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八路空軍従軍記 ―――――――― by 大澄国一さん
☆ ふたたび通化へ ――――――――――――――― 2007/01/26 指令が出た。他の数人と、通化へ飛行機と機材を取りに行くことになった。 機材係・整備係・飛行員等10人あまり、それに燃料をドラム缶に数本……そ の他、通訳と引率者の李憲剛という18歳の若い兵士で、一行十数名で編成さ れた。 牡丹江から汽車で図們へ、そこで汽車を乗り換え延吉を経て朝陽川に着いた。 ここで地元の旅客輸送便のトラックに乗り換えた。ここから先は自動車便しか ない。長白山系の山岳地帯の山の中の町とこの町を連絡している唯一のトラッ ク便だ。通化まで直線距離でも260キロはあるだろう。山中の曲がりくねっ た道を行くのだから300キロを越える道中になる。 引率者が交渉して、このトラック便を通化まで走らせる事になった。その代わ り燃料はこちら持ちという条件だ。荷物も客も一緒に荷台に乗せられる。我々 の他に一般客が10人ぐらい乗っていたが、私達を優先的に座らせてくれた。 ドラム缶も6本程積んでいるのでオンボロトラックには荷が重いようだった。 この時同行した飛行員の名前は忘れたが、平信・石森・畠山君は覚えている。 埃にまみれて山道を走った。一般客は途中の安図で皆降りた。このトラック便 の定期路線はそこが終点だった。後は我々航空学校の者だけ乗せて進む。途中 で自動車の燃料がきれたので仕方なくドラム缶の航空ガソリンを分けてやる。 ┌-------- 訊:「朝陽川」→「安図」なら、前回の「敦化」へ行った鉄道路線の途中にな る訳ですから、途中の朝陽川でトラック便に乗り換えず、そのまま「安図」ま で鉄道で行く、というのが順当な経路のように感じるんですが? 答:朝陽川で何故トラックに乗り換えたのかは忘れましたが、今推測すれば、 ドラム缶6本の燃料を持っていたので客車には乗せられないし、貨車の手配も できなくて、そこでトラックを雇ったほうが都合が良かった、のでは……と考 えられます。 └-------- 後で判ったことだが、航空ガソリンと思っていたのは実はシンナーであった。 どうりで運転手がホースをくわえてドラム缶から吸い取るとき「辛い、辛い」 と言っていたわけだ。しかしそれでもトラックが走ったから不思議だーーー。 運転手は朝鮮人で、日本語が分かり、親しくなって終始和やかだった。 間もなく、壊れかかった橋に差し掛かった。全員が降りてトラックだけ全速力 で突っ走って渡らせた。ヒヤリとしたーーー。 段々と山の中へ入っていく。長白山の麓地帯、次第に森林が深くなってくる。 トラックも無理して走らせてきたので密林の入口の川の畔で休憩した。小さな 川だがかなり深く、それに中国では珍しいぐらい水が澄んでいる。何処か大き な川の源流だろうか……泳いでいる魚が見えるぐらい綺麗だ。 警備の兵士が面白がって川に手瑠弾を投げ込んだ。するとどうだろう……沢山 の魚が浮いてきた。しかし網もないので採れなかった。 昼食弁当を済ませ再び出発する。道はますます悪くなり、人も車も通った形跡 はない。そのうちにとうとうジャングルのような処に入ってしまった。……道 が湿っていてタイヤがスリップし思うように走れない。 見渡す限り大樹が生い茂り、陽の光は地面まで届かない。「昼なお暗き密林」 とはこんな処をいうのだろう。そしてとうとう陽が沈み辺りが暗くなった。方 向も道も判らなくなって、止むなくそこで野宿することになった。 「長白山(白頭山)だから虎が居るかも知れん」 「いや、狼が出るかも知れんぞ」 囁きながら焚き火を燃やし、兵士に警備してもらい、樹の根元やトラックの下 で寝た。 翌朝喧しい鳥の鳴き声で目を覚ました。こんなところでゆっくり寝ていられる 筈がない、直ぐ出発した。そこが頂上だったのか、ジャングルを出たら下り坂 になっていた。それでもこの暗いジャングルを抜けるのにさらに1時間ほどか かった。 昼頃、やっと「撫松」の町に着いた。……寝不足とトラックの疲れ、そして空 腹の私達は、やれやれという感じ。皆トラックから降りると真っ先に埃だらけ の顔を洗った。 町でたった1軒という飯屋を探し出し、そこに入って食事をした。そこで珍し く日本人女性に会った。彼女は中国服を着て巧みな中国語でサービスをしてい た。話しかけたら、彼女は自分一人で身内も居ない、日本に帰れるチャンスも ないのでここで暮らすと話していた。なにか哀れを感じたーーー。 この撫松の町からもう一つ大きな山を越え100キロ程行かなければ通化に着 かない。ここで大休止をして疲れをとることにした。1時間以上も休んだ頃、 責任者の李さんが連絡から帰って来て、 「現在、通化は国民党軍の手中にあって行く事は出来ない。また途中の部落も 安全ではないようなので任務を中止して引き返す」 私達も「仕方ないだろう」と、指示に従いあっさり引き返すことが決まった。 先の安図の町まで日暮れには帰り着きたいので、直ぐに元来た道へ出発した。 来た道を戻るのは運転手には気が楽なのか、トラックはスピードを上げて走っ た。昨夜野宿したジャングルも、昼間走ると結構いい眺めだ。 安図で一泊し、翌朝9時頃再び出発、途中小高い丘の上で昼食を摂る。一面の 草原で、黄色い花がいっぱい咲いていて、日本を思わせるような綺麗なところ だった。 休息を終わり、走り出して暫く経ってから、トラックに畠山君が乗っていない のに気付き皆は慌てた。直ぐに引き返したが、見当たらないので止むなく先に 行くことにした。彼の行動を知っている者は誰もいない。彼のことが気になり 次の部落で安図の役所に連絡して善処を依頼する。 最初の出発地朝陽川に着いたのは午後の4時頃だった。汽車が出るのは夕方と いう事で、それまで休憩することになった。夕方、汽車の出る30分程前、そ ろそろ準備しようかと荷物を纏めている時、畠山君が帰って来た。 「やぁ、どうしとった?!心配したぜ〜」 「うん、凸地でうたた寝してしまった。覚めたときは誰も居なかった。びっく りして後を追ったが見当たらないので、仕方なく歩いて来たら馬車が来たので 乗せてもらった」ーーーよく間に合ったものだと皆で一安心。 日の暮れかかった町を後に汽車は一路牡丹江へと走り出した。 夏がもう終わる頃だったと思う――――。                   = この稿つづく:次の記事へ = ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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