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心が元気になる話 ――――――――― by hideおじさん
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☆ ベトナムの歴史に残る日本人たち(2) ――――――― 2009/02/16
ーーー終戦後ベトナムに残留したのは、なにも日本兵だけではない。
10代の若者たちの中にもベトナムに愛着を感じ残留を決めたものがいる。
その一人である駒屋俊夫は、手記にこう残している。
「ベトナムの地に夢を抱き、そこに人生を託した」
1942年、日本の外務省の管轄の下、サイゴンに高等専門学校「南洋学院」
が誕生した。学生は、日本本土はもとより、台湾、満州含む日本全国から選抜
された優秀な学生が集まった。
設立の主旨は「南方開発の指導的人材を養成する」となっていたが、時の国策
(南進)に拠ったものといえるだろう。
しかし、南洋学院での教科は「安南語=ベトナム語」「フランス語」「仏印経
済」「熱帯衛生学」などなど、現地に基づく教育であり、単純に戦争における
占領地経済とか植民地経営という範囲で収まらないユニークなものも多かった
という。
さらに、校風は非常にリベラルな雰囲気が満ちており、大戦の原因を日本を含
む「ブロック経済」にあるとする教授がいたり、「私はクリスチャンだからこ
の戦争に反対する」という生徒。また、
「この戦争は負ける。アメリカと戦って勝てるはずがない」と言って憚らない
生徒もいたという。ーーー勿論、彼らはなんの咎めも受けていない。
そんな、内地とは異なった校風の影響からか「独立したいと思う安南人がいな
いはずはない」というのがごく自然に理解されていたそうである。
敗戦は、異国への希望が大きかった分、そのショックに激しく動揺したという
が、先の駒屋俊夫のように「ベトナムに残ろうと決心した」学生も多かった。
しかし、いかに言葉に堪能であっても、激動渦巻くベトナムに残るというのは
非常に危険なことだった。ーーー残留した生徒の中には、行方不明になった者
も数多くいる。
駒屋俊夫は、炭焼きをして食を得、あるときはベトミン民兵に捕らえられ銃殺
寸前のところまでいくといった危険も経験した。ーーーそんな彼を助けたのが
南洋学院で学んだ教育だった。
熱帯衛生という授業から、マーキュロクロムの知識を得、「赤チン」を作って
現地の人たちの潰瘍を治療したのである。当時のベトナムの医療は劣悪で、ベ
トナム人の医師など皆無だったから、駒屋のような人間は非常に重宝されたよ
うである。
彼は、翌1946年になるとベトミンに誘われ「軍事教練」の一環としてベト
ナム人の教育にあたることになる。しかし、文盲が大半を占めている状況では
大変な労力が必要だったようである。
字は読めない、算数もできない、戦争だというのに地図さえ読めない、という
そんな状態から、少しずつ手取り足取り教え、さらに軍事に近い科目である測
地・測量も教えるにいたった。
駒屋は、1949年には「北部軍管区参謀本部作戦班」に勤めることになり、
戦闘報告や戦図の作成にあたり、抗仏運動に大きな足跡を残すことになった。
1954年、駒屋は他の残留者とともに復員したが、彼のベトミン時代の功績
を現在のベトナムも顕彰している。
ベトナム人民軍が発行する月刊誌には「抗仏戦争に多大なる功績があった」と
紹介され、その文章の最後には、
┌--------
駒屋俊夫とその友人らによる、ベトナム独立に対する貢献に敬意を表するため
に執筆された。
└--------
と記されている。
確かに敗戦後のベトナムにおいては、フランス同様、日本も同じ穴の狢として
反感の対象となった。復国同盟などの民意を汲み取ることに失敗した例も多々
ある。
それでも、侵略されたとする国の歴史に何ゆえ日本人が残されているのか、私
たち日本は今一度考えてみるべきではないだろうか。
2002年、ベトナム国営ニュースは、英語版で駒屋がベトナム政府から勲章
を授けられたことを伝えている。
ーーーベトナム独立闘争史には多くの日本人が刻まれ、彼らの歴史の中でこれ
からも語り伝えられていくことであろう。
= この稿おわり =
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┃ ┃ 読後感アンケートの結果。
┗━┛ ◇ 俺も日本人だ!ガンバルぞ! -------------------------- 35人 (46%)
◇ 日本人を美化し過ぎでは? ---------------------------- 4人 ( 5%)
◇ 知らなかった..初めて知った -------------------------- 37人 (49%)
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┃ ┃ お寄せいただきましたご意見や感想。
┗━┛ ┌──────────「井口君夫さん」
小生もベトナムとは縁があります。その意味で、「ベトナム独立闘争史」なる
文献がどこにどのような形であるのか教えていただきたいと思います。
今回は、前回に続く紹介にただ驚き、かつ、そのようなこともさもありなんと
思っています。ありがたいお話を次代にもぜひ伝えたいですね。
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┌──────────「hideおじさんから」
残念ながら「ベトナム独立闘争史」というのは日本語翻訳版はありません。
(英文ならアメリカの図書館にありましたが)
今の日本においては、ベトナム関係の書籍というのは非常に限られており、し
かもその多くは仏印への侵略を取り扱ったものや、ベトナム共産党の闘争史で
す。
なので、日本人との関わりという点においては、仏印へ行っていた軍関係者の
手記や、同人会会報などで多少伝えらている程度しかありません。
私が読んだ本で良ければご紹介いたします。ーーーほとんど絶版になっており
ますが、国会図書館などでは閲覧可能です。
1.西川寛生「ヴェトナムの日本人−その知られざる記録(1)」
アジア親善交流協会研究資料 1995年
2.白石昌也「ベトナム復国同盟会と1940年復国軍蜂起について」
アジア経済研究所 1982年
3.池田二郎「新品将校奮戦記」共栄書房 1981年
4.森達也「ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー」
角川書店 2003年
5.山田勲「白い航跡 大川塾卒業生が見てきた戦争と東南アジアの国々」
文芸社 2004年
6.亀山哲三「南洋学院 戦時下ベトナムに作られた現地校」
芙蓉書房新社 1996年
7.石田松雄「ベトナム残留日本兵」茨城図書 1990年
8.非常に参考になったwebサイトもご紹介します。
http://web.soshisha.com/archives/vietnam/index.php
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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