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私見時事論談 ―――――――――――― by hideおじさん
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☆ 歴史教育と公の精神=日本再生 ―――――――――― 2008/02/04
国の根幹のひとつである「歴史」を重要視しないということでは、繰り返すよ
うですが、「公」の精神が生まれるとは到底思えません。
現代の若者だけでなく、私を含め戦後教育を受けた人間全てにおいて、マナー
の悪さやモラルの欠如云々を云われますが、元をただせば「公」の精神を育む
環境や教育が損なわれているからだと思います。
その損なわれた教育のひとつが「歴史」教育ではないでしょうか。
偉そうなことをいうようですが、歴史というものは、時代・時代で独立してい
るものではなく、そうなるべき理由が存在し、続いていくものだと理解してい
ます。
そして何故「歴史」教育が重んじられるかというと、「歴史」というのは「そ
の国」を信頼する為の教育だと思うからです。だからこそ何れの国でも「歴史
教育」が重要と考えられているのだと思います。
現在の日本の歴史教育では、日本の歴史を否定するような記述が溢れています
が、これでは国民に「日本を信頼せよ」といっても無理な話です。国家を信頼
できない教育では、とうぜん国を大切にしようなどという気持も起こりません
し、マナーやモラルだって育つとは思えません。
国家を信頼しないから政治にも無関心になるし、公務員にしろ国会議員にしろ
目先の利益ばかりでお茶を濁してしまう。
「湾岸戦争」で、日本人がクウェート国内で人質のようになりました。
当然日本国としてこの日本人を助けるべきなのですが、憲法9条が枷となって
自衛隊の飛行機を出すことができませんでした。その結果、お金を出してフラ
ンス軍の飛行機で助けてもらったという醜態をさらしたのです。
ーーー世界中から嘲笑を受けたのは当然です。
国家は、どんなことをしても自国民を助けるのが当然ですし、それが義務であ
り、だからこその国家であるはずです。
どんなことをしても自国民を守ることが国家の役目であるにも係らず、自前で
は何もできなかった日本。これでは国民に信頼せよといっても無理です。北の
ならず者国家に自国民が拉致されても、助け出すこともできない国家に成り下
がった日本。
「話し合いで解決すべき」と訳知り顔でいう評論家、もともと「話し合い」が
通じる国であったら、犯罪である拉致などはしないでしょう。
国民を助け出すことより憲法を大切にする日本、国として最も基本的な責務を
果たしていないなどというのは本末転倒ではないでしょうか。
結局、日本という国を信頼できないから、国民は個人の利益にしか目が行かな
くなる。会社の利益しか考えなくなる。偽装や詐欺まがいの事件が多くなるの
は自然の成り行きといえるかもしれません。
「国益」とはいうものの、単なる損得勘定だけでしか価値判断をしない日本。
「国益」というのは、金勘定だけでなく、プライドでもあり、面子でもあるで
しょう。なによりそこに日本としての正義がなければ、国民に信用される「国
益」が生まれるとは思えません。
戦前のことはとやかく言われますが、少なくとも今より国民は国家を信頼して
いたと思います。選挙をひとつをとっても、投票率の高さは今と比べものにな
りません。
現在のような選挙制度ではないものの、衆議院選挙においての投票率は低くて
も70%後半、90%を超えることも珍しくありませんでした。それが、戦後
歴史教育のレベル低下に伴うように選挙投票率も下がっていきました。
因果関係を選挙投票率に求めるのは無謀かもしれませんが、少なくとも戦前の
日本人は政治に対して無関心ではなかったことはいえるでしょう。
それは、自分の国に対する責任を理解していたからだと思います。だから国も
国民の信頼を裏切らないよう、あらゆる方策を取っていたのではと思います。
不幸にして先の大戦に敗れはしましたけれど、「国民の国への信頼、国の国民
への責任」というのは、戦前・戦後に関係なく持ち続けなければならないもの
なのではないでしょうか。
それを教える教育こそが「歴史」なのではないかと思います。
「国民と国家との相互信頼」などというと「国家主義」というように批判され
るかもしれませんが、民主主義、社会主義に関係なく、「国家」の基本は国民
と国との信頼関係がベースです。
日本の場合、戦前においては、国と国民の信頼関係を強固にするその、そのシ
ンボルとして「天皇」が存在したのではないかと推測します。
次回は、その「天皇」について考えてみたいと思います。
= この稿おわり =
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この記事は、メールマガジン「縄文塾通信」2008年2月15日発行第290号に転載して頂きました。とても真面目で面白い、素晴らしい
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┌──────────「縄文塾通信中村忠之主幹のコメント」
ここ取り上げられている「公的精神」の欠如だが、本メルマガでも何度か紹介した、日・中・韓比較文学者の金文学氏が、教室
で化粧や携帯メールしている学生に注意したときに返ってくる言葉は、決まって「人に迷惑を掛けていない」だという。
氏は「公的空間と私的空間があり、キミのしていることは、洗面やトイレ・入浴などと同じ私的空間ですることだから、公的
空間に持ち込むべきではない」と諭すのだという。
おそらく「人に迷惑を掛けていないではないか」という言葉に反論できない教師は多いのではないか。ぜひ使って欲しい。
日本では歴史教育がなおざりにされている上、他国の視点で見た自虐的な記述が横行している。これでは自国に誇りも未来もな
くなって当然ではないか。教育改革を口にする以上、文科省は今学校における歴史教育と、それに連なる公的精神の充実を図る
べきではないか。
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┃ ┃ 読後アンケートの結果。
┗━┛ ◇ そうだこのとおり!(^○^) ----------------------------102人 (84%)
◇ そうではないと思う..(゜.゜) ------------------------- 10人 ( 8%)
◇ どちらともいえない..(-_-) --------------------------- 10人 ( 8%)
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┃ ┃ コメントボードに頂きました感想。
┗━┛ ┌──────────「ゆきさん」
選挙の投票率で測るのは疑問です。
当時の選挙権の資格も併記したらいかがでしょうか?
└──────────
▼
┌──────────「hideおじさんから」
仰せのとおり、選挙の投票率で国家に対する信用度を推測するのは、無謀かも
しれません。しかし、投票率で政治への関心度はある程度計れるのではないで
しょうか。
私の近くに、投票に行かないことを自慢している人がいます。「今の政治に満
足していない無言の抵抗だ」ということらしいですが、無言では何も伝わらな
いのは当然で、私からすると、行かないことへの言い訳にしか思えません。
大正14(1925)年に男子の普通選挙法(25歳以上の成年男子)が始まって以来
その最初の選挙となる昭和3(1928)年の衆議院選挙では、80%超の投票率、
そして、男女含めての普通選挙が始まった昭和21年では72%超、
それから多少の浮き沈みはあるものの、平成元年の直前まで徐々に下がり、平
成になると50%台というのがざらになってきます。政治に興味が湧かないと
もいいますが、国に対する責任感という意味では、投票率というのもひとつの
指針となりうるのではないかと私は思っています。
日本の普通選挙制度は明治22年から始まりました。
当初は15円以上の直接税を納めている男子に限られており、だんだん納税額
が下げられてきたとはいえ、限られた成年男子にしか参政権はありませんでし
た。これをもって民主主義とはほど遠く、ブルジョアには選挙権が与えられ、
プロレタリアートには与えられなかったといういわれ方もします。
しかしこのような、金持には参政権があり貧乏人には無かったというような簡
単なことではありません。ある程度の直接税を納めている、それは国民として
の責任自覚が強くあるかどうかという観点もありました。いくら税金を納めて
いても、華族の戸主、現役軍人、女性、公私の扶助を受けている者には参政権
はありませんでした。
このように納税やその地位によって制限されていたのは、日本だけでなく他国
でも多くみられたもので、「ある程度社会的責任を持てる人」という現実的な
面もあったことは理解しなければなりません。
現代のように、何時でもどこでも情報を得られる時代とは異なり、誰でも情勢
を把握できる世の中ではなかったのですから、制限無く参政権を与えるほうが
不正等公平を欠く恐れがあったという面も忘れてはならないでしょう。
戦後まで女性に参政権が無かったのは、確かに普通選挙制度の欠点だとは思い
ますし、また選挙権を持っている国民も少なかったかもしれません。しかし、
その少ない人数でも高い投票率であったということは、国政への関心が強かっ
たといっても過言ではないのではないでしょうか。
それより、女性を含め全ての成人に参政権が与えられているのに、それを有効
活用しないほうがさらに問題が大きいと思います。国政に対する責任感という
点でみると、現在は戦前より意識が希薄であるといえないでしょうか?
今、政治で話題になることは、公の問題より、個人に帰結する問題がより多く
取り上げられています。悪くいうならば、自分の損得なることには非常にセン
シティブだけど、みんなのこととなるとどうもいまひとつ反応が薄い。
やはりどこかで何かが違っている、と思うのですがいかがでしょうか?
└──────────
┌──────────「onestoさん」
小生もhideおじさんのお考えはその通りだと思います。否、当たり前だと思い
ます。しかし、反対票が10票あります。
この当たり前の事に対して反対だという人の意見、が聞きたいものです。
└──────────
▼
┌──────────「hideおじさんから」
「歴史」教育が全ての原因とは申しませんが、今言われるようなモラルの欠如
マナーの悪さは、やはり教育に問題があるのではないかと思っています。これ
は学校教育というだけでなく、我々の子供に対する教育も同様でしょう。
何より、親自身が子供に伝えるべき知識なり、考えが身についていなければ、
人間としての躾は難しいのではないでしょうか。
反対意見の中には、「教育とは別な原因である」と考えていらっしゃる方がい
ると思いますが、onestoさんと同じように、そのご意見是非伺ってみたいと思
います。
いろいろな意見があって当然ですし、私も大歓迎です。ただ、闇雲に歴史の反
省だけでは、本質は見えてこないと思うのですが....。
└──────────
┌──────────「Jan さん」
そうだその通り!に投票しました。
しかし、年金問題といい、税制といい、最近は国民を本当にバカにした施政で
はないですか。これでは政府を信用しろと言っても誰も信用しませんね。先ず
官僚から粛清しなくてはなりませんね。
中国の汚職がひどいと言っていますが、日本の官僚もこれに負けず劣らずひど
いものです。しかも!たまたま運悪くそれが発覚して、更にもっと運悪く国会
の証人喚問に引っ張り出されても、アホな議員の質問にアシを取られない様に
デレッとアヤフヤな回答しておけばそれで済んでしまう、というのがなんとも
やりきれないですね。
これも、どこかの国に操られている日教組の戦後教育の荒廃の結果と思うので
あります。
なんとかしなくちゃ、と言いながら、そんな常識のある人々が加齢とともにど
んどんいなくなって、ダラカン教育を受けた人々が社会のリーダーになってし
まったので、日本の急激な凋落が始まってしまったのです。
皆さん、2000年に世界第一位だった日本のGDPは、2006年では第何
位と思いますか。毎年どんどん凋落して、2006年は第18位ですよ。
2007年はたぶん、イタリア・スペイン・ニュージランド・ギリシャ・韓国
・メキシコに追い抜かれていることでしょう。日本はそれほど国力がメチャメ
チャになってきているのですよ。ODAどころではないのです。知っていまし
たか。
ただ、いずれにせよ世の中の仕組みはそう急激には変えられないので、日本の
凋落はとどまるところを知らず、私たちは数年後(数年後ですよ!)、膨大な借
金で破綻した政府をかかえ、途端の苦しみを味わっていることになります。
その中でなお、日本の官僚どもが作り上げた役人天国と公務員年金でぬくぬく
できていれば立派なものですが、歴史をみるとそれができているのが怖いです
ね。
└──────────
▼
┌──────────「hideおじさんから」
Jan さん、いつもコメント頂戴し、ありがとうございます。
何故、他人対しても国民に対しても無責任なことがまかり通るようになったの
でしょう。どうも「無責任」ということすら感じていないようにも思えます。
年金問題しかり、食品偽装しかり、建築物の耐震偽装しかり。昨年を一文字の
漢字で表すと「偽」というのですから情けないことです。
これら全て、「教育の問題」ということになると私は思っています。学校教育
だけでなく、家庭での教育にも大いに問題があるでしょう。「嘘をついてはい
けません」「他人に迷惑を掛けてはいけません」極々当たり前のことが、当た
り前ではなくなってきていることが恐ろしいです。
私は中国や韓国のことを批判的に言いますが、裏を返せば日本がしっかりして
いないからと思っている面もあります。国に対して無責任な国民、国民に対し
て無責任な国、いくら経済発展したといっても、国全体が無責任であれば世界
に対しても無責任になってしまいます。
こんな国にする為に、戦争で多くの国民が犠牲になったのでしょうか。私は、
これらの人たちに対して恥ずかしいと思います。
まず自分の国を知ること、そして憲法にも規定されている「公」の精神をいか
に養うか。根本的な教育の見直しが必要でしょう。
└──────────
▼
┌──────────「中村主水さん」
以下の内容に事実誤認があると思いますので、ご確認いただきたく。
┌--------
皆さん!2000年に世界第一位だった日本のGDPは、2006年では第
何位と思いますか。毎年どんどん凋落して、2006年は第18位ですよ。
└--------
「日本の2006年のGDPは世界18位」という箇所で、正しくは、「20
06年のGDPは世界第2位で、国民一人当たりのGDPは世界18位」‥‥
だと思います。
国民一人当たりのGDPが高いのは、人口の少ない欧州の国が多いです。
ーーーそれ以外の点につきましては、Janさんのご意見に賛成です。
└──────────
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┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
Jan さんも割と興奮しやすい熱血漢でございますので、勇み足ですね。
編集のほうでもウッカリ見落としで、失礼いたしました!
ご指摘ありがとうございました。<(_ _)>
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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