日本のお姉さんのアジア! ――― by hideおじさん
☆ 反論とご賛同のご意見に ―――――――――――― 2007/08/10

この討論の元になったご意見と反論
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この討論の大元の記事「沖縄から友達が帰ってきた」
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┌──────────「heitotakao1941さんへ」

コメント本当にありがとうございました。頂戴いたしましたコメントに、私の
意見を述べさせて頂きます。

「大日本帝国に民主主義があった」ことについて「新説」との仰っておられま
すが、申し訳ありませんがこのご意見には賛同いたしかねます。私が述べまし
たことは「Vertual Dream 」と表現されておられますが、それは事実の流れを
無視した、戦前は「悪」としたい方々の「儚い思い」にしか過ぎないと思いま
す。

考えるに、heitotakao1941さんと「民主主義」の捉え方の出発点が異なってい
るのではないかと感じています。――――私は、先の投稿でも申しましたが、
(日本のみでなく)戦前の民主主義と現在の民主主義を同列に考えるべきではな
いと思っています。

今の民主主義の理解でいえば、戦前の日本のそれは到底民主主義とはいえない
かもしれません。しかし、明治維新からの流れを考えると、戦前の全てが軍国
主義や全体主義などという枠で考えるのは間違っていると思っています。

民主主義といっても、現在でもいろいろな民主主義というものがいわれており
ます。プロレタリア民主主義、ブルジョア民主主義など、社会主義の思想の中
にも民主主義という言葉が使われています。民主主義などという言葉を使うの
がおかしいような北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)ですら使われています。

このように、民主主義という概念は非常に曖昧です。ただ、どの民主主義でも
「民意を汲み取る」ということが根本とされ、市民・人民に主権があるという
のが民主主義の基本です。

この理解からすると、大日本帝国憲法には「主権は天皇にある」ということで
民主主義ではない、という捉え方ができるかもしれません。明治時代には、苦
し紛れに「Democracy 」を「民本主義」と訳したこともありましたが、社会主
義、共産主義という新しい考え方が生まれてからは、民本主義という言葉は廃
れ、相対的に民主主義という言葉に置き換えられました。

しかし、大日本帝国憲法成立までの流れや制定後の民意をみると、自由民権運
動家である高木早苗氏に代表されるように、概ね好意をもって迎えられていま
す。また、トルコを除くと、アジアで最初の西欧型近代的憲法といわれていた
ことを忘れてはなりません。「帝国憲法」は、欧米諸国の憲法とそれほど見劣
りしない憲法であったのは事実です。

帝国憲法制定までの経緯を述べると長くなりますので省略しますが、少なくと
もーー三権分立が決められたこと、ーー薩長藩閥の政権独占への批判とそれに
連なる有可専制[ゆうしせんせい]有司=官僚による専制政治)の否定、

1874年の民撰議院設立建白書による、官選から民選への移行運動から連な
る普通選挙制度の確立をみると、戦前の全てが民主主義とは全くかけ離れた時
代であったとするのは間違いであると思います。

誤解して頂きたくないのは、私は戦前の日本を全て肯定するつもりはありませ
ん。ロンドン軍縮会議以降の、特に昭和初期からの軍部独走については、批判
される事柄がたくさんあります。5・15事件、2・26事件などその良い例
でしょう。

大政翼賛会に代表されるような、議会制民主主義の否定への動きは、帝国憲法
の精神にも反するものといわざるを得ません。また、国として批准した条約を
軍部が無視した事例も批判されて当然と思います。

ですが、だからといって「戦前には民主主義がなかった」という結論に直結す
るには無理があるのではないでしょうか。明治時代から試行錯誤して、日本の
文化に適した民主国家を目指してはいたが、戦前の一時期は著しく民主主義が
制限されたと捉えるのが正しい、というのが私の見方です。

歴史の一部を切り取って考えるのではなく、特に明治維新以降の日本の流れを
順序だててみて行き、「何故このような方向になったのか」「何故日本はこん
な行動をとっていったのか」を考えていくと、「満州進出」「満州事変」から
「大東亜戦争」を、単純に「日本が悪い」ということでは収めきれません。

その時代時代によって「解釈」があり「コモンセンス」も違います。何度も繰
り返しになりますが、今の感覚でのみ戦前を判断するのは間違っていると思う
のです。

過去、現在、そして未来にわたって同様に「常識」とされるものもあるでしょ
う。それに反する事例は当然反省すべきです。しかし、当時は「常識」とされ
たものを「悪かった」という否定でのみ捉えては、それこそ真実に蓋をするこ
とになるのではないでしょうか。

「戦前の日本は悪かった」といえば、反省も非常に簡単です。何かいわれれば
「ごめんなさい、昔の日本は悪かったです」といえば済みます。ーーーしかし
本当にそれでいいのでしょうか?それが本当の反省といえるのでしょうか?

ーーー反省すべき点、主張すべき点を明確にすることから「歴史を鑑にする」
ことが生まれるのではないでしょうか。

また、「大正デモクラシーは当時の民衆の世間風俗、気風をいうだけの言葉」
とありましたが、「大正ロマン」または「大正モダニズム」と混同されておら
れます。

「大正デモクラシー」は、日露戦争後の国家体制の再編成期から、護憲運動の
高潮期において起こった、藩閥政治を批判し、民衆の為の政治を求める運動で
あります。この運動を通して、政党内閣制、普通選挙制の成立を生みました。
これは戦後民主主義の形成にも大きな意味をもったとする意見も多いのです。

また、「民主国家であれば戦争も起きなかった」という主旨のことを仰られて
おりますが、果たしてそうでしょうか? 今のアメリカを見ても、世界を代表
する民主国家でありながら、冷戦時、そしてアフガン、イラクの現状から判断
すると、到底民主国家とはいえないのではないでしょうか。

私は民主主義が万能の正義とは思っておりません。また、民主主義は国の数だ
けあるではないかと思うのです。その国々の歴史・文化・倫理・宗教等々、そ
の国に適した民主主義があってしかるべきだと思っています。

あくまで私の想像ですが、戦前のあの時代、今と同じような民主主義の日本で
あれば戦争は本当になかったのでしょうか。あの時代の世界情勢、日本がおか
れていた立場を考えると、多かれ少なかれ「摩擦」はあったのではないかと思
います。

ですから私は、民主国家だからといって「戦争はなかった」と断言でません。

heitotakao1941さんと私の父はほぼ同世代と思いますが、当時の日本国民は戦
争に反対していたのでしょうか?昭和5年生まれの私の父は「周りはそれが当
然という雰囲気だった」と言ってますが、heitotakao1941さんの周りは違って
いたのでしょうか。

確かに戦争拡大に反対している人はたくさんおります。かの石原莞爾しかり、
山本五十六しかり、米内光政しかり、陸軍・海軍の重鎮のような人たちとて戦
争拡大や対米戦争には反対しておりました。それでも、避けられなかった状況
があったからではないでしょうか。

何かひとつひとつに反論しているようで申訳ありません。私が言いたいことは

1.全て戦前を悪と捉えてはならない。
2.過去を現在の基準で考えてはならない。

この2つに尽きます。

私は、日本が悪かったから「仕方ない」では済ましたくないのです。反論すべ
きことはし、無かったものは無いと主張していくことが、これからの日本のあ
り方にも繋がるのだと思っています。

└──────────
┌──────────「一爺さんへ」

コメント頂戴し誠にありがとうございました。
また、敬服などというお言葉を頂き汗顔のいたりでございます。

読者のみなさん、いろいろな考え方があるでしょうが、歴史上の事柄を間違っ
て理解されていたら、事の本質を見誤る可能性があると思います。かくゆう私
も、まだまだ勉強不足を否めませんが、誤った理解からあの時代を判断したく
ないという気持ちです。

ひとそれぞれ、いろいろな解釈があります。同じ理解のもとで勉強し、それで
意見が異なることはあって当然と思いますし、それを否定はいたしません。ま
た、私の意見を押し付けようなどという気持ちもありませんし、戦争を肯定す
るつもりもありません。

しかし、戦前を何でも否定的な観点からスタートしては、本当の日本は見えて
こないと思っています。

└──────────

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┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃┃ 頂きましたご意見や感想。 ┗━┛ ┌──────────「井口さん」 いつも面白く拝読しております。といいましても毎回くまなく読み通す余裕も 無くてすみません。 今回、先の意見に対する見解をお答えになっておられますが小生も同感です。 歴史を見るときに、結果が悪ければすべてが悪いと否定されるべきものか、と いえば、そういうものではないと思いますね。いつの世にも、意見の対立はあ るものです。過去においても争いにまで発展した対立がありました。結果がよ いという場合でも、自分の都合のみがよいというのでは大局観を失います。 結果がどうであれ、そこに至った過程でどのような意見対立があり、その結論 としていずれの道を選んだのか、そういう個々の事実が形成されるに関連した 歴史的な流れを理解し、どこに誤りがあり、どこに正論が抹殺されたかという プロセス検討があってこそ、歴史への研究の意義があるものと思います。 そういう観点からするとhideおじさんのおっしゃること一々尤もと思います。 小生は、意見は抹殺されたかもしれないけれどもよい意見はあったはず、だと 考えて歴史を見るほうが勉強のためにも相応しい態度だと思うのです。そうし た、後世から見て正しいと目される意見が、どのような過程で抹殺されたかを しっかりと検証することが大事だと言えましょう。 結果のみで意見を述べ合いますと、そこから後生が学ぶべきものを見出すこと が不可能となるからです。 OJIN さん、これからも歴史的な事実・検証にご注力をお願いしたいと希望し ております。勝手を申しましたが、どうぞお元気で。 └────────── ┌──────────「hideおじさんから」 お忙しいところ、私の投稿をお読みくださりありがとうございました。井口様 がおっしゃるように、今の常識に照らし合わせて、過去がいったいどのような 過程でそう変わっていったのか考えることは非常に大切だと思います。 個々の事象を捉えれば、人の数だけ意見もあるでしょう。自分と同じ意見もあ れば、反対意見もあるのは当然と思います。反対意見についても「なるほど」 と理解できるものもあります。 しかし、ある事象が歪められて「事実」として世に出てくるとなると、それは ひとつの「結果」であり「真実」とはいえないと思います。今はその「結果」 がいろいろあり物議をかもしておりますが、ひとつひとつの「事象」を関連付 けて考えると、当時の人たちがとった行動が良く分かってくると思います。 今の常識からすればその「行動」は誤りだったのかもしれませんが、戦前の日 本人は理由もなく「行動」した訳ではありません。そこには必ずそうなるべく 「理由」が存在していたはずです。それを無視して、与えられた「結果」から 辿ってしまったのてはなかなか理解できないと思います。 「結果=悪」、同じく「結果=善」ということでの出発ではなく、丹念な事実 の積み重ねでその時代時代を振り返ることが必要だと思っています。 └──────────
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