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心が元気になる話 ――――――――― by hideおじさん
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☆ 緑の革命(1)〜世界の農を拓いた日本人 ―――――― 2008/06/30
= 農業共済新聞参照 =
田舎の田んぼ道を、リュックを背負いバイクで走り回る一人の老人がいた。
通り過ぎる人に気軽に声を掛け、にこやかに走り回るその姿はごく普通のじい
さんにしか見えない。みな彼のことを「リュックのゴンジロさん」と呼んでい
た。
しかし、この老人がかつて「世界の16億人以上の命を救った」とまでいわれ
た技術者であることを知っている人はいない。老人の名は「稲塚権次郎」「世
界の農を拓いた人」とまでいわれている。
東京帝国大学農学部を卒業した若き権次郎は、当初稲の品種改良に苦闘してい
た。
彼の努力で生まれたのが「陸羽132号」、そして後のコシヒカリや秋田小町
というブランド米を生むことになった「農林1号」である。
結果だけをみると華々しいようであるが、品種改良という作業は地味以外の何
物でもない。富山生まれの百姓の息子権次郎は、ことのほか農業が好きで苦労
を感じなかったという。
その後、岩手県農事試験場に移り、小麦の品種改良に取り組むことになるのだ
が、結果からいうと世界の小麦のほとんどが権次郎の小麦の筋を引いている。
昭和10年、権次郎は小麦農林10号を育成した。
この小麦は「日本の農民のようだ」とも言われた。ーーー背が低くて頑丈で、
骨太でいくら穂をつけても倒れない、まさに百姓のような小麦であった。しか
し日本の多雨条件ではその真価が発揮できず、当時はあまり普及しなかった。
「農林10号」が日の目を見るのは、皮肉にもアメリカで、であった。
終戦後、GHQ農業部が農林10号に目をつけ、持ち帰ったのが始まりである
が、ボーローグ博士らによって他種と交配、その結果生産量が飛躍的に伸びた
のである。
この新種農林10号が世界中に送り込まれ、1960年代中ごろ大規模な飢餓
が予想されたインド・パキスタンでは、それまでより小麦生産量が4倍にも増
え、数千万人の命を救うことになった。
これは「緑の革命」と呼ばれ、この成果によってボーローグ博士は1970年
ノーベル平和賞を受けることになる。
権次郎も翌年、その労が報われ、勲三等瑞宝章を贈られたが「リュックのゴン
ジロさん」は変らず飄々としていたという。
現在、農林10号の筋を引く品種は世界中で500以上に及び、50ヶ国で栽
培されている。世界中の飢餓克服に大きな力となったのをはじめ、アメリカ・
ヨーロッパなど主要小麦生産国の生産性を飛躍的に向上させた。
みなこの小麦を、愛情を込めてこう呼ぶ「ノーリン・テン」
権次郎は、昭和63年、91歳でこの世を去ったが、翌年ノーベル賞を受賞し
たボーローグ博士が彼の故郷を訪れこう感謝の言葉を述べ頭を下げた。
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稲塚先生の業績は、全世界の人々が高く評価し、心から感謝している。多くの
国々で食糧問題の解決を可能にして下さった。 何十億という人々を代表し、
ありがとうございました。
└--------
現在、日本は小麦のほとんどを外国から輸入している。それが権次郎の小麦の
子孫というのは、なんという皮肉であろうか。激減してしまった日本の麦作を
権次郎はどんな想いで見ているのだろうか。
日本の若き百姓の息子が作った一本の小麦が、今までの、そしてこれからの人
類の食糧確保にいかに貢献しているのか、私たちは覚えておきたい。
= この稿おわり =
この記事は、メールマガジン「縄文塾通信」2008年7月20日発行第325号に転載して頂きました。
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┌──────────「縄文塾通信中村忠之主幹のコメント」
ハイブリッド種子(ニワトリを含む)、遺伝子操作作物など、アメリカではすべて巨大な産業となっている。ところが日本は
学術的段階あるいは篤農的発想に止まっていて、日本人でさえ「初めて知った!」というパターンを示している。これこそ「性
悪説」に由来した「商=農」と、「性善説」に発した日本的「商=農」との際だった違いである。
日本の善意に満ちた「緑の革命思想」と、汚濁に塗れた欧米発「緑の革命」の抜きがたい乖離もそこにある。『森と人の地球
史』<第8章 アジア世界の始まり>『森と共に消えたインド文明』より、<「緑の革命」とはなにか>を参照下さい。
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◇ 知らなかった..初めて知った -------------------------- 38人 (46%)
◇ こういう日本人もいただろうよ ------------------------ 3人 ( 4%)
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┃ ┃ お寄せいただきましたご意見や感想。
┗━┛ ┌──────────「ミカの赤い服さん」
hideおじさん、こんにちは。「知らなかった初めて知った」に投票しました。
こんな偉業をした方のことを初めて知りました。昔のテレビ番組『知ってるつ
もり』などで取り上げるべき話ですね。
└──────────
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┌──────────「hideおじさんから」
私もこの稲塚さんを、アメリカ人の農業関係者から教わったのです。お恥ずか
しい限りですが、この稲塚さん以外にも世界中の農業に大きな変革をもたらし
た日本人が多くいるのです。
日本独自の感性かもしれませんが、彼らはそれを「偉業」とは思っていないと
ころです。彼らは「自分の仕事を真面目にしただけ」というのが共通していま
す。そんな目立たない仕事の積み重ねが、今の日本を築いていることも知って
おきたいものです。
現在でも、中国の田舎で農業技術を教えている日本人もいます。植林事業に汗
を流している日本人もいます。こういう、住民に密着する仕事にこそ日本のO
DAを使うべきではないでしょうかね。
└──────────
┌──────────「あらまさん」
こういうことは学校で教えるべきであるのに、何故教えてもらえないのかを考
えましょう。
つまりは、ソ連が蒙古を占領した時に、全員の姓名のうち、家名の使用を禁止
したことです。ですので、彼らの英雄ジンギスカンの末裔が誰だか分からない
という話です。
オーストラリアで米を初めて作ったのは、やっぱり日本人でした。日本の嘉平
種という種類でした。今はコシヒカリも作って日本に輸出しています。でも、
日照りと水不足で作物が出来にくくなってきています。
米は128%の値上げです。そして10キロ入りはいつでも買いに行けばある
わけではありません。
世界でも有数の穀物輸出国であるオーストラリアも、天候がこのまま悪くなれ
ば輸入国に転落する、と専門家が心配しています。そうすると、日本はどうな
るのでしょうか。6千万人が餓死する計算ですが、あなたはどうしますか。
学校で日本人の活躍を教えないことも、食料自給率が40%になったのも、繋
がっていますが、あなたは理解できますか。
└──────────
▼
┌──────────「hideおじさんから」
私が何故「知られざる日本人」を取り上げたかったかというと、子供の教科書
を見て愕然としたことにあります。義務教育で教えられるべき日本人があまり
にずさんな扱いになっているという現状です。
学校の校庭にあった「二宮尊徳」はいつの間にか無くなり、教科書からも消え
ていってます。驚くべきは「野口英世」さえ取り上げていない教科書もありま
す。(子供たちはお札でしか知らない)
中学の教科書を見ると、万葉集で有名な「大伴家持」「柿本人麻呂」徒然草の
「吉田兼好」さえも無いものがある。ーーー近代になると「昭和天皇」さえも
無視している教科書があります。
一方で、マルクス・エンゲルスの「エンゲルス」を詳細に説明したり、伊波晋
献やら景山英子など反戦活動家、共産主義者などが取り上げられています。勿
論、彼らが悪いとは申しませんが、一般人が知らない人を取り上げるより、先
に取り上げるべき日本人がいるだろうという気持なのです。
自国の歴史や文化の成り立ちを、ちゃんと教えること、それは単なる愛国心と
いうものだけではなく、「常識」というものではないでしょうか。
それがしいては、環境問題、食料問題を考えることにも繋がっていき、地道な
作業であっても多くの人たちの為になることがある、日本はそういう仕事でも
正当に評価をする、そういう国にならなければ、今抱えている問題の解決には
繋がらないような気がします。
「世のため、人のため」が死語となり、「自分のため」の社会では、いつか世
界から見放されることになるのでは?と危惧します。
└──────────
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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