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私見時事論談 ―――――――――――― by hideおじさん

☆ 新しい教育勅語の必要性 ――――――――――――― 2007/11/09
読者のみなさまは「教育勅語」というものがあったことをご存知でしょうか。

「日の丸と君が代」に続き、「教育勅語」も復活させようなどという気持ちは
毛頭ございません。「何をいまさらこんなカビ臭いものを」と思われるかもし
れませんが、しかし、この教育勅語というのをじっくり読んでみると、今でも
通ずるもの、また

ともすれば忘れがちな、最低限のマナーを思い起こさせてくれるものじゃない
かと思います。私は、現在の日本人に足りないものは何かというと、この「教
育勅語」に表される精神ではないかと思います。

ある大学の学長は「カトリックの倫理要綱と同じである」と発言されています
し、ある私立学校では、この「教育勅語」を教材に取り入れているところもあ
ります。

日本人というのはどうあるべきか、どういう生活規範が必要なのか、そういっ
た根本的なことを教育の柱としてこなかったことが、世界に尊敬されない日本
人を輩出しているのかもしれません。

「精神」などという言葉を持ち出すと、いかにも仰々しいですが、自分のこと
だけを考えるのではなく、みんなの為に頑張りましょう、ということではない
でしょうか。

「教育勅語」の原文は読みにくいと思いますので、現代文に変えたものをご紹
介したいと思います。
┌──────────
私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本
の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全う
して、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあ
げて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりま
せんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。

国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助
け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自
分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、

学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会
公共のために貢献し、また法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の
発生の場合は、真心を捧げて国の平和と安全に奉仕しなければなりません。

そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく
また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらに
いっそう明らかにすることでもあります。

このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければ
ならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり

また日本ばかりでなく、外国へ行っても間違いのない道でありますから、私も
また国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるよう
に、心から念願するものであります。
└──────────
〜国民道徳協会訳文による(明治神宮HPより)〜

この教育勅語は、1890年山県有朋内閣時代に作成されたものですが、儒教
の影響を受けており、また「立憲主義に従えば君主は国民の良心の自由に干渉
しない」ことを前提として、且つ宗教色を排することを企図して作成されたも
のと言われています。

これを英訳したところ、イギリスをはじめ各国から評価され、なかには自国の
教育方針の参考にしたという話もあります。

西園寺公望らは「国家中心主義に偏り過ぎていないか」と疑問を呈し国際貢献
を含めた第2教育勅語を作ろうとしたこともありましたが、立ち消えとなり、
終戦まで日本の教育方針の中心として続きました。

戦後GHQは、この「教育勅語」は軍国主義を教えるものとして廃止勧告を出
し、日本国会で廃止が決定されました。それ以降、新しい学習指導要領に沿っ
て教育が行われていくのですが、「道徳」という科目は残ったものの、「教育
勅語」のようなものは作成されることはありませんでした。

私は、この文を読んで何の違和感もなく、至極もっともだと思っているのです
が、日の丸と君が代が批判されるように、教育勅語も一般的には「軍国主義教
育の象徴」としか評価されておりません。

たしかに私の父母の時代には、入学・卒業式、またその他行事の際に校長先生
が教育勅語を読み、普段も暗唱させられていたそうですし、ご真影とともに必
ず頭を下げなければならなかったということですから、やり過ぎという感も否
めません。

しかし、夫婦・兄弟(姉妹)仲良く、友達を大切に、一生懸命勉強して、知識や
人格を磨きましょう等々の内容は、まさにそのとおりと言いたくなるものだと
思います。

いまさら「教育勅語」を持ち出さなくとも、当たり前のことを学校で教わるも
のじゃないと思いますが、それすら満足に教えられていないのが日本の現状な
のではないでしょうか。

これには多くの批判があることは理解しています。
┌--------
伝統的な日本の道徳感を天皇を介して国民に押し付けるもの。

国際社会における日本の役割については述べられていない。

「我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ」の部分は、神が国を作ったという神道
的な考えなのではないか。(皇祖は天皇家の先祖という意味であり、結局天皇
に仕えろということだ)

「臣民」という言葉が出てくるが、天皇の臣民という考えを押しつけるもので
はないか。

「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」の部分をと
りあげて、戦争が起こったら兵隊に行って戦い、皇国の繁栄に尽くすべきだと
教え込んでいる。

教育勅語は「天皇崇拝の儀式」と結びつけて使われてきた過去があるので問題
ではないか。
└--------
等々、批判は数限りなくあります。

確かにこの「教育勅語」をそのまま現代に持ってきては不釣合いな文章がある
のは確かですが、よく批判の対象に上げられる「非常事態の場合は公共(国)の
安全と平和に奉仕しなさい」という部分は、至極当然のことであり、非常事態
でなくとも公共に奉仕するというのは現行憲法にも通じるものだと思います。

これをもって、軍国主義に繋がるとか戦争賛美だという意見には賛同できませ
ん。
起案者の一人であった井上馨は「特に兵役と結び付けているものではない」と
いう趣旨の発言を行っています。「軍国主義に繋がるから」というのは、あく
まで占領軍であったアメリカの言い分であって、全く日本の文化を理解してい
ないことからくる誤解であると思います。

とにかくGHQは、「二度とアメリカ(白人)に刃向うことのない国」にしよう
としていたのですから、中身など関係なかったのでしょう。

この「教育勅語」を、このまま復活したほうが良いとは申しませんが、言わん
としてことは、現在の教育現場でも生かせるのではないでしょうか。

現在日本の学校では、「学級崩壊」「モンスターペアレンツ」などという言葉
が流行っていますが、その原因を探ると「教育」がまるで国からのサービスの
ように勘違いしているからではないかと思います。

税金を払うこと、それは国民の義務であるにも係らず、まるで対価を払う消費
者のような感覚になっているのが、必要以上の学校に対するクレームであった
り、その姿を見ている子供たちが学校や先生に対して感謝という気持ちが持て
ないことが原因ではないかと思います。

1970年代、80年代の中で教育を受けてきた私たち世代は、個人主義が叫
ばれている時代におかれ、制服や校則などに反対し、最終的には規律や権威と
いうものを軽んずる風潮に陥ったことも影響しているのかもしれません。

公教育には欠かせない要素を次々と排除してきた結果が、社会的躾を学ぶべき
学校を「学力」だけの場所に貶めたのかもしれません。現在では、その学力で
さえ危うくなってきており、小学校から塾に通って勉強しなければならないと
いう摩訶不思議なことが常識になっています。

学校格差が生まれ、親の言いなりになる学校、必要以上に教育現場に介入して
くる親たち、本当に子供のためにと思っているのでしょうか。

単なる「教養」ではなく、学校でなければ得られない知識もあります。家では
教えられない、人としての素養や行動、そしてお互いを思いやる気持、人間と
して身につけていなければならない「知識」がおざなりになっているのが現代
日本ではないでしょうか。

今こそ新しい「教育勅語」が必要とされているのではないかと思います。

このことを理解する子供たちが育たない限り、自虐的で何のプライドも持てな
い国民から脱することはできないのではないでしょうか。

                        = この稿おわり =
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┌──────────「大原さん」

わたくしは教育勅語時代育ちのせいか、納得できます。

└──────────
 
┌──────────「hideおじさんから」

「教育勅語」世代のこと、改めて父母から話を聞いてみたいと思いました。

私個人としては、今の、「お金があることが何より優先」されていて、それが
人間としての「価値」であるかのような風潮には納得がいきません。貧乏人の
やっかみかもしれませんが、お金が無くとも遊べること、学べることがたくさ
んあります。

子供時代、北海道のど田舎で育った私ですが、今から思えば、野山を駆け回っ
たり、海で遊んだりしたことで身に着けたことが、何よりの教養だったと思っ
ています。

単なる「知識」や「学力」ではなく、「人間力」を「教育勅語」は教えてくれ
たのではないでしょうか。現代日本でも、尊敬される人の多くは戦前の人たち
です。何故なのか、世の教育者たちに考えてみてもらいたいものです。

└──────────
┌──────────「onestoさん」

戦前、学校の何かの式で、校長先生が木箱から恭しく巻物を取り出し、朗読し
ていた記憶が蘇った。当時は意味が分からず、退屈な時間であった。“ギョメ
イギョジ”で終わるとホッとした記憶がある。

しかし、この勅語の内容は、今の世でも必要なことである。ただ教えるだけで
なく、身体に浸み込ませる必要があると思う。そうすれば、子が親を、または
親が子を殺めるといった事件、又は権力のある地位を利用して、業者の接待ま
みれになるような事件等も減るのではないか。(考えがチヨット甘いかな‥‥)

└──────────
 
┌──────────「hideおじさんから」

わたしの父は台湾の国民学校を卒業し、母は朝鮮の国民学校を卒業しておりま
すが、父母から聞いた話とonestoさんのお話は全く同じです。

父は、「なんだか難しい言葉で良く分からんかった」と言っておりましたが、
「親孝行しなさい」「兄妹は仲良くしなさい」「友達を大切に」「勉強に励み
なさい」というのは分かったそうです。

ただ、当たり前のことをなんで天皇さまが言うのかな、と思ったそうですが、
今はその当たり前が当たり前で無くなってきていることが問題ではないでしょ
うか。

おっしゃられるように、「教育勅語」という形でなくとも、人としてどうある
べきかを、学力の前に教えなければ、命の大切さも、社会的マナーも知らない
ままになってしまうのではないか、と思います。

└──────────
┌──────────「akaky さん」

無知故に、或いは煽動者故に、教育勅語と聞いた瞬間に考えることをやめて、
ただただ拒絶する者たちが大多数を占めている以上、この言葉を出すことは徒
[いたずら]に世論を刺激するだけで、思ったような果実を得られないように思
います。

この名前を出さずに、実直果敢に行動を示すリーダーが現れ、善導し教化して
いった果てに、「実はこれらはすべて教育勅語の精神だった」となるのが理想
と小生は考えます。

臆病、ではなく、望むものを得るための戦術として――――。

└──────────
 
┌──────────「hideおじさんから」

単に「教育勅語」というと、仰る通り中身を理解せず反射的に「反対!」とい
う人が多いでしょうね。「勅語」というのは「天皇のお言葉」という意味です
から、これを現代に持ってきてもすんなりと受け入れられるとは思いません。

私の意見としては、「教育勅語」という言葉はともかく、この意味するところ
を現代風にアレンジして、教育の基本とすべきではないかということです。

現在の学校教育の基本である「学習指導要領」には、何をどのように教えるか
が中心であって、人としてどうあるべきか、国際化において日本人はどうある
べきかが、全くといっていいほど抜けています。

勉強ができるに越したことはありませんが、勉強が不得手であっても人間とし
て尊敬できる人のほうが、今の日本には必要ではなかろうかと思います。

このままでは、学力も中途半端、人間としても中途半端なままで、日本が日本
らしく振舞えるようにはならないと思います。

現状を変えるには、akaky さんの仰るような意見もあるでしょうし、カリスマ
性に富んだ人物が現れて、強力に現状を変えていく、ということも考えられる
でしょう。しかし、今の日本人にそれを望めるのか?という疑問もあります。

「日本を変えにゃいかん!」それには、親が変わらなければならないのではな
いでしょうか。今、私たちは、自分の子供がどうなって欲しいか、心底考えて
いるのでしょうか?

世間的に羨まれる職業について、そこそこお金持ちになることが「成功」であ
ると考えてはいないでしょうか? 勿論、お金があったほうが良いのは当然で
すが、「お金には代えられないものがある」ということも、子供たちに教えて
いかなければ、実直果敢な行動を示すリーダーも現れないのではないかと危惧
します。

└──────────
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