┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  サイトマップ!(^O^)  ━┓




帝国電網省 ―――――――――― by 竹下義朗さん

この記事中の画像は全て「帝国電網省」の該当ページより転載しています。
☆ 23ヶ国から承認されていた独立主権国家満州国 ― 2009/04/24
満州国は日本の傀儡国家であり、世界からは独立主権国家として認められては
いなかった。ーーー戦後から現在に至るまで続いてきた自虐史観=日本悪者論
に基づけば、おそらくこういう事になるのでしょう。

しかし、この歴史認識には明らかに誤りがあります。何故なら、当時、満州国
をれっきとした独立主権国家として承認していた国々が存在したからです。

という訳で、今回は諸外国からの国家承認という観点から満州国について論じ
てみたいと思います。

満州国を独立主権国家として最初に承認したのは、建国に深く関わった日本で
す。昭和7(1932)年3月1日の満州国建国から半年後の9月15日、日本は、

武藤信義陸軍大将を関東軍司令官兼駐満特命全権大使に任命し、満州国国務総
理=首相・鄭孝胥との間に『日満議定書』を調印締結、これを以て実質的な国
家承認としたのです。

昭和8(1933)年1月20日、鄭孝胥国務総理は、既に国交を結んでいた日本を
除く71ヶ国の政府に対して帝政実施を声明し、合わせて満州帝国の成立を通
告。----執政・溥儀の皇帝即位は、翌昭和9(1934)年3月1日----

これに対して、中南米のエルサルバドルが早速満州帝国を承認し、1934年
4月にヴァチカン(ローマ教皇庁)、昭和12(1937)年12月にイタリア・スペ
イン(フランコ政権)、昭和13(1938)年5月にドイツ(第三帝国)、同年10月
にポーランド、昭和14(1939)年1月にハンガリーと続き、

合計23ヶ国が満州国を承認したのです。
┌--------
正式承認:
日本・中華民国南京国民政府(アジア)
ドイツ・イタリア・スペイン・ヴァチカン・ポーランド・クロアチア・ハンガ
リー・スロバキア・ルーマニア・ブルガリア・フィンランド・デンマーク
(欧州)
エルサルバドル(中南米)

国書交換=準承認:
エストニア・リトアニア(欧州)
ドミニカ(中南米)

戦時中に承認:
タイ・ビルマ・フィリピン・蒙古自治邦(内モンゴル)・自由インド仮政府
└--------
満州国を承認した国の数「23」を多いとみるか、あるいは少ないと見るか?

当時、政治・経済・軍事とあらゆる分野に及ぶ世界のブロック化と、支那事変
(日中戦争)・満州事変などによって、日本に対する風当たりが極めて強かった
時代に、全世界の国々の実に3割が満州国を承認したという事実。

しかも独伊やスペインといった、日本と枢軸国を形成した国家ばかりでなく、
ローマカトリックの総本山であるヴァチカンや、日本や満州国と直接利害関係
になかった北欧・東欧・中南米の一部諸国をも承認したという事実。

これらは揺るがしようのない歴史的事実なのです。

繰り返しますが、当時の世界は、アジア・アフリカ・オセアニアの殆どの地域
が欧米列強の植民地だった時代です。ーーーアジアで独立を保持していたのは
日本・タイ・トルコ・サウジアラビア(当時はヒジャーズ・ネジド王国)程度で
したし、

アフリカも、エジプト(英国影響下)・エチオピア(伊国影響下)・リベリア・南
アフリカの4ヶ国のみといった実情です。

また、当時の独立国の内、半数近い約30ヶ国が欧州にあり、その内の半数が
満州国を承認したという事を考えると、

全世界130ヶ国以上の独立国を数える現代において、たった数ヶ国からしか
承認されなかったアフガニスタンのタリバン政権よりも、満州国のほうが余程
正当性があったとも言えます。

更にいえば、当時、内戦状態にあった支那において、南京に首都を置いていた
汪兆銘行政院長=首相率いる南京国民政府が、昭和15(1940)年3月の『日満
華共同宣言』に参加、同年10月には満州国との間に相互承認を交わし、翌昭
和16年には大使の相互交換をも行ったという事実があります。

もっとも、当時の支那には、汪兆銘の南京国民政府以外に、蒋介石の重慶政府
と毛沢東の中華ソヴィエト臨時政府が存在していた訳で、「三国」の一つから
承認されただけではないか、という意見も出る事でしょう。

しかし、蒋介石政権は、昭和13(1938)年10月、日本軍による武漢三鎮陥落
によって四川省重慶への遷都を余儀なくされ、終戦まで日本軍とまともに戦え
ず、当然ながら中国各地に対する統治権など行使すべくもありませんでした。

また、毛沢東政権にしても、廬溝橋事件を起こして日本・国民党両軍を戦わせ
ひいては支那事変を勃発させる事で、蒋介石の目を自分達から日本軍へ逸らす
事に成功し、辛うじて滅ぼされずに済んだという程度で、実質的には単なる左
翼共産ゲリラの域を脱してはいなかったのです。

そのような情勢の中、蒋介石と共に同じ国民党にあって、党内左派の重鎮だっ
た汪兆銘が彼を見限り、対日和平(支那事変の早期解決による国内秩序の回復)
路線を推進し、日満両国と協調したのは前述の通りです。

繰り返しますが、戦後、日本の傀儡という烙印を押されてしまった満州国を、
当時、23もの国家・政府が独立主権国家として承認していた事は紛れもない
事実です。

更にいえば、もしも満州国が日本の強い影響下にあったから傀儡国家というの
であるならば、米国の強い影響下にあった、あるいは現在も影響下にある中南
米諸国(パナマ等)や、

かつてワルシャワ条約機構の加盟国として、ソ連の強い影響下にあった東欧諸
国──いわゆる衛星国もまた、傀儡国家と呼ばれて然るべきではないでしょう
か?

                        = この稿おわり =
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃┃ 読後アンケートの結果。 ┗━┛
◇ なるほどこのとおり! -------------------------------- 86人 (80%) ◇ よく分からない・・・ -------------------------------- 2人 ( 2%) ◇ なんといおうと傀儡国家だ ---------------------------- 10人 ( 9%) ◇ 知らなかった..初めて知った -------------------------- 10人 ( 9%)
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃┃ お寄せいただきましたご意見や感想。 ┗━┛
┌──────────「権兵さん」70代@男性@関東 この話も全くの妄説。満州国を承認した国があるとの話であるが、日独伊とバ チカン公国を除き、他はとるに足らない国であること。 独伊は日本の同盟国として承認した。バチカン公国は、教義や信者の保護の為 承認したものである、場合により敵国とも外交関係を結ぶことがある。 ーーーこのような事を知らないとは アホの言だと思うよ。 └──────────
本当にそうだこのとおり!‥‥と思われた方!「誰でもできる!1人1日1回の愛国活 動」は、ここをクリックして頂くことからはじまります!ーーークリックして頂くと票数がアップして、この問題を多くの 人々に知らせる事ができます!
    
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
帝国電網省の目次に戻ります







SEO [PR] お金 ギフト  冷え対策 わけあり商品 動画無料レンタルサーバー ブログ SEO