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心が元気になる話 ――――――――― by hideおじさん
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☆ 若き土木技術者 ――――――――――――――――― 2008/08/18
昭和7年から昭和20年までの13年間、朝鮮の多くのインフラ建設に携わっ
た日本人がいた。
ーーー松尾茂である。
彼もまた、英雄でもなければ偉人でもない。インフラ建設というと仰々しいが
要は現場監督、「土方の大将《である。
彼は中村組という土木会社を率いて、朝鮮各地の道路、鉄道、橋梁そして水利
工事にと、地元朝鮮人とともに心血を注いだのである。
「朝鮮における土木工事は、日本軍国主義の強制した手前勝手な行動である《
これが今の日本・韓国における一般的な評価である。
しかし、松尾の部下のほとんどは地元朝鮮人であり、松尾は「彼らと彼らの家
族を飢えさせないようにする為の仕事だった《と言い切る。
今も昔も「公共工事《というのは失業対策という意味合いもあるが、特に朝鮮
の場合は窮民共済という意義が大きいといわれるゆえんである。
松尾は、ひとつの工事が終わると、竣工式に出ることなく次の工事現場へと向
かい、またそこで朝鮮人労働者を雇い入れ新しい工事へと取り掛かる生活を、
終戦まで続けた。
その間には、九死に一生を得るような事故に遭ったり、足の指を潰してしまう
という大怪我にも見舞われたが、そんな彼をいつもサポートし救ったのが地元
朝鮮人であった。
それは、「将来片腕になって働いてもらいたい《と、貧しくとも優秀な若者を
土木の専門学校である「京城昭和工科学校《に入学させたことも松尾への信頼
を高めたのかもしれない。
特に昭和19年秋以降、朝鮮でも徴兵制が敷かれ、労働力上足を補うため囚人
を働かせることになったが、逃亡する者がひとりもいなかったということから
も、松尾への信頼が高かったことをうかがわせる。
決して「日本軍国主義の手前勝手な行動《ということでは理解できない。
後に松尾は、「30余年かかって半島に金と手を加えてきた成果が、ようやく
実を結びはじめていた。これからいよいよ花開くというときに終戦になってし
まった。 あのまま工事が続いていたら北朝鮮の食糧事情はずいぶん違うもの
になっていた《と悔しがっていたそうだが、
彼が手塩にかけて教えてきた朝鮮人技術者は、朝鮮戦争で荒廃した故国復興の
中心となり、
世界トップクラスの建築技術を持つ韓国建設業界の草分けとして活躍していく
のである。
= この稿おわり =
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