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日本のお姉さんのアジア! ――― by 日本のお姉さん
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☆ hangさんと大論争!(1) ――――――――――― 2006/10/02
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┃ ┃ コメントボードに頂きましたご意見や感想。
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┌──────────「hangさん」
南京事件(南京大虐殺ではなく、敢えて南京事件といいました)死んだ人の数で
戦争の本質が決められるか? どんな立場から死んだ人は2万人だから大丈夫
と言えるの? 負けて逃げた兵隊が民間人に変装したのが悪いのか?
ほとんどすべての論点がお姉さんの「だと思います」で成り立っているように
見えます。というか成り立っています。憶測だけだと議論にならないと思いま
すよ。
└──────────
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┌──────────「日本のお姉さんから」
支那もどんどん数字を変えているし、何人死んだかは正確に分からないでしょ
う。2万人でも1人でも人殺しはダメです。戦争はしないほうがいいに決まっ
ている、しないですむように頑張っていきましょう。
「だと思います」って書くのが変ですか? 私の意見を聞きたいのではなかっ
たのかな。「戦争はいけない」ということを聞きたかったのであって、わたし
の意見は聞きたくなかった?
└──────────
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┌──────────「hangさん」
質問を理解したか心配です。
日本のお姉さんの意見だと、南京事件で2万人殺したが、逃げた兵士が民間人
に変装したりなどで仕方がない、ある意味正しかったし、その当時の蒋介石、
中国が悪かったとしか聞こえない。
私が聴きたいのは、過去の南京事件の本質を、殺された人数で決める論点がお
かしいといっているだけです。これは、歴史的な事実をどう認識しているかの
問題です。今の、戦争したいしたくないと関係ありません。文法で言うと過去
形と未来形の違いです。戦争反対はこっちのほうです。アメリカの支持もして
いないし・・・
何も戦争がいいと言っていないのです。だからこの前も質問させて頂きました
が、何時?誰が戦争しようと言いましたかと。戦争という言葉を盛んに言って
いるのは日本のお姉さんのほうではないでしょうか。
中国が戦争をしたがっているというのも、日本のお姉さんの憶測でしょう。中
国は、以前の戦争で懲りたから、日本の軍国主義が復帰しない為に、しつこく
意見しているでしょう?
└──────────
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┌──────────「日本のお姉さんから」
「歴史的な事実をどう認識しているかの問題です」
歴史的事実とは、いろんな証拠が揃って初めて証明できるものなのです。30
万人虐殺されたと証拠も無く数字の改竄をする支那政府の歴史認識は間違って
いる。事実は事実だが、数が多過ぎる歴史は事実ではない。虐殺があったのは
事実だと思う。「思う」と書いたのはわたしの主観だからです。
見たわけではないので「思います」という言葉を使います。残された記録から
みて、2万足らずの支那兵と、便衣兵に巻き添えにされた一般市民の犠牲者は
いただろうと「思います。」
わたしが言いたいのは、支那だって悪かったので、全て日本軍が悪いようにい
うのは止めて欲しいということです。日本軍は理由無しに支那の街を攻めたの
ではありませんということです。
通州では日本人居住者260人を、支那軍は追い込んで逃げないようにしてか
ら惨殺した事件があったのですが、その事件の影響もあったと「思います。」
4、5年の間に300人も殺されたという事件も関係があると「思います。」
理由も無しにいきなりは襲わないでしょう。
hangさんは、日本軍だけ100%悪いと言うのでしょうか?わたしは、支那人
も、ソ連のコミンテルンも、日本の政治家の後ろにいたソ連のスパイになって
いた日本人も、みんな悪かったのだと「思います。」 その時見ていたわけで
はないので、当時の記録を読んでみた結果、そう「思いました。」
日本はアメリカの支持をしているということですが、100%は支持していな
いでしょう。一応イラクへ攻めようとした時は反対していましたよ。
「中国は以前の戦争で懲りたから、日本の軍国主義が復帰しない為にしつこく
意見しているでしょう?」
ということですが、支那が話し合いを拒んで、黙って東シナ海のガスを吸った
り、勝手に潜水艦で日本の海をウロウロしたり、軍艦で春暁ガス田の周りをぐ
るぐる回ったり、ミサイルの標準を日本の自衛隊の偵察機に合わせて威嚇した
りするから、日本は「すごく不安」になるのですよ。そういう威嚇をしないよ
うに支那軍にいっておいてくださいね。
日本は、先の戦争で原爆まで落とされて、戦争は嫌になっているのです。
お互いに平和を守ろうとしないと経済も発展できません。確かに支那の軍事費
は毎年2桁の伸びで脅威です。日本は軍国化したくないのに、そんな危険な国
が側にいたら、ノホホンともしていられません。
支那人全部が、hangさんのようにちゃんと平和を望んでいる人ばかりならいい
けど、下の「ゆうさん」への返事の中のアンケート結果を見て下さい。
└──────────
┌──────────「筑豊のおっさん」
間違ってhangさんの意見に賛成をクリックしました。絶対、日本のお姉さんの
意見に賛成です。
結局、支那の共産党は、党中央に都合の悪いことを国内外に知らせないように
外国通信社に強要する、その姿勢が全てを物語っている。
└──────────
▼
┌──────────「日本のお姉さんから」
支那政府は、インターネットで支那人が調べられないように情報をカットして
いるのですが、チベットと天安門事件と法輪功教と台湾についての真実を知る
サイトが見えないようになっているらしいです。
ーーーもっとあったけど、忘れました。
ようするに、支那は見られると困る事をやったのですね。真実を隠して、どう
でもいい情報だけは公開する。独裁国って、みんな国民に真実を教えないので
す。
支那は共産党の独裁国で民主的ではないから、どうしようもないといえばどう
しようもないけど、国際社会に受け入れられるように、宗教家を捕まえて施設
に入れて、生きたまま臓器を抜いて焼却炉で焼き殺すのは異常です。
でも、日本の有名な議員も、奥さんが臓器移植が必要だった時に、日本に住む
有名な支那人が彼に接触して、奥さんの臓器移植を手伝ったそうです。そんな
議員は議員を辞めて普通の会社員になればいい。日本の議員をやっている資格
などないと思う。
法輪功信者の内臓を移植したのだと思う。「交通事故が多いから臓器がたくさ
んあるんですよ」と言われたらしいが、支那人は、身内が死んだら臓器を他人
にあげたりする習慣は無いそうです。
死刑囚でも、息子が死刑になる前に臓器を抜かれたと知ったお父さんが、悲し
みのあまり自殺したそうです。臓器を抜かれるのは家族でも嫌なのです。死刑
になる前に手術で臓器を抜かれる死刑囚も嫌でしょうね!
└──────────
┌──────────「あほー鳥さん」
hangさん、日本の姉さんのどちらの意見にものりませんでした。何故か?
例えば南京事件の論争に絞って言うと、1−政府軍の黄河岸壁における脱走兵
を迎撃で何名死んだか。2−また、中共軍は南京近くで日本軍を数千名戦闘外
の殺戮をしたとの英国人の証言あり、南京城内で政府軍と中共軍の戦闘外殺戮
はなかったと言い切れない。
の点で、戦闘死及び巻き込まれた市民の死、の加害者特定や死者数さえ把握で
きていない状況で、プロパガンダに振り回されての論争は無意味。冷静な歴史
感による世界への発信が必要だと思う。
└──────────
▼
┌──────────「日本のお姉さんから」
日本軍が南京に入るまでにいろいろあったということは以下のサイトで調べて
いただくと分かると思います。 ▼ 日本軍も理由も無く支那を攻めたりはして
いません。 http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/kindai/kindai-sina1.html
開けない場合は http://chinachips.fc2web.com/repo4/047material01.html
コミンテルン(Communist International の略称:国際共産党組織)は世界各国
の共産党組織の頂点に君臨する組織です。スターリンの(ソ連の)意思(利益)を
反映したもので、世界中に革命を起こして共産国を多く作り、ソ連の衛星国に
してソ連に従わせようという目的をもった組織です。
(ソ連の)コミンテルンは、日本と支那を戦争に導くよう、支那人の中に支那人
のコミンテルン組織の者を送り込み、満州では日本人の民間人を殺害して戦争
へ誘導しようとしていました。
満州での支那人による日本人および日本国籍朝鮮半島人の殺害は、支那人匪賊
の仕業もあるでしょうが、支那兵の中に紛れ込んだ支那人のソ連コミンテルン
が戦争を誘導するためにした事件も多いのではないかと当時から言われていま
した。ソ連のコミンテルンであっても支那人には違いないし、今は、支那は共
産党に支配されています。
蒋介石も、最初は共産党との戦いに忙しく、日本もソ連が脅威だったので支那
軍とは戦いたくなかった。日本政府には、極力支那とは戦争にならないように
と考える者が多かった。
日本軍が南京にいたるまで、日本人と日本国籍朝鮮半島人を含む民間人が殺さ
れる事件は約300件、通州では、260人の日本人が惨殺されました。日本
が支那と戦わざるを得なくなったのは、通州で日本人が惨殺されてからです。
上海では、蒋介石と支那軍は、戦争をする気力に満ちていて、60万人の兵を
くりだして日本軍に迫った。=戦争をしたかったのは支那人だった)
┌--------------------「以下支那事変概説2より転載」
http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/kindai/kindai-sina2.html ←これが
開けない場合は http://chinachips.fc2web.com/repo4/047material02.html
国民政府は、英米他の代表の斡旋によって成立した上海事変停戦協定(昭和7
年)に違反して、既に昭和11年末ごろから、非武装地帯の要塞化と軍隊配置
を行っていたが、北支事変勃発後、上海方面の支那軍の集中はますます顕著に
なった。
8月に入ると、閘北[ざほく]方面では、保安隊に儀装した中央軍が連夜演習を
行い不安は増大していた。8月6日、岡本季正上海総領事は在留居留民に対し
租界へ退避するように指示した。
更にこの日、上海警備司令張治中は「徹底的長期抗戦をもって日本軍を殲滅す
べく、今や最良の好機である。日本の作戦持久は6ヶ月を越えない」と管区将
兵に訓示した。当時の上海は中共の活動拠点地の一つであり、集結しつつあっ
た支那軍の動きから考えても、まさに火薬庫の観があった。
== 大山事件 ==
参謀本部では、出兵は北支にとどめ、上海・青島には拡大しないよう極力努力
していたが、昭和12年8月9日1830、陸戦隊西部派遣隊長大山勇夫海軍
中尉と斎藤与蔵一等水兵が支那保安隊よって射殺される事件が発生した。
第3艦隊司令長官・谷川清中将は、南京政府に対し停戦協定区域内におけ支那
軍・同軍事施設の撤去を要求した。8月10日 閣議で海軍大臣・米内光政大
将は、上海方面の状況を説明したのち、真相判明を待って対処したいが、さし
あたり陸軍部隊の動員準備を願いたいと発言した。石原部長は反対したが、杉
山陸相はこれを諒承、閣議では現地居留民保護を再確認し、陸兵派遣の準備を
容認した。
8月11日以降、事態は急速に悪化した。支那側は大山事件に対する第3艦隊
長官の要求を拒否するどころか、公然と軍隊を上海に増強させ、租界地周辺に
陣地を構築するなど挑発的態度を強化、兵力は計5万にも及んだ。対する我が
海軍陸戦隊は4千に過ぎず、この夜応急警備についた。第1次上海事変(昭和
7年3月)でも日本軍と激戦を交わした張治中指揮の支那軍は、8月13日、
総攻撃を開始、我が陸戦隊は断固応戦するも14日には優勢な支那軍の包囲攻
撃を受けるに至った。
== 上海会戦 ==
8月14日、支那空軍は上海租借地を爆撃、初戦果を挙げた。(後に8月14
日は国民政府のもと「空軍節」とされる)一方、我が海軍航空隊は、台湾から
上海・杭州の飛行場を空襲、さらに15日からは九州から南京に対する渡洋爆
撃が行われた。この南京爆撃は、非武装都市への不法爆撃として米国の対日姿
勢を硬化させた。
政府は居留民保護のため、海軍の要請をいれて陸軍部隊の上海派遣を決定、陸
軍は8月14日上海派遣軍を編成した。
8月15日、帝国政府は声明を発表、支那軍の暴挙を膺懲して南京政府の反省
を促すのが今次出兵の目的とされた。不拡大方針は影を没して、全面戦争も辞
さないとみられるものであったが、政府は依然不拡大方針で、事変の早期解決
に努力すべきであるとした。
同日、蒋介石総統は全国総動員令を下し大本営を設置、自ら陸海軍総司令に就
任し、全国を4つの戦区に分けて、純然たる全面戦争体制をとった。毛沢東の
紅軍も、国民革命軍第八路軍(八路軍と呼称)と改称、公表された。中共はこの
日呼応して抗日救国十大綱領を掲げ、いよいよ国共合作の実をあげ中国人民総
決起の態勢を整えたのである。
8月23日、第3、第11師団を主力とする第1軍を上海北方に強行上陸、戦
闘に加入した。当時の支那軍は、中央軍の精鋭14〜15師で、網の目状のク
リーク地帯の堅固な火点、家屋を盾に抵抗した。
支那軍の兵力はますます増大し、第19路軍に包囲される形となり、第3、第
11師団は戦闘1ヶ月にもならない段階で非常な損害を被った。作戦部長・石
原莞爾は、苦戦が展開されても増兵は「焼け石に水」である、として同意しな
かった。しかし9月11日には第9、第13、第101師団、野戦重砲兵1個
旅団等を派遣しなければならない事態となった。
上海に5個師団増派が決定されるや、不拡大主義の石原作戦部長は辞任し、下
村定少将(20期)に交代した。(辞任の理由は、@石原部長の戦争指導理念の
無理解、A参謀本部第2部との対立、B積極派の武藤章参謀本部第3課長との
対立、などが挙げられる)
「満州国の育成に専念し、対ソ国防力充実に備えなければならない」とする国
家戦略を有する石原は、陸軍内不拡大派の最右翼であった。その石原が中央か
ら退去した後は、石原の予言どおりスペイン侵攻時のナポレオン軍のような泥
沼の長期戦に陥ってしまうのである。
このように第9、13、101師団などを増加したが、9月中旬には計60万
もの支那軍があって、我が戦況は一向に進展しなかった。さらに各部隊にコレ
ラ患者が多発し、砲兵弾薬の不足もあり、死傷者続出して攻撃は停滞した。そ
こで上海付近で所要の成果を収めることを重視して、主作戦を華北から上海の
正面に移すこととなった。
それを受けた支那軍は、10月23日ころから退却を始め、また10月20日
新たに編成された第10軍(司令官 柳川平助中将 第6、第18、第114
師団、野戦重砲兵第6旅団基幹)が、第4艦隊(豊田副武中将)の護衛の下に
11月4日杭州湾に上陸、上海付近の支那軍の防御は全面的に崩壊した。
11月11日夜、当面の支那軍は退却を開始、上海周辺の残敵掃討の段階に移
行するに従って「南京追撃」という意見があがった。
└--------------------「転載ここまで」
日本兵は、北支方面では、昭和12年8月29日までの累計で2300人殺さ
れています。負傷者は6262名です。上海方面では、昭和12年11月8日
までに累計9115人殺されています。負傷者の数は31259名です。
それから、黄河岸壁ではなく揚子江です。
一部しか分からないのですが、1937年12月9日の朝、第9師団歩兵36
聯隊第1中隊は全滅。12月10日、日本軍は紫金山から中山門まで攻撃した
第16師団歩兵第38聯隊第2大隊が全滅し千人死にました。
南京に入る前、紫金山では大勢の日本兵が死にました。
33聯隊も、南京に着いた頃は、上官たちや仲間が死んでいて兵隊たちは気が
立っていました。隣にいた戦友が死んでいくのを見たら憎しみの気持ちも沸い
てきて、全員発狂したような状況にあったようです。
胸に機関銃の弾3発ぐらいでも受けたら、止血もせずに死ぬまで放って置かれ
たそうです。そういう負傷兵がたくさん並んで倒れていたそうです。その前に
日本兵は、日本人居留民260名が惨殺された通州事件のことも聞いており、
支那兵に対して敵愾心を持っていたそうです。支那で捕虜になれば、死ぬより
苦しい拷問が待っていたので、日本兵は捕まったら自殺するように言われてい
たそうです。
中隊、分隊とかが、戦死したり負傷してどんどん人が少なくなっていました。
たとえ死んでも、軍隊はどんどん猛スピードで南京に向かっていたので、日本
兵の遺体は回収できずそのまま残されました。食糧も全く後方から送られてき
ませんでした。
13日朝、6中隊は太平門で突入。小銃隊の6中隊は全滅。太平門では手前に
支那軍の壕があり、中には支那兵が逃げないように縛られていたそうです。
(←シナ督戦隊の仕業) 逃げられない状態なので、支那兵も死にものぐるいで
手榴弾を投げてきたそうです。彼らは、逃げられないでそのまま壕の中で死ん
だので、日本兵は土を被せました。
壕の中に縛られていた支那兵を倒したのは全滅した6中隊が最後にした仕事
だったそうです。わずかに何十人か残った6中隊が支那の捕虜を、恐れて
城壁の外の周りの壕で殺して埋めたそうです。
支那軍は全部で10万人いたそうですが、揚子江から船で逃げたり、下関に道
つたいに逃げた人々もいたそうです。日本軍の38聯隊の野砲が日本軍の33
聯隊を敵と間違えて攻撃したりしたそうです。南京の手前では日本軍も支那軍
も混乱していて、至近距離で撃ち合いをしていたそうです。
支那では、便衣服のまま女性や子供も銃を撃ってきていたので、誰が軍人なの
か民間人なのか分からなかった。南京に逃げ込んで軍服を脱ぎ捨てた支那兵も
物陰から日本兵に発砲したので、油断がならなかった。
また、敵兵を捕虜にしても、日本兵の食糧も無く、捕虜の収容もできず、中隊
長の命令で揚子江で処分した部隊もあったそうです。死体の処理をさせられた
日本兵は、電線で死体を結んで揚子江までひきずっていって投げ込んだそうで
す。トラックがないので、重い死体を運ぶためにひきずるしかなかったそうで
す。
筏[いかだ]で対岸へ逃げようとする支那人も、民間人なのか兵隊なのか全く分
からなかったが、相手が日本兵に向けてどんどん銃を撃ってくるので、日本兵
も撃ち返したそうです。死んだ者もいたし、死なずに逃げ切った人もいたよう
です。
兵隊といっても、予備役の人々や8中隊の天野中尉は強姦を行ったので有名。
彼らは後で軍法会議にかけられました。南京市内でも、支那人が民間人の服を
着て、窓から手榴弾を投げたりしてきた。ひとりで歩いている日本兵は、民間
服を来た支那兵に殺されました。民間服を着て襲ってくるので、どうにも見分
けがつかず、怪しい男性は便衣兵として殺さざるをえなかったそうです。殺さ
ねば日本兵が殺されたそうです。
難民区には外国人も住んでいたし、大勢の支那人がいたから、日本兵は行くな
と言われていました。難民区にも大勢の支那兵が軍服を脱いで民間人に紛れ込
んでいたので、彼らは見つけ次第処分したそうです。
兵隊は部隊単位で行動していたが、少人数の部隊だったし、支那の政府が30
万人虐殺があったと言うが、日本兵の生き残りたちは、それはありえない数字
だと言っています。
便衣兵をそのままにしておいたら、後から来る日本兵が彼らに殺されるので仕
方がなかったそうです。上海の総本部は8万4千人と発表したが、人々が重複
して死者数を報告しているし、日本軍は常に多めに発表する傾向にあった。
日本人は手紙にも大げさに数字を書く傾向にあったし、日本の新聞も「百人切
り」などと、大げさに作り話を書いたそうなので信用できません。ドイツ人も
日記に、大体の支那軍の死者を5、6万人と書いているが、それも信用できま
せん。外国人も数字を数えたわけではなく、大めに書く傾向にありました。
また、見もしないのに見たかのように記事を書くアメリカ人もいました。蒋介
石が雇って書かせた報告書の数字は信用できません。実際には、第16師団の
師団長の中島今朝吾中尉の12月13日の日記による―――佐々木部隊の1万
5千人と、太平門の中隊長による1300人、仙鶴門の7千人。
重複の報告が多数あったそうなので、約2万人がほぼ正確な数字ではないので
しょうか。
難民区には30万人いて、日本軍は彼らに「良民」の証明書を発行し、それが
あれば自由に出入りができるようになっていたそうです。日本兵は、民間人に
化けている支那兵を探し出し、処分してから南京を離れたそうです。何度も書
きますが、便衣兵を残しておいたら、後から来る日本兵が彼らに殺されるので
仕方がなかったそうです。
2ヶ月もすると治安維持会もでき、住民の抵抗も終わったそうです。支那の女
性たちの受難は、憲兵が南京に入るまでの間だったそうです。
戦争とは恐ろしいものです。一部の日本兵は、鬼と化していたそうです。彼ら
の一部は日本軍によって軍法会議にかけられ処罰されています。
また南京戦で戦ったのは国民党であり、共産党は関係ありません。
└──────────
┌──────────「ゆうさん」
どうも、私に対するコメントを書いていただきありがとうございます。
って、、ちょ、ちょっとー、びっくりしましたよー。
>戦争になるのが嫌なのです。支那は十分、邪悪な思想を隠し持っている。末
端の人間まで平気で「台湾と戦争になるよ」と語っているなんて本当に嫌な国
ですね。好きなのか?戦争が?そういう風に政府に仕込まれた?
あ、あの・・・・私、小学生の時、社会科の授業で、
「将来的に、中国と、台湾(中華民国)は戦争になるかもなあ」
って、思いましたよ。
あっ、私は、邪悪な思想の持ち主だったのか。
最近じゃ、「中国と戦争になるかも」って、思ってるし・・(ーー;)
でも、日本のお姉さん自身も、
>支那人は怒っているし、日本人は「ムッ」としてるし、これでは将来戦争に
なるって。こう書いていらっしゃいますよねえ・・・。
たぶん、末端の中国の方々の「台湾と戦争になるよ」は、
日本のお姉さんや私の「中国と戦争になる」と、
同じニュアンスで使ってるだけだと思うんですけど・・・・。
もともと台湾の中華民国政府は、国民党が逃げ延びて建てたわけですし、いわ
ば二つの中国があるという異常な状態なわけなんです。中国からみたら台湾は
外国ではないのです。共産党も国民党も、いつかは決着をつけたいんだろうっ
て思うのです。
あと、
> 最近、戦争を幼い頃に経験したオバサンに「戦争と属国になって滅びるのと
どちらがいい?」と聞いたら「属国でもいいから生き延びたほうがいい」と言
っていました。日本民族は先の戦争でとことんやられたから、もう戦争ができ
なくなっているのかなあ。
本当は、戦争したいんですか????
戦前、日本でも、中国での中国人がムカつくから何とかしろ!ていう風潮にな
り、戦争にどんどん突き進みましたよね。これじゃあ、あの時と何も変わらな
いような気がします。
└──────────
▼
┌──────────「日本のお姉さんから」
雑誌「WILL」の11月号を読んでいると、恐れていることが現実なのだと
感じました。チャイナの若者たちは「人民網」というインターネットのサイト
で、
「我々は戦争をやりたい。我々はアメリカを打ち破り、日本を打ち破り、我々
の覇権に反対する全ての勢力を打ち破るのだ。我々は血をもって歴史を清算し
たい。我々が世界の主人になるのだ。我々の野心と前途を阻止できるものは何
もない。これは偉大なる中華民族の歴史的使命である。中華民族は最も優秀な
民族であり、我々は最も優秀な人間だ」
と、書き込みを入れているそうです。
意識調査の三日後、共産党の機関誌である「求是」が一通の論文を発表したそ
うです。「我々はより強大な軍隊を建設していかねばならない」と、はっきり
支那は軍拡路線で行く事を示しています。
06年7月24日から8月15日に、チャイナの「新華網」という有名なサイ
トがチャイナの国民意識を調べるアンケートを募ったら、7万5700人分の
有効回答が寄せられたそうです。その内87%が18歳から35歳の若者だっ
たそうです。その内、6割が在学中の大学生か大学卒業生だった。
7万5700人の内、96.21%が最も賛同する思想理念に「民族利益至上
主義」を選んだそうです。7万3000人が全て、「自由」でもなく「公正」
でもなく「宗教」でもなく「その他」でもなく、「民族利益至上主義」を選ん
だということは恐ろしい数字だと思います。
他民族の利益などどうでもよく、公正や自由や民主などよりチャイナのエリー
トたちは、中華民族の利益を優先したいと考えているのです。民族の利益とは
いい加減な言葉で、チャイナの利益だと思えばどんなことでも正当化されてし
まうということです。だから、今のチャイナの教育は間違っているのではない
かと言っているのです。
日本は「むっ。」とするだけで戦争をしませんよ。今のチャイナは、一般人も
「沖縄も中国のモノなのよね」と日本人に普通に言うし、未来のエリートの考
えも、ものすごく軍国主義になっている。戦争をしたがっている若い人が増え
ていると言ってもよいと思います。
日本政府は、もっとチャイナに「反日教育を止めろ!」と言わねばならない。
「反日教育なんかしていませんよ。愛国教育ですよ。反日教育施設は少ししか
なくて、歴史記念館ですよ」と、彼らは弁解するでしょう。でも、中身はよう
するに反日教育なのです。
そういう教育の結果、「いずれ戦争になればいいのに。そうしたら台湾や尖閣
諸島や日本など、一気に手に入れてみせるのに」という考えを持つようになっ
ているのだと思います。
日本人で、戦争をしたい人などいないと思います。平和でないと日本は商売を
やっていけません。支那は200機以上のミサイル(核付きか?)を日本の主要
都市に向けているし、アメリカに核を飛ばして報復されても、自国民が1億や
2億死んでも平気だと支那の有名な軍人が言っています。(最近まで更迭され
ずに普通に軍人でいたらしい)
だから、支那人は平和に過ごす気持があるなら、反日教育で国民に邪悪な野望
を抱かせるのは止めてくれと言っているのです。4畳半一間の部屋に同居して
いるパートナーが異常に食べ続けていたら「そのままいけばデブになるよ」と
警告し、食べる量を減らしてくれと言っているワケです。4畳半に一緒に住ん
でいるのに、ただでさえ大柄な人が、デブになったら脅威でしょう?
「そのままいけば邪悪な思想に13億人が染まりきって戦争になりますよ」だ
から「反日教育は控えてくれ」と頼んでいるワケです。支那の偉い人が、この
サイトを読んでいてくれたらいいけどね。どうでしょうね。
日本は資源が無いし、マラッカ海峡を封鎖されて石油が来なくなったらお終い
です。戦争をしても何の得にもならない。東シナ海では、支那の軍人は「日本
となんらかの小競り合いがある」などという論文を書いているし、いつも「日
本と戦争になったら、まだ同等か少し劣るぐらいなのでまだダメだ」というよ
うな戦争を想定した話ばかり出ています。
そのうち「勝てる!!」と書き出したら恐いわ。核をたくさん持って潜水艦も
たくさん持って、戦争する気、満々でいる支那人が多過ぎやしないかって言っ
ているんです。危険でしょう。日本人はアメリカ任せで、自衛といっても何も
やっていないし、最近やっと「これではいかん」と思いだしてきたところ。
もっと支那に注文をつけてもいいのに、大使館の修理代もまだ払ってもらって
いない。支那人が、壊したんだから弁償してもらうのが当たり前だろう。こち
らが文句を言わないから、支那ばかり文句を言ってくるんじゃない? 文句を
言っても聞く耳持たないなら世界に訴えて「まだ日本大使館の弁償をしてくれ
てない!!」と言えばいいじゃん。そういう細かい事をしていないーーー。
└──────────
┌──────────「lonsome carboyさん」
日本のお姉さま、孤軍奮闘お疲れ様です。教条主義者というのは今だに多くみ
かけますが、一種の洗脳状態なので、自らの不明を恥じたり、他の論理を受け
入れたりすることは殆どありません。論破しても本人が論破されたと受取って
いない、つまり殺しても死なない幽霊のようなものです。
テレビで見る左系の政治家や教授、知的文化人とやらやプロ市民などを見ると
よくわかります。結論ありきの人たちなので、何をどう言っても聞く耳を持ち
ません。頭が悪いのではなく、事実を受け入れるつもりがないのです。
彼らにとって、科学的根拠よりも感情的満足感がより優先されます。妙な新興
宗教と共通していることが多いのですが、詭弁とプロパガンダが上手いので厄
介です。
最近は彼らに対して、怒りや反発よりも哀れみを感じるようになりました。
└──────────
▼
┌──────────「日本のお姉さんから」
真実を捜し求める姿勢が無い人と話していても時間の無駄です。証拠が揃えば
それを事実だと受け入れなければなりません。そういう、真実を求めていく姿
勢がない人は何を言っても無駄で、「洗脳されている」と呼んでもいいと思い
ます。
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┃ ┃ お便りで頂きましたご意見。
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┌──────────「たこぞうさん」男性@四十代@会社員@大阪
はじめまして。いつもメルマガを読ませていただいております。有意義な話の
数々で、とても勉強になっております。
さて、WEB 熱線 第769号で日本のお姉さんが戦争という言葉まで発してしまう
事態にいたり、少し不安になってメールを入れさせていただきました。
日本のお姉さんのお身体が心配です。異国の地でのお仕事に加えて今回も大変
な勉強をされたご様子。怒りに呑まれてしまわれないかと心配になりました。
戦うにも体力は重要な要素です。どうぞご自愛くださいますように。
また、これからも色々とお話聞かせてください。よろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
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┌──────────「日本のお姉さんから」
戦争という言葉は、日本人は恐くて口にできませんが、これからは真面目に口
にして、戦争になりそうな火種が相手国に見えたら、がんがん口にして「戦争
になるから止めろ!」と文句を言わねばならない。
このままいったら支那人は、日本や台湾に戦争をしだすのではないかと心配し
て、戦争という言葉を口にしたらいけないのでしょうか? 心配するから口に
するのですが?
勉強は毎日読書して頑張っています。支那人のように怒りに呑まれて物を外国
人に投げたり、外国に属する建物を壊したり、壊したくせに弁償しないという
そんな乱暴狼藉は働きませんからご安心ください。
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┌──────────「縁起空さん」男性@五十代@会社員@大阪
私は54歳のサラリーマンです。
貴メルマガを最近になって渡部亮次郎様のメルマガで知り購読を始めました。
http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/mailmaga/mailmagazine.htm
渡部様、花岡信昭様、宮崎正弘様のメルマガが毎日の常備薬となっていて、今
まで関心の薄かった日本近代史を少しずつ学んでおります。
今回「hangさんと大論争!(1)」の日本のお姉さんのお話を読み、気が付いた
ら泣いておりました――――。日本人は、あの太平洋戦争においても良い意味
で「人間的」で、世界でも稀なほどに謙虚であったのだなあとつくづく感じま
した。
そのような感情は渡部亮次郎様のメルマガ他でも幾度となく惹起されました。
私の父は、太平洋戦争時、輸送船でフィリピンに行き、上陸する際に「双胴の
悪魔」ロッキードP38の機銃掃射に遭い、水際で周囲の戦友がバタバタと死
んでいったそうです。父は終戦で無事に日本に戻れました。幸いでした。
父がその話をしたのは、私が小学生の頃の一回きりで、二度と戦争の話はせず
ただ黙々と働き、誰の悪口も言いませんでした。私は、父の戦争の話でアメリ
カ人を憎みはしません。むしろ、数年間アメリカの仕事をして友人が何人もで
きました。
その中には中国人もいました。一番親しくなったのは中国人でした。彼は日本
が好きで帰化し、日本人の女性と結婚し今はアメリカでずっと働いています。
名前も(通称として)中国名・米国名・日本名をそれぞれ持っています。
最近の彼のメールアドレスは日本名のアルファベット綴りです。優しくて真面
目で、日本の奥さんとお母さんをとても大事にしています。今の日本人より親
孝行かも知れません。私が長期間直に接した唯一の中国人ですが、彼は日本人
にもそうそういないようなナイスガイ(古い!)です。
日本のお姉さんが仰るように、未来を向いて仲良くすることはとても素晴らし
いことです。それを広めなければ人類に未来はないです。過去を黙って見つめ
互いの今現在を最大限大切に慈しむこと、それが建設的な明日に繋がる第一歩
と思います。
購読しているメルマガの中身がどれもとても濃い為、配信に随いていけておら
ず、、読むのが遅れ気味です。(笑)
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┌──────────「日本のお姉さんから」
日本人も支那人も、お互いに過去の事実を良く調べてほしい。
日本人は過去に無関心にならずにいてほしい。日本軍だけ悪く語って、支那軍
や周りのロシアやアメリカやイギリスやオランダのことを何も言わない歪んだ
歴史をそのまま受け入れるのではなく、歴史を普通に勉強してほしい。支那人
だってむちゃくちゃしていましたからね。
支那人に関しては、支那共産党に洗脳されているので、その洗脳を解くことは
日本人にはできない。支那政府が洗脳し直すしかないと思うのです。
過去を忘れろというのではない。過去は既に過ぎ去った出来事で、もう変えよ
うがない事実。それを支那政府は、支那の失敗を隠しイギリスやその他の西洋
の国には何もいわないくせに、全ての怒りを日本に向けさせるから国民が日本
に対して凶暴になる。
過去の戦争を政治カードに使えば日本が言う事をきくので嬉しいし、自国民に
対して格好がつくし、政治の派閥内でも格好がつくし、それで日本を脅せばい
くらでも日本から金を出させることができたから、調子に乗ってカードを切り
まくったら、自国民が反日を理由に暴れまくっている。
自国民に与えた「怒り」というナイフで政府が刺されそうになっている。世界
中の人が、支那人の暴動を見て首を振ったのです。何か変なことが国民の心に
起こっているのです。
だから、支那政府が未来を見据えてこれから新しい関係を日本と築いていきま
すよと宣言しないとどうしようもない。軍部は戦争が仕事だから、軍部と人民
をコントロールできない政府は滅びるのですよ。支那では、常にそういうこと
になっている。
滅びてくれて、次の新しい政府がバリバリの軍国主義で日本に攻めてこられて
も困る。だから、現状維持で軌道修正するといい。日本の首相が日本の死者を
拝んだか拝まないかで支那の政府が自国の国民を暴れさせるのはおかしいので
すよ。今は抑えているけど、元はといえば支那が日本を憎む教育をし過ぎるの
が悪いのですよ。
民族が違うから死者の扱い方も違うのだし、日本は軍国化していないし、61
年間平和に過ごしたのだから、日本が支那でお役に立っていることやODAな
どの、日本が支那に優しくしたことをどんどん国民に知らせてくださいよ。
「まだ謝ってない」だの「弁償が済んでない」だの、事実と違う事を教えるか
ら、そりゃ支那政府にいわれる事を信じていたら支那人も怒るでしょう。
ところで、お爺さんたちのケンカを孫たちが言い合いしている姿はこっけいで
しょう? でも、今の支那人は今の日本人の意見が聞きたいのかなあと思って
返事を書いています。でも、「中国はどこも植民地にしていない」といわれる
と「戦争ばっかりしてきた国がよくいうよ」と思って脱力感を覚えます。
全ての戦争を「内戦」だといってしまえば、いくらでも戦争をしていないとい
えるでしょう? 例えば、台湾も沖縄も尖閣諸島も日本も、武力で獲って「内
戦だ」といえば、それでいいということになります。
要は、台湾や日本がどれだけ世界にインパクトがある国か、世界が味方になっ
てくれるかということが大事です。チベットが支那の人民解放軍にやられても
結局どこも助けてくれません。クエートのように石油があるわけでもない。
実効支配された後で周りが何を言っても、中華に組み込まれた後では「国内問
題」になりますものね。
民族の利益のためなら何をしてもよろしいという考えなら、何をした後でも、
「民族の利益が最優先だからこれでいいのだ〜」といえばおしまい。その考え
が13億人の中のエリートたちの脳内に潜んでいるのです。それはまずいだろ
うといっているのです。
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