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八路空軍従軍記 ―――――――― by 大澄国一さん

☆ 1952年、落下傘降下訓練 ―――――――――― 2007/06/08 1952年度訓練開始前のある時期に、長春映画製作所から映画「人民の子」 撮影隊が我が校に来てロケーションをする事になった。それに協力する為日本 教員3名がアメリカ式PT−19機に乗り、アメリカの飛行服を着て空襲シー ンを撮影する事になった。 私はL−5を操縦し、カメラマンを乗せて空中撮影に協力した。先に離陸して 待機し、PT−19の編隊離陸や、空爆を後方上空から追いかけて写す。PT −19をP−51に見せるため、脚が写らないように適当な高度差と距離を取 らなければならない。 予め状況設定を聞いていないので、いちいちカメラマンの指示で飛ぶので良い アングルは撮れなかった。飛行機を使用しての撮影は初めてらしく、銃撃や爆 撃のシーンで、地面の爆発と飛行機の通過時間がうまく合わず、勝瑞さんが地 上で直接合図する場面も出てきたとか、大分苦労した様子であった。 幾日か経って、フィルム完成の試写会と協力お礼の夕食会が催されたが、何故 か私は招待されなかった。また、この映画も遂に見る機会はなかった。 3月頃だったか、突然飛行教員の落下傘訓練が行われた。これは、教員として 一度は体験すべきこととして学校が決定し、中央から落下傘部隊と輸送機(イ リュ−シン)が派遣されてきた。 中国・日本教員は、全員身体検査の上訓練に入る。1週間、毎日毎日地上で飛 び降りの練習で足腰が痛くなり、宿舎の階段も上がれぬような苦痛であった。 けれど一人も落後しなかった。使用落下傘はソ連製の物で、昔の日本製と比べ ると、補助傘が直接本傘を引き出すのでなく、本傘を包む袋を引き出し開傘す る仕組みになっているので、開傘時の衝撃を和らげるとの事。 いずれにしろ、飛行経験が相当長い日本教員も、降下した経験者は一人もいな かった。日本では、飛行訓練時に落下傘降下はやらなかったからだ。私達は興 味と不安が交錯した心理状態で参加した。勿論身体検査合格者のみである。 落下傘部隊のイリューシン輸送機と隊員が派遣されてきて、教員が指導者とな り、階段からの飛び降り、実際の輸送機からの飛び降り着地、及びその後の収 傘等ひと通り修得していよいよ本番となる。 当日は好天に恵まれ、全校工作員と市の行政関係者が招待されて参観に来た。 聞けば家族隊の飛行教員の奥さん達も参観に来たとか。大半の人は上手く開く だろうか?……と不安を抱いていたとか、参観より主人の安否を気遣うという 気持ちだろう…… 4班に分かれ、1班7人でイリューシンに乗り込む。この時初めて知ったが、 操縦士はかつての5中隊卒業生だった。話す時間もなく、緊張した面持ちで機 内に入った。 私は第1班として最初の降下組に加わった。機内には既に傘兵(空挺)部隊の人 達が乗り込んで座っていた。賑やかに我々を迎えてくれた。ここでもこの傘兵 の中に、かつて千振で教えた国民党から来た元飛行員が居た。何かの理由で転 科したのだろう。お互いに向かい合って座った。ぐるっと見渡すと、その様子 は昔映画で見た落下傘部隊の勇姿といった感じである。 やがて機は滑走を始めた。……大きな音である。次第に気持ちが落ち着いてき た、、というより度胸を据えた感じである。傘兵達は私達に気を遣ってか皆で 歌を歌い気楽なところを見せていた。 何時も眺める牡丹江とは少し気分が違う。高度800mからの降下だそうだ。 ブーブーブーとブザーが鳴った。降下地点に近付いたのだ。今まで賑やかだっ た傘兵は、一斉にサッと立ち上がり、各自開傘フックを機内のロープに掛け、 出口に向かって一列に並んだ。その顔付きはさっきと全然違う。ホー!と私は 感心した。 扉が開かれた。……ポッカリ開いた大きな口から地上の畑が見えた。 私達は傘兵の動作をジーッと見ていた。彼等は私達の降下の前に、模範演技と して飛び降りてくれるのだそうだ。ブー……二度目のブザー。降下の合図だ。 ダ…ダ…ダ…と足音がしたかと思うと、アッという間に全員居なくなった。そ の動作の速いこと速いこと……10秒とは掛かっていないだろう。 機は旋回して再び元の方向へ。いよいよ自分たちの番だ。立ち上がって一列に 並ぶ。高度800m、教員が一人一人の傘を点検してからフックを掛けてくれ た。 出口から地面が大きく広がって見える。ブーブーブー、降下準備、思わず緊張 して待つ。ブー!「降下!」教員が叫ぶと同時に先頭の肩を叩いた。 私は後ろの者から押し出されるようにステップを踏んだ。……と思ったが踏み 外して転がり落ちるようになった。思わず目を瞑った。……何秒かして傘は? ……と思って上を見た。傘は大きく開いていた。----三っつ数えて開かぬ時は 予備傘を引く事になっていた。 静かだ……何の音も聞こえない……ゆっくりと降りていく。下を見た。畑が広 く見える。機上から見るのとは違った感じだ。暫くして私の傍らを後から降り た山本さんが追い越して降りていった。
パラシュート降下訓練
「オーイ」と呼びたくなる……禁じられているので止めた。本当に静かだ。映 画のトーキーが突然消えたような世界……見とれているうちに地面が近付いて きた。滑走路上の予定地を外れ、畑の中にドスーン!と尻餅を突くように着地 した。 急いで収傘して集合地点に走った。全く無風状態に近かったので、本当に楽で あった。途中で見回りに来たジープに出会った。手を振って走り抜けた。こん ないい気分は味わった事がない。快適とは正にこういう事を言うのだろう。 後の組になるほど風が出て来て、着地時に引きずられて怪我した者もいた。兎 に角全員開傘着地して先ずは成功であった。終わって宿舎に帰り、直ぐ入浴。 身体検査をしてその晩は大変なご馳走が出た。一度飛び降りると体重が5kg 減るとか……! 翌日、降下者全員に「降下徽章」が授与され、軍服の胸に着けた。全くいい気 分であった。                         = この稿つづく =
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