屬」の四文字どころか、自国の国号が「朝鮮」ではなく「高麗」とさ
れていた事実すらも不都合と判断したのか「大清國屬 高麗國旗」の八文字に
付いては全く触れていません。↓
http://chinachips.fc2web.com/repo5/051069sub8.html
太極旗の意匠起源や使用開始時期がいつ頃であったか等、我々日本人にとって
は正直どうでもいいことです。但し、その旗が「独立国としての証し」ではな
く、むしろ「清の属国としての証し」であったことをコリアンはきちんと認め
るべきです。
その上で、日本が自国民の尊い血の犠牲を払って日清戦争に勝利し、朝鮮を清
国の軛[くびき]=属国の地位から解放、大韓帝国として独立させた事実。
そして国家としての存立基盤が崩壊寸前だった大韓帝国を保護国化して支え、
それでも二進[にっち]も三進[さっち]もいかなかったが為に、遂に併合、
搾取どころか、逆に日本が莫大な国費を投入して彼らいうところの「日帝36
年」間、朝鮮半島の近代化を全面支援した「正しい歴史」を直視すべきではな
いのか?
日韓併合前夜の朝鮮の内情がどのような状態であったのか? 朝鮮が当時の国
際情勢の中で、どのような立場(ポジション)に置かれていたのか?
それを検証する事も受け入れる事もせず、唯々[ただただ]「日本による過去の
植民地支配」=「日帝36年支配」で括[くく]ることからは何も生まれはしま
せんし、この先、いつまで経っても「近くて遠い隣国」が「近くて近い隣国」
になることはあり得ません。
コリアが本当に日本と良好且つ建設的な関係を築きたいのであるならば、先ず
は虚構と欺瞞と捏造によって構築された「日本による過去の植民地支配」とい
う偽りの歴史との訣別を図る可きではないのか。
その意味に於いて、日韓・日朝関係の善し悪しに関わるボールは、日本側では
なく、彼らコリア側にあるといえる訳で、両国関係を改善するのも悪化させる
のも、全て彼らの出方次第にかかっていると言えるのです。
= この稿おわり =
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┃●┃ 読後アンケートの結果。
┗━┛ ◇ このとおりだと思う ---------------------------------- 83人 (87%)
◇ よく分からない -------------------------------------- 4人 ( 4%)
◇ これはコジツケじゃないか? -------------------------- 3人 ( 3%)
◇ 知らなかった..初めて知った -------------------------- 5人 ( 5%)
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┃●┃ お寄せいただきましたご意見や感想。
┗━┛ ┌──────────「緑の保守派の尊野ジョーイさん」
韓国人にいわせると、支那の属国であったと歴史的事実が最も精神的にこたえ
るらしいですね。絶対に直視したくない現実らしいです。
西尾幹二さんが友人の韓国人からこの話を聞いて、新しい歴史教科書から朝鮮
半島が支那の属国であったという記述を削ったというエピソードは有名です。
それは、本当の友人のするべき行動ではないと思います。
どんなにつらくても、自分の過去は否定しできないし、直視することで乗り越
えなければいけないのです。
└──────────
┌──────────「1国民さん」
李氏王朝朝鮮時代の身分制度を廃止したことも忘れてはならない。
しかし不思議なのは、両班の家系を自称する韓国人は多いのが、本当なら李朝
の社会が成り立たないだろう?と言いたい。
└──────────
┌──────────「hideおじさん」
まずもって韓国が支那の属国だった、ということを認めることはないだろうと
思っています。教科書では、ずっと独立を保ってきたことになっておりますの
で、それを訂正なり否定するのは、歴史の根幹を揺るがす大事件ということに
なるでしょう。
最近はそれが高じてきたのか、「朝鮮は日本の植民地だったのではない」とい
う論調も聞かれます。
日本と朝鮮の間で交わされた条項や条約は、あくまで日本が武力を持って押し
付けてきたものだから、国際法的に無効であるというのが彼らの言い分みたい
です。
だから「併合」などというべきものではなく、あくまでも日本の「軍事的占領
下」にあったのであって、植民地とは違うという主張です。
朝鮮の歴史には「植民地」の時代などあってはならないのでしょう。だから支
那の属国だったなどというのも有り得ないのだと思います。
どちらにせよ、歴史ドラマの内容がそのまま本当の歴史と信じてしまう国民も
多いというお国柄ですから、如何ともしがたいです。
└──────────
┌──────────「lonsome carboyさん」
知れば知るほど無残な歴史しかない韓国・朝鮮。
彼らの言う「民族の誇り」を鼓舞するには「半万年の歴史」といった戯言で自
画自賛するしかないのでしょう。ーーー哀れ過ぎますーーー
└──────────
┌──────────「権兵さん」70代@男性@関東
ーーーということは 日本も同じく支那の属国だったのですな。
聖徳大子時代に、国書にて「日出る・・日没する・・」なる文書で独立国の宣
言をするまでは朝貢関係にありましたな。これが属国であることは誰でも分る
ことです。
当時は中華が世界の中心であり その他周辺国は全て蛮夷の国であり、朝貢す
れば可愛い奴だと認められたのである。朝貢しない国は蛮夷国との扱いであっ
た。
倭国は中華国から軍事的な支配もなく代官も来ず何も支配されてはいません。
他国の事、韓国について中華国の属国だなどというと歴史的に反論されるよ。
└──────────
▼
┌──────────「緑の保守派の尊野ジョーイさん」
┌--------
ーーーということは 日本も同じく支那の属国だったのですな。
└--------
権兵さん、元寇で討ち払っているでしょう?
┌--------
聖徳大子時代に、国書にて「日出る・・日没する・・」なる文書で独立国の宣
言をするまでは朝貢関係にありましたな。これが属国であることは誰でも分る
ことです。
└--------
あなた、IQいくつ??
朝貢するということは、自国の「統治権=主権」を承認させる、だけなんです
よ。べつに支那の一部になるわけじゃないよ。あとは語るまでもなし。(−−)
└──────────
▼
┌──────────「hideおじさん」
権兵さんの1248号(2009/10/30)の反論を拝見して、朝貢国と属国の意味を
判っていらっしゃるのかな?と、ふと疑問を持ちました。朝貢=属国ではない
ことはご理解されていると思いますが、
ある国に「自国の主権の一部または多くを制限されている国」を「属国」とい
う理解になるかと思います。
この点からみますと、朝鮮においては、自国の国王の決定、政治・軍事などの
重要案件を中華に伺いを立てて認可、指導を受けていたことから、単なる朝貢
国というより、属国だったというほったが正しいのではないでしょうか。
加えて、李氏朝鮮時代においても、中華からの勅使に対して朝鮮国王は「三跪
九叩頭の礼[さんききゅうこうとうのれい]をもって迎えた」と記録されている
ことからも臣下の礼をとっていたことが判ります。
公文書なども、李氏朝鮮末期まで「漢語」が使用されていたことなど、非常に
強い影響の下にあったことが窺われます。
端的な例として、日清戦争の講和条約第一条には、「清国は朝鮮が独立国であ
ることを認め、独立自主を侵害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・
典礼等は永遠に廃止する」とあることからすれば、
少なくとも清国と日本は、時の朝鮮を「属国」あるいはそれに近いような国で
あると認識していたことが窺えるのではないでしょうか。
日本については、邪馬台国の時代ではどうだったか判りませんが、聖徳太子の
時代以降、「日出・・・」の国書にあるように独自の立場を貫いていたわけで
すから、朝鮮と同じ状況とはいえません。
ただ、聖徳太子も朝貢を全く止めた訳ではなく、あの国書を送った以降も何度
か朝貢したとの記録が残っていますから、中華との友好関係は維持したいとい
う意志はあったと思えます。
朝貢が更に進んで属国ということはあるでしょうが、朝貢国が直ちに属国とは
いえないのではないでしょうか。
ただ、韓国としては、ずっと自主独立の国だったというのが自国の歴史に対す
る基本ですから、権兵さんが仰るように「属国」と言われるようなことは絶対
認められないでしょう。
└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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