|
日本のお姉さんのアジア! ――― by 日本のお姉さん
|
☆ 心理学からみる日本人の弱点とその対策 ――――― 2008/02/11
世の中には、経済的弱者と強者、肉体的弱者と強者があるように、精神的弱者
と強者もいる。
精神的弱者は争いを好まず、他人の意見に流されやすく、繊細で傷つきやすく
他人に理不尽なことをされても抵抗できないばかりか、虐待に黙って耐えるこ
としかしない。
精神的強者は、本能的に弱者をかぎ分けて弱者を支配する。精神的弱者にとっ
ては、自分の意見を言い、理不尽なことをする相手を説得することが苦痛なの
である。ーーー黙っているほうが楽なのである。
ーーーそれで精神的弱者は、常に強者のクイモノになる。
精神的弱者は、強い相手には媚びて、必要以上に相手を褒めたり、必要以上に
高額なプレゼントを渡すなどして積極的に友好的であろうと努力するが、自分
よりも弱い相手には不機嫌さを露わにする。
自分よりも弱い相手には、必要以上に口うるさく要求する。神経質で、他人に
対する要求が細かい。それができない場合は、自分の怒りを抑えてひたすら不
機嫌になる。怒りを感じているが、怒りを感じる相手と離れることはない。な
ぜならば、常に一人でいることを恐れるからである。
圧迫を感じる強者であれ、圧迫を与える身近な相手であれ、とにかく孤独を恐
れるあまり、常に誰かが側にいることが必要なのである。そして、自分が相手
から離れられないことに対しても怒りを感じている。
自立した大人ではない。いつまでも、身近な親のような相手にしがみついてい
たい子供なのである。自分が何をしたいのか分かっていない。
自分に自信が無い。自分の良さが分かっておらず、自分を愛していない。だか
ら親しくなった身近な相手に自分を重ね合わせて、相手の中に自分を見いだし
て相手を憎む。
また、自分の不幸を全て他人のせいにする。自分から努力して状況を変えよう
とは思わない。自分を愛せないので、身近な他人も愛せない。自分と関わり合
いのない遠い世界の人間は愛せるが、自分と関わる人間は自分と同一視してし
まって愛せない。
強い相手に依存している。強い相手の意見に従い、強い相手に認めてもらうこ
とだけを考えて生きている。だから他人が自分を評価しないと極端に傷つく。
他人が自分の思い通りに動かないと怒りを感じる。
他人に対する依存度が高いので、他人が自分に奉仕しないことに腹を立てる。
他人には、他人の自由があることが分からない。
精神が子供なので、他人の自由を束縛することを何とも思わない。他人に完全
を求めるが、他人は完全ではないのでその要求は常に応えられない。ストレス
が溜まるので常に不機嫌である。
本当はイジケているので、少しでも自分が相手より優位にあると思うと傲慢な
態度になる。プライドが高いが、本当は自分の実力や弱さを知っているので、
ちょっとしたことで直ぐに傷つく。異常に威張っている人は、実は大きなコン
プレックスを隠し持っている。傲慢は自信のなさの裏返しである。
素直に自分の弱点を認めて、それを克服しようと努力しないで、弱点を隠すた
めに傲慢な態度をとる。常に被害者意識を持っているので、何でも相手の言っ
たことを悪くとり、攻撃的になる。たとえ態度に出なくても心の中では攻撃的
になるのである。
一見おとなしそうに見えて、実は怒りを心に隠し持っている。相手に怒りを感
じたら、それを表し、相手に抗議するという習慣がないので、それを自分で意
識していない場合がほとんどである。
そのストレスは、限界を超えるとウツ病になったり、体調が悪くなったり、自
分の身体に正直に現れる。またはいきなり相手を殺傷するなどの行動となって
現れる。
これを克服するには、自分という人間を分析して、良く知ることが大事だと思
う。自分の弱点と長所を知り、完全ではない自分を受け入れ、自分がまず自分
を愛して大切にしようと決断することが必要だ。
どういう時に自分がストレスを感じるのか見極め、精神や身体を壊しそうにな
る自分の考え方や生活の仕方を変えるか、嫌な相手に嫌な事をされないように
改善の要求をしていくとか、嫌な相手からなるべく離れて、一緒に過ごさない
などの努力をするなど、具体的な対策を考えて実行する。
自分の考え方を変えないと、傍にいる相手を変えても同じ事が起こる。自分の
不幸を他人のせいにしないで、自分の今までの行動を反省してみる。妥協する
必要があるなら、妥協点を考えてそれで満足し、その範囲でなるべく幸せにな
るよう試みてみる。
自分の本当にしたいことは何か、そのためにはどんな努力が必要なのかを考え
てみる。自分は、何をされると嫌なのか、そのためには、どんな風にその嫌な
ことを阻止できるのか、嫌なことを阻止するために利用できる人や物事があれ
ば利用してみる。
自分は、どんな人間でありたいのか、自分は他人にどう思われたいのか書き出
してみる。他人に、どう思われたいかという部分が、自分のコンプレックスで
ある。
他人に認めてもらうことが人生の目標となっていてはいけない。自分がしたい
ことが道徳に反することであって、地球全体の迷惑、自分の国の迷惑、他人の
迷惑であってもいけない。
日本人は、戦争に負けた当時は食料も無く、戦後に餓死した人は戦時中に戦死
した人より多かったという。アメリカに東京、大阪などの大都市を無差別爆撃
され、また原爆を二度も落とされて、約30万人の民間人の死者を出した。
そのような最低の状態の中から、朝鮮戦争やらベトナム戦争やらの事情もあっ
てアメリカに優遇されたのは事実だが、日本人は、文字通り灰の中から立ち上
がった。
昭和30年代の新幹線の開発や、東京オリンピックの時期には経済的に急成長
できた。途中、オイルショックなど大変な時期もあったが、日本人は希望を捨
てずに頑張ってきた。
日本人は、金持になったことで自信を取り戻した。それが逆に弱点でもあった
のだと思う。経済が落ち込んで金持でなくなれば自信を無くすようになったか
らだ。
また日本人は、戦後、GHQの教育のせいもあって、戦争になった経由などの
勉強をせず、ひたすら日本が一方的にアジアを侵略したと思いこんだ。自分た
ちはアメリカに戦争を仕掛けた結果、アメリカから罰を受けたのだと思いこん
でしまった。それで日本の首相自身も、歴史の勉強をしていないものだから、
アジアを訪問しては「侵略した」ことを謝るようになった。
世界の常識では、謝った者は罪を認めただけではなく、相手に納得されるまで
賠償金を払う必要がある。謝っても赦されないのである。相手が「まだまだ」
と言えば、永遠に罰金を払わねばならないし、謝っても相手はそれを「水に流
して忘れる」ということはしてくれない。
それでも東南アジアの国々のトップたちは、日本の戦争が、アジアを植民地に
していた西欧列強との戦いであったと知っているので、「謝る必要はありませ
んよ」と言ってくれたものである。
しかし、東南アジアの経済を支配しているのは、西洋人がアジア支配に使った
華僑たちである。華僑は、日本軍とアジアの独立のために戦った現地人に敵対
して、西洋の側に付いて激しく日本軍に抵抗した。そのために、戦争中は華僑
のゲリラはゲリラとして日本軍に始末されたのである。
東南アジアで、日本兵に恨みを表すアジア人は華僑系、だと思ってよい。
日本が経済的に発展し、金があるうちは日本もいい調子で謝り続け、金を提供
し続けていたが、日本人も気が付いた。東アジアは、日本人のようにお人好し
でも善良でもないということに。ーーー東アジアの国々は、日本に対して抗議
を続ければ、いくらでも金を搾り取れるということを学習した。
チュウゴク人や朝鮮半島の人間は、日本人のように奥ゆかしくも、おとなしく
もない。彼らは、はっきり主張する民族である。チュウゴクという大陸では、
文字通り、食うか食われるかの戦国の時代があった。そういう時代が彼らを激
しい性格にしたのか、モングル族の元朝などに支配され、混血して狩猟民族の
血が混じったからなのか、それは分からないが、
チュウゴク人は、チュウゴク政府に反日を仕込まれており、日本人を見ると日
本兵に見えるらしく、いじけて攻撃的になっている。仕事で日本に来ても、わ
ざわざ靖国神社に出かけて、80歳の日本の老人を後ろから襲って国旗を奪い
折るような民族となっている。助けに入った介護師も殴ってケガを負わせた。
また、日本のJRの駅では、口論をしている二人のチュウゴク人を止めに入っ
た日本の警官は、電車が入っている線路に突き落とされ、右足切断、頭蓋骨骨
折で意識不明の重症を負った。
靖国神社で老人と介護師に乱暴を働いたチュウゴク人は、チュウゴクのネット
ではスーパーマン並の英雄に奉り上げられている。
チュウゴク産の餃子に仕込まれていたチュウゴクの農薬で日本人が死にそうに
なったという記事をブログに載せると、「中国や韓国で日本兵がしたことを考
えると当然だと思う」というコメントを書いた人がいたが、東アジアの人々に
は、餃子に農薬が入っていて日本人が苦しむことも、「報復」或いは「復讐」
の一種のように感じているのだろう。
チュウゴク産の餃子を食べて体調が悪化した人は、すでに日本で1200人に
のぼるという。これが、もしも従業員による故意の事件なら、食の安全どころ
の話ではない。日本に食品を輸出している会社の商品に従業員が毒を仕込めば
大問題になると、これでチュウゴク人も学習したので、同じような事件は今後
また起こりうる。
チュウゴク政府に反日を仕込まれ、日本人に対して復讐心を抱き、なんらかの
行動を起こすような東アジアの人々に囲まれている日本人は、どう生きるべき
か。ーーー黙って耐えるだけの精神的弱者でい続けていいのだろうか。
―― 日本がするべきことは明白である。
それは、精神的弱者が強者になる行程と同じである。
子供が大人になる過程と同じである。
日本人は、まず、自分を知るために、正しい歴史を学び、日本が蒋介石と戦い
たくなくて躊躇していたことを知るべきである。蒋介石は、何度も日本からの
停戦のアプローチを受けておきながら、自ら日本軍に戦いを挑んできた。
戦争を望んだのはチュウゴク人だったのである。
事実を知れば、日本を卑下する必要もない。
日本人は、日本の文化や日本の自然の美しさに気がついて、それを守ろうとす
るべきである。自分を愛し、自分を大事にし、自分を高めていく民族になるべ
きだ。東アジアに対する怒りを心に秘めて我慢に我慢を重ねていると、病気に
なるか、いきなり停戦の計画も持たずに戦争を始めることにもなりかねない。
それでは、大東亜戦争=太平洋戦争)をして何も学ばなかったことになる。
日本人は、チュウゴクや朝鮮半島にすごまれて言いなりにならないために、な
められないだけの自衛の軍と兵器を持つべきである。日本人は、チュウゴクや
朝鮮半島から理不尽なことをされたら、きちんと口と態度で抵抗するべきであ
る。
いつまでもアメリカだけに自国の防衛を頼っていると、気が付けばアメリカは
親のように頼れる相手でもなく、頼りにならないし、チュウゴク・北朝鮮べっ
たりの裏切り者になる可能性だってある。他国には他国の都合があるのだ。
日本人は、金持であることに誇りを持つのではなく、真面目に働き、技術を高
め、すばらしい文化と自然を次世代に受け渡していくことに誇りを持つべきで
ある。
日本人は、西洋人に認めてもらおうとか、孤独になることを恐れず、日本を存
続させるために、利用するものは利用するという賢さを持つべきである。もっ
と戦略的に、日本のイメージと日本の領土を守っていくようにしなければなら
ない。
世界で良く思われたいなら、アメリカで日本軍の悪口を言い回っている華僑団
体に対抗して、チュウゴクがいかにいいかげんでウソつきで、人権を軽んじる
信用できない国、であるかを宣伝するべきである。怒りを心に閉じこめず表現
するべきである。
急に性格は変わらないだろうから、少しずつ、理不尽なことをされたら、怒り
を表現できるように努力してはどうか。怒りを表現できないような弱い立場な
ら、あらゆる努力をして実力をつけ、誰が見てもこちらの意見が正しいと周り
に思われるような工作をしたらどうか。
個人の問題も、国と国の問題も、結局は同じである。
= この稿おわり =
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃ ┃ 読後アンケートの結果。
┗━┛ ◇ そうだこのとおり!(^○^) ----------------------------124人 (94%)
◇ そんなことはない (゜.゜) ---------------------------- 2人 ( 2%)
◇ どちらともいえない..(-_-) --------------------------- 5人 ( 4%)
|