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私見時事論談 ―――――――――――― by hideおじさん

☆ 創氏改名の一考察(上) ―――――――――――――― 2009/09/21
このメルマガでも何度も取り上げられている「創氏改名」ですが、未だに朝鮮
人の名前を強制的に奪ったという「8奪」のひとつとしてしか理解されていな
いこと、また、朝鮮人からの要求であった、という両極端で語られることに何
かひとつ物足りなさを感じます。

朝鮮総督府に勤務していた祖父の話では、「内容が良く理解されないままこと
を進めたところに問題がある」と言っておりましたし、

朝鮮独自の「姓」と、日本の「姓」とでは、歴史的にも、意味合いにおいても
全く別な経緯を辿っていることを、我々自身がよく理解していなかったことも
問題を複雑化しているのではないかとも言っておりました。

なので、創氏改名が朝鮮に良い印象を残さなかったことは充分理解できます。

ただ、この問題は、植民地政策の上で「悪」という単純な面でしか見られてい
ませんが、何故朝鮮では理解されなかったり、誤解されたりしたのかというこ
とについても考えないと根っこの部分は見えてこないような気がするのです。

「皇民化政策の一環として強制した」という捉え方をされますが、

そうであれば、なにも申告制にしなくとも、総督府は戸籍資料などを握ってい
たでしょうから、それこそ強制的に「今日からお前の名前は○○とせよ」とす
ればよいことだったのでは?と思ったりもします。

「8奪」もできた日本だったというのですから、何度も通達を出したり、地方
官吏を巻き込んで大騒ぎすることもない、ような気がしてなりません。

中には「申告制という形をとって自主的にという体裁を整えたものであった」
と断ずる人もいますが、そんな手間の掛かるようなことをやって何のメリット
があったのか、という思いが強くなります。

徴兵・徴用のためとかいいますが、それだけでこれほどのことをする必要性が
あったのでしょうか。そう考えてくると、何故「創氏改名」などという面倒な
ことを行ったのか、その背景を探ることがさらに必要だと思えてくるのです。

さて、創氏改名において「名前を奪った」というのは正確な表現ではないと思
います。何故なら「改名」とはいうものの、実際には「創氏」が重要であって
「改名」は後回しにされて任意となっていた、という点です。

「日本風の名前に変えろ」という強制ならば、何故名前は後でもいいとか、手
数料を取るというようなチグハグな政策を行ったのか意味が判りません。こう
いうチグハグさが混乱を呼び、逆に強制というイメージが定着していったので
はないのか?というのが私の考えです。

この創氏改名について、「強制」ではないという理由として挙げられるのが、
次のような、南総督や関係者の談話から判るといわれています。

○朝鮮民事令改正公布(1939年11月10日)に際しての南次郎総督談話。
┌--------
本令(朝鮮民事令)の改正は、申す迄もなく半島民衆に内地人式の「氏」の設定
を強要する性質のものではなくして、内地人式の「氏」を定め得る途を拓いた
のであるが、半島人が内地人式の「氏」を称ふることは何も事新しい問題では
ない。(朝鮮総督府官房文書課編『諭告・訓示・演述総攬』1941年、676頁)
└--------

○12月28日総督府法務局長宮本元談話
┌--------
半島人の極少部分で、「氏」制度が創設されたのは必ず内地人式の「氏」を設
定しなければならぬ法意だとか、内地人式の氏を設定しなければ、内鮮一体の
統治方針に反対するのだとか解釈してゐる向きがあるとのことだが、それは誤
解である。

今まで半島に於ては、家の称号がなかったので、此の度家の称号である「氏」
を定めることになったのであるが、好むと好まないとに拘らず一律に内地人式
氏を設けねばならぬ性質のものではない。
└--------

○1940年1月東京帝国大学法理研究会での宮本講演
┌--------
氏制度の設定に依り、半島人は氏の設定を義務附けられた次第でありますが、

内地人式氏の設定に付ては、法令上何等義務附けられたるものに非ざるは、固
より法令の運用上に於ても、聊かたりとも強制的又は勧奨的意図を有せざる所
であります。

換言すれば、半島人に内地人式氏を称し得る途を拓いたに過ぎないのでありま
す。
(宮本元「婿養子、異姓養子及氏制度に関する朝鮮民事令の改正」)
└--------

○3月5日総督府局長会議での南総督発言
┌--------
創氏改善について、一部には未だ誤解している向きがあり、特にこの制度を強
制しているといふことは絶対になく、

創氏せよというのは、強制するという主旨では絶対にない。
└--------

このような発言の一方で、南総督は次のような訓示も出しています。

○4月23日道知事会議での南総督訓示
┌--------
紀元の佳節を卜して施行せられたる氏制度は、半島統治史上まさに一期を画す
るものでありまして、往古の史実に顧み、大和大愛の肇国精神を奉ずる国家本
然の所産であると共に、内鮮一体の大道を進みつつある半島同胞に、更に門戸
を開きたるものに外ならず。

各位宜しく本制度の大精神を究め、管下民衆の各層に徹底せしめられたし。

(朝鮮総督府官房文書課編『諭告・訓示・演述総攬』1941年、205頁)同会議
の諮問事項「氏制度の趣旨の周知徹底方に関し執りつつある具体的方策如何」
└--------

○5月以降、各地の都市・農村で創氏相談所の増設、「創氏実施週間」「相談
班」、無料代書など忠清南道牙山郡での状況
┌--------
五月五日から一週間を創氏実施週間と定め、郡と面と別々の相談班を組織し、
〔中略〕
夜間を利用して各部落に郡面職員が出張、相談に応じたところ、傍観視してい
た連中も案外動いてその場に殺到し、恰も郡面の出張所ができたやうな盛況を
呈した。
〔中略〕
週間中の集団指導から、引続き個人的に指導を行ったのですが、
〔中略〕
六月十日頃までには一人残らず完了する見込です。

└--------「全戸数ノ氏届出ヲ完了セヨ」―末端行政機関への指示

○釜山地方法院長の指示文書
┌--------
氏設定督励に関する件、
氏に関し過般来屡次協議会其の他文書を以て、各位に対し其の重要性に鑑み、
一般民衆に周知徹底方強調し来りたる處、各位の努力に依り其効果遂次(逐次)
現はれ、民衆の認識する所となり、

氏の設定届進増しある状態なるが、之を総戸数に比すれば未だ一割程度に過ぎ
ず、甚しきは三分以下の所もあり。

しかるに右届出期間は余日少く、今に万全の計画を立て之に対処せずば愈々期
限切迫し、一時に数百件届出ありたりと仮定せば、如何にして迅速に処理する
か到底其の術なき虞あるを以て、来る七月二十日迄に全戸数の氏届出を完了す
る様特段の配慮相成りたし。

追て、先づ氏の設定届を提出せしめ名の変更は後日為す様取扱ひ相成りたし。

└--------(韓国政府記録保存所所蔵)

このような発言や記録を見ると、「結局、強制的にやったものじゃないか」と
捉えられても致し方ないようにも思えます。さらに警察署長会議では次のよう
な話もされています。

○取り締まりの実態(警察署長会議における検事の指示)
┌--------
忠清南道警察署長会議=06月28日、忠清北道警察署長会議=07月02日、での松
前大田地方法院検事正の訓示

氏制度の周知徹底方に付ては、道当局の御指示もありしこととて、或は相談所
を設置し、或は座談会を開催し、熱心に努力されつゝあるは深謝に堪へざる所
でありますが、氏制度創設の理由に付て、特に留意すべき点を述べんと思いま
す。
(中略)
氏制度の施行は、八紘一宇の大精神に基くものなること朝鮮統治の最高指導方
針たる内鮮一体は、畏くも一視同仁の聖旨を奉体して生れ出でたるものと拝察
致すのでありますが、氏制度の創設は、此の内鮮一体の顕現に法律上門戸を開
きたるもので、是れ即ち大和大愛の肇国精神たる八紘一宇の発露に外ならない
のであります。

然るに巷間、当局は氏設定を強制するものに非ずと発表して居るので暫く形勢
を観望するのであると公言しおるものが智識階級に相当多数ある、とのことを
仄聞しましたが、是は彼等が当局の真意を全く誤解せるのであります。
(中略)
以上の次第でありますので、各位は氏制度の周知徹底に付て、更に渾身の努力
を傾注され、所期の効果を挙げられむことを切望して已まないのであります。
└--------

さらに、創氏改名反対者への対応事例は、次のようなものがあります。

○忠清北道金漢奎事件金は親族と創氏の問題について話をする中で、
┌--------
「自分は氏創設には断然反対である。一体創氏は何故に為すものか。今政府の
制度に従ひ、止むを得ず創氏を為すも、子孫に於て祖先たる自分等を憎むかも
知れぬ」などと述べ、

さらに「内鮮一体」といいながら差別が改められていないことを批判するとと
もに、将来朝鮮が独立したなら、もとの朝鮮姓に戻ることになるであろう、と
語ったとされる。
└--------
保安法違反で起訴され、懲役一年の判決担当検事談話
┌--------
創氏制度は、興亜大聖業の完遂上における画期的なもので、実に内鮮一体化の
世紀的英断として、今や半島の津々浦々に至るまで只管感激の歓声に溢れてゐ
る現状の下に、

こんな不穏極まる反国民的言動は、断然容赦の余地がない、神聖なる我が国体
に対する不遜行為たるのみならず、忠良なる半島同胞の名誉を傷けることも又
甚大なものである。
└--------

○京畿道柳大興事件一九四一年一二月下旬、

京城(現ソウル)郊外の農村で、国民総力部落連盟理事長を務める柳大興=創氏
名・柳本大興という農民が、知り合いとの宴席で、米の供出が農民を苦しめて
いること、綿花栽培が強制されていることなど、農村の実情を語るとともに、

創氏について次のように話したため警察に検挙されたことが記録されている。
(処分としては起訴猶予となったと思われる)
┌--------
朝鮮人の創氏は私の面=村)では九割八分程度に達するが、其の中八割以上は
皆何の意味か解せず、当局が無理矢理に勧めるから仕方なく創氏した実情で、
私も柳[ヤナギ]としてべつに柳本と創氏する必要もなかったのであるが、他人
に強制する立場上柳本と創氏したるも、一般部民は之れに対し非難している。

私も反対者の一人である。
└--------(京城地方法院検事局文書)

ここまで見てくると、やはり、強制的に進めていた色合いが強いように感じま
す。上部はどうあれ、末端の役人などは「命令」として履行したであろうこと
は容易に理解できるのではないでしょうか。

                        = この稿おわり =
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┌──────────「tenyoufoodさん」 何事も当事者双方の言い分を聞かなければ、解らないこともありますね。 戦後の台湾の例では、原住民が漢族風の名前に改名されました。日本名から中 国風の名前に変わったともいえます。台湾原住民の日本風の名前も、日本人が 適当につけたように、中国人風の名前も国民党政府の役人が適当につけたそう です。 ┌-------- 内地人式の「氏」を定め得る途を拓いたのであるが半島人が内地人式の「氏」 を称ふることは何も事新しい問題ではない。 └-------- だったら、きなお世話で、創氏なんてやらなきゃいいんだよね。 ーーー今の中国でも同じことやっているんだろうね。
└────────── ┌──────────「hideおじさんから」
個人的には「創氏改名」が良い政策だったどうか、疑問があります。 日本とってのメリットがあまりに不明確であって、日本名にしなければならな い理由が今ひとつと思います。 徴用・徴兵の為などといわれていますが、それなら別に朝鮮名でも問題ないは ずです。特別日本名でなければならない理由になりません。 さらに「皇民化政策だ」ともいいますが、名前を変えなくても皇民化はできる 訳で、表面的に変えたところでそれで皇民化が成るものではありません。 こうしてひとつひとつ考えると、日本のメリットが薄弱です。では何故こんな ことを時間と金を掛けてやったのか?と考えると、 労働力の確保という日本のメリットは当然ですが、地元の要望というものを抜 きには考えられないと思うのです。ただ、繰り返しになりますが、もっとやり 方があったのでは、という疑問はぬぐい切れません。 「本貫」についてご質問された方がいらっしゃいましたが、申し訳ありません がネットで調べればすぐに判るようなことですので、ご自分でお調べ頂ければ と思います。 └──────────
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