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帝国電網省 ―――――――――― by 竹下義朗さん

この記事中の画像は全て「帝国電網省」の該当ページより転載しています。
☆ 日本にとっても壮大な実験場だった満州国 ―――― 2009/03/27
                        原著 2002/07/07

「国防委任=満州国傀儡国家という論は成立しない」「満州国を偽満と呼び、
満州を東北と称す支那の欺瞞」と、二回にわたって満州国が日本の傀儡国家で
はないと論じてきました。

とはいえ、満州国に於ける日本の立場や、その影響力まで否定するつもりは毛
頭ありません。むしろ逆に、満州国という国家が、日本あっての満州国であっ
たとさえ思っています。ーーーこれは傀儡国家論を否定してきたことと相矛盾
するかも知れません。

しかし、石原莞爾等の計画の下、関東軍の独断によって満州事変が勃発、満州
国建国に至った経緯と、その後、本国たる日本が満州国を正式に承認し、政治
・軍事・経済と、あらゆる面で満州国を支援してきた点から考えてむしろ当然
の帰結といえます。

いや、それ以上に海洋国家(島国)である日本は、独仏両国を合わせたよりも遙
かに広大な大陸国家満州国の国土を、壮大な実験場としてフル活用しました。

というわけで、今回は満州国で開花した日本によるプロジェクトの一端を紹介
したいと思います。

昭和39(1964)年10月1日、東京─新大阪間に「夢の超特急」が開業、運転
を開始しました。これこそ、当時、東京オリンピック(同年10月10日開催)
に合わせる形で、国鉄(現JR)が営業運転を開始した「新幹線」です。

しかし、実は新幹線開業を遡[さかのぼ]ること30年前、既に日本は「夢の超
特急」を完成、営業運転を開始していたのです。それも、満州の地で・・・・

昭和9(1934)年11月1日、満州国で世界を驚嘆させる列車が運行を開始しま
した。満鉄=南満州鉄道株式会社)がその技術の粋を集め、日満両国がその威
信を賭け、世界に先駆けて完成実用化したその列車こそ、

大陸縦貫特別急行「あじあ号」だったのです。

初代新幹線(ひかり号)にも通ずる流線型のモダンな外観(フォルム)と、スカイ
ブルーに塗装された「パシナ型=パシフィック7型」蒸気機関車に牽引された
あじあ号は、当時の世界各国の主要鉄道を凌ぐ、平均時速82.5Km・最高時
速120Kmで運行。

それまで二日かかっていた大連─新京(満州国の首都、現・長春)間701.4
Kmを、なんと8時間30分で接続したのです。翌年、ソ連から北満州鉄道を買
収後、大連─ハルビン間944Kmに路線延長、当初は13時間30分、後に1
2時間30分で接続。

ちなみに、当時、日本国内で最も速かった営業車輌は、特急「燕[つばめ]」の
平均時速60.2Km・最高時速95Kmで、最高時速100Kmを超える蒸気機関
車は存在しませんでした。

そんな時代、超特急あじあ号は許容最高時速130Kmを誇ったのです。しかし
超特急あじあ号が誇ったのは速さだけではありませんでした。

超特急あじあ号は、前から順に、手荷物郵便車・3等客車(定員88名)2輌・
食堂車・2等客車(定員68名)・展望1等客車(定員計48名、内展望1等車
30名・展望室12名)の全6両編成だったのですが、

なんと、全車輌が、寒暖の差が激しく厳しい満州の気候風土=真夏は摂氏30
度以上、真冬は氷点下30〜40度)に対応する為に密閉式の二重窓を備え、
客車には冷暖房装置(エアコン)を完備していました。

当時、日本国内の鉄道でさえ、前述の特急「燕」が食堂車に冷房装置を装備し
ていた程度で、世界を見渡しても全車輌冷暖房完備の鉄道は殆ど類例がなく、

運行速度・豪華装備からみても、超特急あじあ号は、その優雅さで知られるオ
リエント急行、あるいは現在の新幹線にも匹敵する、正に「夢の超特急」だっ
たのです。

しかし、陸上交通はなにも鉄道だけとは限りませんでした。

昭和17(1942)年、満州国でアジア初の高速道路建設がスタートしました。

ハルビン(哈爾浜)から新京、奉天(現・瀋陽)を経て、大連に至る総延長900
Km超の高速道路は「哈大道路」と呼ばれ、満州国に於ける自動車道の大動脈と
なることを期待されていました。

しかし、建設着手から3年後の昭和20(1945)年、路線の一部が完成した状態
で終戦を迎えました。その後「哈大道路」の建設は支那に引き継がれましたが

結局、支那の要請によって日本が技術協力し、平成2(1990)年、瀋陽─大連間
375Kmが完成、終戦後45年を経てようやく中国初の高速道路「瀋大高速公
路」として「哈大道路」は全線開通したのです。

ちなみに、哈大道路の建設着手は、昭和40(1965)年に全線開通した日本初の
高速道路「名神高速道路(愛知県小牧市─兵庫県西宮市)」を遡ること実に20
年も前です。

その他、世界屈指の豊満ダム(第二松花江)を始めとして、鏡泊湖(牡丹江)・桓
仁(渾江)・水豊(鴨緑江)といった巨大な水力発電用ダムが次々と建設されると
共に、

満鉄に続いて、日本産業株式会社=鮎川財閥)を母体とする「満業=満州重工
業開発株式会社」が設立される等して、日本は満州国という壮大な実験場で、
ちっぽけな島国ではできなかった大プロジェクトを次々と実現させていったの
です。

そして、満州国の国土に於ける様々な実験を通して得たデータと技術力で、日
本は敗戦後の焦土から奇跡の復興を果たし、ひいては、世界有数の新幹線に代
表される鉄道網、東名・名神に代表される高速道路網が整備されるのに必要な
バッグボーンを獲得したのです。

一方、現在の満州=現・中国東北部は、満州国時代に整備された多くのインフ
ラによって、戦後半世紀を経た現在も、依然として支那における重工業地帯と
して重要な地位を占めています。

そして、現在の中国=共産党が、国共内戦を制して支那の支配権を獲得できた
のも、実は、彼らが傀儡国家と称する満州国があったからこそなのです。その
事は、昭和20年4月、毛沢東が首都・延安で開催された中国共産党七全大会
に於いて、

「もし、我々が全ての根拠地を失ったとしても、東北(満州)さえあれば、それ
だけで中国革命の基礎を建設することが可能である」

と発言したことが、いみじくも証明しており、同時に、戦後、満州国の膨大な
遺産を食い潰して国家を発展させてきた中国の限界をも証明しているのです。

                        = この稿おわり =
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◇ なるほどこのとおり! -------------------------------- 70人 (72%) ◇ よく分からない・・・ -------------------------------- 4人 ( 4%) ◇ そらみろ侵略&実験だ -------------------------------- 3人 ( 3%) ◇ 知らなかった..初めて知った -------------------------- 20人 (21%)
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃┃ お寄せいただきましたご意見や感想。 ┗━┛
┌──────────「権兵さん」70代@男性@関東 またまた こじつけ論です。確かにアジア号なる夢の超特急を走らせました。 また、水豊ダムや豊満ダムも作りました。ではお聞きしたい。 その建設費はどうして出したか??日本が全面的に負担したか??否である。 当時の日本は、軍事費の負担は大で苦しんでおり、満州国への投資などできな い情況にあった。全て満州の「資源収奪」によりできたことである。 まして日本国内は、国道でさえ砂利道であり、東海道線の丹那トンネルは昭和 9年に開通したように、全てが後進国であった。(民生面のことであるが) 後年総理となる「岸信介」などは「法匪」と言われ 現地の慣習法を無視して 無闇矢鱈に法を作り実験したのである。傀儡国家でなければできないことであ る。決して自慢できる話ではない。 現地の満州国民(中国人)の苦しみの上にできた幻想国家と言える。 このことについて御回答を求めたい。 └────────── ┌──────────「ののさん」 満鉄の詳しいことは初めて知りました。 去年大連に行ったとき、旅順の近くに花見にいきました。丁度満開でした。 ここのすぐ上には大きな貯水池があり、現役で使われていました。大正時代に 日本人が作ったもので、頑丈に作られていました。万が一溢れてもいいように 下には十分な遊水地がありましたが、いまや駐車場になっていました。 日本にはすばらしい人々がいた(いる)んですね。 └────────── ┌──────────「房さん」 満州の件、漢民族が蛮族域と別ける為に構築した壮大な『万里の長城』が、何 処を走っているかを地図で確認すれば、満州の帰属は一目瞭然と思います。 北京の直ぐ北です。間違っても、遥か北のモンゴルではありません。これが漢 民族の古くからの国境でした。 └────────── ┌──────────「紅河治水さん」 技術史と国家史を同次元で論じるのは如何なもんでしょうか。原子爆弾投下を 命令した政治家と製造を可能にした科学者、技術者を同視点で議論してはいけ ないと思う。 日本人だけが優秀という訳でもない。インターネット普及はパソコンの普及の お陰だが、ソフト関係の貢献と同じように、マイクロプロセッサーの貢献も大 きい。 ーーーこのアイデイアをインテルに持ち込んだ日本人がいた事実も知っておく 必要があるよね。 └──────────
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┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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