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心が元気になる話 ――――――――― by hideおじさん

☆ ングォイ・ベトナム・モイ(新ベトナム人) ――――― 2009/02/02
ーーー1954年「新ベトナム人」と呼ばれた日本人が帰国した。

終戦後、インドネシアに多くの日本兵が残り、独立運動に尽力したことは有名
であるが、ここ仏印・ベトナムにおいても、約6百名という日本人将兵がベト
ナム独立に大きな功績を残したことは、日本の歴史には記されていない。

彼らの多くは、イデオロギーの為でもなく、単なる正義感からベトナムに残っ
たのでもなかった――――。

アメリカに支配される故国日本の姿を見たくない、我が物顔で日本を歩くアメ
リカ兵を見たくない、というような感情からだったようである――――。

しかし彼らはそれぞれベトナム名を持ち、ベトナム社会に溶け込み、ホー・チ
・ミン率いるベトナム独立同盟=ベトミンの一員として抗仏戦争を戦い抜き、

ーーーフランスの再支配を断念させることに貢献したのである。

そして1954年、アジア解放の戦士としての誇りをもって故国日本の土を踏
んだ――――。

元々ベトミンは、米軍OSS=後のCIA)の支援を受け、日本軍にゲリラ戦
を展開していた組織だが、彼らは、1945年日本の敗戦に伴い、一種の政治
空白が生じたのを狙って独立宣言をした。

しかし、長年に渡るフランス支配で、戦い方も満足に知らないベトナム人は、
再支配に来るであろうフランスに抗う術がなかった。

ーーーそこでホー・チ・ミンが助けを求めたのが日本軍だったのである。

ーーー「我々の為に陸軍中学を創って下さい」それが彼らの要求だった。

これがベトナム独立闘争史上でひときわ異彩を放つ「クアンガイ陸軍中学」の
創設だった。

当時のベトミンは、武器といえば竹槍ぐらいのもの、兵隊の基礎の基礎である
行進や匍匐前進などもできず、さらには「気をつけ、休め、解け」すらできな
かったという。

しかし祖国の独立への情熱は高く、日本兵も心から彼らを賞賛し、自分たちの
知識(近代戦闘術)を教育した。

最初、フランス人に向かうと震えて戦うことすらままならなかったベトミンも
日本兵からの教育で「自分たちにもできる!」と自信と勇気を取り戻していっ
た。

フランス軍の再上陸とともに、クアンガイ陸軍中学は短命で終わってしまった
が、日本兵はその後も彼らベトナム人と共に戦い、フランスの再支配を断念さ
せたのである。

その後、この中学で学んだ者たちが、続くベトナム戦争では将官、佐官となり
第一線のリーダーとして活躍し「真の独立」を勝ち取っていくのである。

当時のベトナム政府は、特に貢献のあった日本人に「第一級戦功勲章」や「第
二級戦功勲章」をもって報いている。

そして彼ら日本人は、「新ベトナム人」として尊敬され、ベトナムの歴史に刻
まれていくことになったのである。

                        = この稿おわり =
この記事は、メールマガジン「頂門の一針」2009年2月2日発行第1441号号に転載して頂きました。とても 真面目で面白い、素晴らしい無料マガジンです。購読される場合はここをクリックして下さい。(←新しいウインドウで開きます)
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◇ 俺も日本人だ!ガンバルぞ! -------------------------- 32人 (48%) ◇ 日本人そんなにカッコよくない ------------------------ 2人 ( 3%) ◇ 知らなかった..初めて知った -------------------------- 33人 (49%)
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┌──────────「lonsome carboyさん」 弊社を退職した後、東南アジアから中東まで1人で放浪を続けた女性が、訪れ た土地の先々で、現地の老人から、戦時中の日本人を称える話を聞き、 ○○さん(投稿者)の話は本当だったんだ!と感動してメールしてきました。 マスコミや教職員や戦勝国が見聞きしたくない事実がそこかしこにあり、彼女 は、目が覚めた、と言っておりました。 歴史には必ず光と影があり、日本人は強調された影の部分しか教えられており ません。「良い事もした」と発言しただけで大臣のクビが飛ぶ国です―――― ーーー自信や誇りもなくなり、閉塞感で一杯になるはずです。
└────────── ┌──────────「hideおじさんから」
まさに仰るとおりで、何事にも「光と影」があります。人間だって長所もあれ ば短所もあります。短所だけをあげつらってしまっては相手の本当の姿を理解 することはできないでしょう。 ーーー国家においても同様だと思います。 ベトナムについては、仏印進駐は「侵略」としか理解されておりません。 さらには、----左翼系が意図的に流していると思われる----「日本軍の侵略で 200万人の餓死者を出した」ということを、マスコミも一緒になって言って います。 ホーチミンが言ったとされるこの言葉も、コミンテルンの指導であって、根拠 は何もありません。なにより、当時は、同盟国であったフランスのビシー政権 の下に日本軍が進駐したのであって、日本軍には、仏印の統治権も警察権もあ りませんでした。 さらに食料、特に米の流通については、ベトナムの華僑が一手に担っており、 日本軍が略奪しようにもできない状態であった、のにも関わらず、さも「日本 軍のせいで多くの犠牲者が出た」などと、日本では嘘がまかり通っています。 ーーー現在のベトナムでは、こんな話を持ち出す人はおりません..でした。 こんな嘘までついて自分の国を貶める、必要がどこにあるのでしょうか。 こんな状態では、いつまで経っても国民が政治や行政に責任を持つという自覚 は生まれないのではないでしょうか。 └──────────
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