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八路空軍従軍記 ―――――――― by 大澄国一さん
| ☆ 敗戦直後(1) ――――――――――――――――― 2006/09/29
それから後はどうやって帰ったのか記憶にない、忘れてしまった。錦州の駅か
ら満人の大車[ダーツォ]に乗って部隊に帰った。 直ぐに部隊長に任務の中断
と帰隊報告をした。部隊長はその時は何も言わなかったが、中隊兵舎に帰った
らガヤガヤと騒がしかった。皆は私を見て、
「やあ、ご苦労さんでした!よく帰れたな!今放送があって日本は負けたよ。
敗戦だよ……」
一瞬私は黙っていた、皆の顔を見直した、誰も黙っている、紫垣准尉が声をか
けてきた。
「まぁ休め……ええ時に帰ってきた、もう少し遅ければ帰れなかったぜ……」
紫垣准尉は、宇都宮飛行学校以来の一緒にやってきた上官だ、親身に心配して
くれたようだった。
先ほどガヤガヤしていた空気が分かった。敗戦ということで話し合っていたの
だろう……戦争は負けた。正午に天皇の放送があったそうだ。天皇自らラヂオ
放送するなんて聞いたことがない、それだけに本当なんだと思う。 それにし
ても皆の顔に負けたという悔しさとか、悲しさとか言う表情はない。この先ど
うなるんだろう……?という心配が先にあるようだ。
私自身、敗戦ということを聞いても驚きもしなかった。ただ、「ああそうです
か」といったきりだった、負けたといった実感が湧かないのである。以前は宇
田軍曹とよく日本敗戦を口にしていたくせに「やっぱり」とも思わなかった。
私の頭の中には、何もかも終わったんだ…!という気持ちしかなかった。
とにかく自分の寝台に横たわってまず煙草を吸った、紫垣准尉がそばに来て
「どうだった」
と、経過を訊きに来たので、不時着して機体を焼いて帰った顛末を話した。
その夜、夕食は何故か落ち着かず、憶測ばかりを話し合った。他の中隊も同じ
ようだったらしい。敗戦とはいえ形通りの軍隊生活は維持されていた。ただ、
部隊長からは何の指示もない。 将校達もどうしているのかも分からない。
その日から2、3日経ったある日、1機の九七戦が飛び上がった。まっすぐ上
昇して高度7、800mもとったかと思うと、いきなり、宙返り、横転、反転
をやった。続いて急降下して飛行場すれすれの超低空で飛び去ったと思ったら
上昇反転したりして、勝手気ままに飛び回っている。
地上で大勢見物しているので聞いたら、航空廠の野崎准尉だという。もうこれ
で飛行機に乗れないから飛び納めだ……ということらしい。哀れなその気持ち
は同情できる。
この事がきっかけになったかどうかは分からないが、それからは部隊内にも隣
の航空廠にも不安とヤケクソが交錯した。というより、束縛から解放されたと
いう気分が流れ出し、やりたいことをやるという空気になった。規律はあるよ
うなないような、ただ上官と兵士が同居して遊んでいるような生活になった。
酒保(隊内で飲食できる休息所)の甘味品を上手く盗む者、落下傘を皆開いて積
み重ね、絹布団だとふざけている者、果てはシャツにするのだと持ち出す者、
とにかく早い者勝ちという状態であった。
ある日情報が入った。……市内で暴動が起きて日本人が危険にさらされている
という。私に命令が出た。
「直ちに武装した直協機(偵察機)で空中から威嚇射撃を行え」
直ぐ格納庫へ行った。機銃に弾丸を装填した直協機が準備されていた。私が搭
乗の準備をしていると、一人の下士官が軍刀を手にして走り寄ってきた。見る
と本部の経理軍曹である。
「私も同乗させてくだい……爆弾も持って行ったらどうです?…一発ぶち込ん
でやりましょうや!もし撃墜されるようだったら突っ込んで自爆しましょう」
私は彼の顔を見て
……コイツとんでもない奴だ……もう戦争は終わったんだぞ、今更死ねるか!
と見返した。彼は私に構わず勝手に後席に乗り込んだ、私は…これが最後の飛
行かな、と思いながら操縦桿を握った。
まず十分高度を取ってから、撃たれないようにして市内全般を見ながら一巡し
た。暴動なら人が大勢集まっているはずだ。よく見たがそれらしき情景は見あ
たらない。旧市街の満人街も異常はない。
フト前方を見ると、小学校らしい校庭に大勢が集まっている。高度を下げて旋
回しながら見たが、別に変わった様子はないようだ。皆こちらを仰いで盛んに
手を振ったり白い布を振っていた。翼を左右に振ってそれに応え、帰還すべく
飛行場に機首を向けた。着陸してから「異常なし」を報告し兵舎に帰った。
それから3日目、飛行命令が出て下士官2名が新京方面へ飛んだ。しかし、そ
の後3日経ち、4日経っても帰って来なかった。恐らくソ連軍に捕まったのだ
ろうと噂した。
そしてまた3日目、今度は私と小早川曹長に飛行命令が来た。曹長は奉天の鉄
西へ、私は奉天の南にある奉集堡に行けということだ。目的は分からないが、
書類を渡すだけとのこと、準備された九九高練に乗り飛び立つ。
いい天気だ、、これが敗戦の空か、、独り言のように呟く。しかし絶えず北の
方角は警戒した。奉天のほうからソ連のミグが飛んでくるかも知れない。奉集
堡が見えた。田舎の草原みたいな飛行場だ。着陸し、誘導されるままに滑走し
てからペラ(プロペラ)を止めた。
案内されて本部に行ったら、なんと林部隊長ではないか……ここは四練だった
のか。(以前私が派遣されて空戦訓練をしていた第四錬成飛行隊)
任務を終えて飛行場に行こうとしていたら「おーい」と呼ばわりながら宇田、
山岡軍曹が走って来た。
「よーっ!元気かー!」
寄って来た2人を見たら下駄履きであった。
「何だそれは……ノンキな格好だな…」宇田軍曹が
「うん、毎日遊んでいるんだ」
「俺はまだこうやって飛んでいるのに……」
「お前んとこはまだソ連軍は来ないのか?」
「うん、まだ来ないよ」
「ここも田舎だからまだだ、お前これからどうする…?」と私に聞いた。
「もう帰るなよ、わしらと一緒にいれや……そのうちみんなと日本に帰れるか
ら……」
傍にいた山岡軍曹は「帰りは危ないぞ……奉天飛行場からソ連機が飛び回って
いるぞ!」宇田軍曹が「止めとけ、止めとけ、……撃ち落とされたら何にもな
らんぞ…」
私は「そうだな〜?」と言ってちょっと考えた、仲良しの宇田、山岡さん達と
共に残ろうか?とも思ったが、俺が帰らんかったら錦州の連中も心配するだろ
うし……また俺の荷物もある。 ……暫く考えてから
「やっぱり俺は帰るわ、私物も残っているからね……」
「アホか!……私物ぐらい何だ!残れ、残れ、悪いことはいわん」
「いや、帰る……それじゃみんな元気でな、命があったら日本でまた会おうや
サヨナラ…」
私はさっさと高練に乗り込んだ。2人は手を振って送ってくれた。
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