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八路空軍従軍記 ―――――――― by 大澄国一さん
☆ 奉天の兄のもとで(1) ――――――――――――― 2006/10/20 さぁ、これから歩いて行かねばならないが大丈夫だろうか? ここから旧城内 を通り抜けて満州飛行機の社宅まで歩かなければならない。途中の城内が危険 だろうと考えた。(私はかつて奉天北陵飛行場の戦闘飛行隊にいたことがある ので、その時期外出しては兄の家に遊びに行っていたので多少の地理は分かっ ていた) 駅前から見た範囲内の街路は穏やかであるし、また、日本人が歩いているのが 多く見える。これなら陽の高いうちに城内を通過すればよいと考え急ぎ足で歩 き出した。 縛帯袋の荷物は下に置いてあったので盗られなかった、これを目立たぬように 肩から掛けた。懐かしい大和ホテルを眺めながら急いだ。あまりキョロキョロ してもまずいと思い、真っ直ぐ向いて目だけを辺りに配って注意した。 途中の様子は平穏だった。日本人もかなり多い。 降伏後一月近くも経つと、日本人の敗戦意識と満人の勝利意識の差はかなり大 きくなっているようだ。歩く態度が全然違う、全く逆になっている。当たり前 のことだが・・・・ ソ連兵もかなりいる。私は怪しまれないように只スタスタと歩き続けた。旧城 内に来た時は流石に緊張した。ここまで来ると日本人は見かけない。「城内は 八路が隠れていていつも狙っている」……と部隊にいる時よく聞かされた。 「怖がってはいかん、なにくわぬ顔して歩け……」と自分に言い聞かせて歩い た。ーーー1時間半は歩いたろうか、やっと社宅のある地区に着いた。 やれやれと思って辺りを見回したが、日本人は一人も見当たらない。家々は皆 入口を固く閉めている。暴徒を恐れての戸締まりだろう。なかには窓という窓 に板を打ち付けてあるのもあった。 見覚えのある兄の家を見つけた。小走りで行って玄関のドアを叩いた。中から 兄が戸を開けて顔を出した。 「兄さん……」 「よぉー無事だったか! よう帰ってきたな!」 喜んで中へ入れてくれた。 家の中には他に男が4人同居していた。「うちの満飛の警備兵だった人達だ。 逃げてこられたので一緒に暮らしている」兄が説明した。ここにも敗残兵あり と思った。 その夜は、兵隊の出した牛缶と酒で祝ってくれた、酒といっても燃料用のアル コールを水で薄めたもので、ウィスキーより強そうだ。防空管制みたいに電灯 に黒布を被せて、灯りが外に漏れないようにしての食事だ。 それから夜の更けるまで、兄たちと降伏後の自分の行動を一部始終話した。 「それでもまぁ……よく戻ってこられたもんだ、運がいいぞ…」 「皆、一緒に日本に帰るまでここで何とか生きようぜ…」 と、お互いに意思を確かめ合った。 明くる朝、外に出たら社宅の人が大勢居ることが分かった、必要以外は外に出 ないのだ。ソ連兵の強奪や強姦が頻発していると聞かされた。兄の子供が見え ぬので聞いたら、知人の奥さんに預けているのだそうだ。兄貴一人で育てるの は難しいだろうから…… 2、3日して気持ちが落ち着くと街の様子が見たくなった。また、以前の知り 合いの人達はどうしているのか、探したくなったので兄に告げ一人街に出た。 この時はすっかり民間人の服装になっていたので、城内を通るのも前程怖くな かった。 市内に入って、まず以前よく遊びに行った奉ビル近くの飲み屋に行ってみた。 表のガラス戸が板戸に変わり、白墨に「韓国人住宅」と書いてあったが、その まま残っていたので中へ声を掛けた。見覚えのあるおばさんが顔を出して 「まぁ!?ご無事だったのですか!」 ビックリした顔つきで中へ入れてくれた。その声を聞いて娘のエミちゃんが出 てきた。 大きく笑ってペコリと頭を下げた。店の奥に男が一人居た。田中という朝鮮人 だそうだが私は見覚えがない。親子は喜んで再会を祝ってくれた。この店は、 四練にいた当時宇田軍曹等とよく遊びに来た飲み屋である。
四練当時、外出して利一
兄と共に大澄国一(向右)
親子に街の様子などを訊いた。話では、今頃になってポツリポツリと軍隊から 帰ってくる者がいるとか、それでも北満へ行った軍人や軍属は帰ってこないそ うだ。今は非常に危ない時だから、早く髪を伸ばして姿を変えないと軍人は捕 まってしまうということらしい。特に元憲兵、警察は懸賞金付きで捜している とか。 ソ連兵もかなり暴れているそうだ。夜は絶対外を歩いてはいけないとのこと。 そういえば昼間歩いている人の中で、女は皆丸坊主にして男装していた。私は エミちゃんに 「あんたは何んで坊主にしないのか?」 と訊いた。 「やられる時はやられる、女として髪を切るのは絶対嫌だ……」 えらく強気で答えた。 一晩泊めて貰って、翌日エミちゃんと2人で街を歩いてみた。広い通りも屋台 がいっぱい並んで、歩くのがやっとの狭さで凄く大勢の賑わいだ。出店の殆ど が日本人である。食うために衣類や家財道具を売っている人、或いは「寿司」 「天ぷら」と日本食をやっている人など種々様々である。 その賑わいからみると、不安と恐怖とかいうものは感じ取れない。時には笑い 声さえ聞こえてくる。明日はどうなるか分からない、今日生きているのを喜ん でいるのだろうか?待てよ……他人事ではない、自分も明日からああなるんだ ……と、自分で呟いてふと寂しさを感じた。 夕方近く、エミちゃんの家に帰ったら彼女の義姉という人がが来ていた。挨拶 しながら「何処かで見たことがあるな?」と思った。話をしてみると、四練時 代に宇田、鳥羽瀬軍曹等とよく飲みに行ったバーのマダムだった。 この人のご主人も召集で北満に行ったきりその後の消息は分からないという。 その夜、もう一晩泊めてもらうことにして、お互いの敗戦後の生活や、これか らの事など夜更けまで話し合った。                   = この稿つづく:次の記事へ = ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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