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私見時事論談 ―――――――――――― by hideおじさん
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| ☆ 神道と靖国(4) ――――――――――――――――― 2007/10/05
では、いわゆる「A級戦犯」を祀っているからなのでしょうか?――――もし
もそれが理由であるのならば、「政教分離」の問題とはぜんぜん違うのではな
いかと思います。「靖国神社」はテロや暴力的なカルト宗教団体ではありませ
んし、国民生活に不安を与えることもない、今はただの1宗教団体にしか過ぎ
ません。
ましてや、あくまで中立の立場を貫くため「神社本庁」=日本中の神社の総ま
とめ団体)にも加盟していません。そうした単なる宗教団体を批判、排除する
運動こそ「宗教弾圧」であり、憲法に保障されている「信仰の自由」を侵すも
のではないかと思います。
今は、まるで靖国神社が戦争犯罪を神聖化し、戦争犯罪人を神として崇めてい
るかのような言われ方をされますが、そのようなことはありません。ましてや
「侵略戦争の指導者を祀る神社に首相が参拝するということは、侵略を正当化
し、戦争責任を曖昧にして、偏狭なナショナリズムを刺激する」ということも
ピント外れだと思います。
何故なら、靖国神社は「東京裁判の有効性」を否定したり、「侵略の事実」を
否定したり、「A級戦犯は犯罪人ではない」という見解は出しておりますが、
戦争犯罪を神聖化しているとも、戦争犯罪人も神としているなどとはひと言も
言っておりません。軍国主義を肯定したり、戦争を賛美しているわけでもあり
ません。
靖国がいわなくとも「合祀」すること自体が「神」としているのだ、と反論さ
れるかもしれませんが、そもそも、他の宗教の「神」の理解で神社の「神」を
同一と理解するのは間違っていると思います。
例えばキリスト教の神は「God 」でありますが、日本での神は「畏敬の念」深
い尊敬をあらわす「Venerate」のほうが日本人の感性に合うと思うからです。
また、合祀は特定の歴史観・戦争観に基づくものではありませんし、慰霊・追
悼ということと、歴史批判というものは別次元のものだと思います。
ーーーいわゆる「A級戦犯」というのは何なのでしょう?
みなさんご承知のとおり、A級というのは、単純に「罪の重さ」を表すもので
はありません。――――項目Aの「平和に対する罪」を表しているだけなので
すが、
ただ、一般的には「平和を犯すことが重大である」という認識から、下された
刑も重く、その責任も大きいと捉えられています。
しかし、A級のメインテーマであった「侵略戦争への共同謀議」ということは
立証できておらず、この点においてのみ、全ての容疑者には当てはまりません
でした。
一般的には、合祀されたA級戦犯だったという人は、死刑になった方と公判中
に亡くなった14名を指していますが、あくまで戦争、またはそれに順ずる形
で亡くなった方として祀っています。
同じA級戦犯であっても、岸信介氏を代表に、死刑にならなかった人たちは靖
国に祀られておりません。同じく松井石根氏のように、A級戦犯容疑とされな
がらも、A項目では全て無罪とされ、B級容疑の「監督責任」で処刑された人
は合祀されています。
ご存知のように松井石根氏は、あの「南京大虐殺」時の南京現地指揮官であっ
た人です。ナチスのホロコーストと比較される南京ですが、その第一の責任者
であった松井氏でさえ、結局A級にはあたらなかった訳ですから、A級が良い
とか悪いというものではありません。
連合国側からも「A級とするのはおかしい」とされた方もおりますし、孫文を
敬愛し、民族主義を排して日中提携を追及していた人もいます。東京裁判の裁
判長であったウェッブでさえ「死刑宣告されるべきではない」と発言したり、
フランスのベルナールは「天皇が免責されているのに共犯である被告を裁ける
のか」と疑問を呈した人もいます。
このように、A級戦犯とされる方でもいろいろな人がおりますし、当時でさえ
いろいろ解釈されていたのですから、それを「A級戦犯は第一級の責任者」と
単純に考えるのは誤りであると思います。
ここでは東京裁判の有効性については述べませんが、戦犯とされた方々がどの
ように赦免・減刑されたのか、刑死者が殉教者と認められるに至ったか、簡単
にまとめてみたいと思います。
1.戦犯とされた方々の赦免・減刑の動きは、キリスト教精神に基づいてフィ
リピンから発せられた。
2.講和条約締結後、日弁連などの民間団体が戦犯赦免の署名運動を展開した
こと。
3.「2」に動かされ日本政府が勧告し、連合国側が動き出したこと。
4.インドと台湾=国民党政府)が、欧米各国に先駆けてA級戦犯釈放を承認
したこと。
5.「戦犯にも恩給を」という国民の強い要望から恩給法が改正され、刑死を
公務死と認めたこと。
6.国民の要望を受けて、厚生省が沖縄・ひめゆり部隊を軍属と認め、靖国神
社に合祀されたことが、幅広い合祀の先鞭をつけたこと。
7.アメリカは最後まで慎重だったが、昭和30年にA級戦犯釈放を承認した
こと。
8.なにより世論(朝日新聞でさえ)が同情的であったこと。
以上をひとつひとつ詳しく説明すると長くなりますので省略しますが、なによ
り当時の日本人が戦犯とされた方々に対して同情的であったことが大きかった
と思います。朝日新聞でさえ「置き去りの戦犯家族」という見出しの記事を載
せ「援護法」の適用が受けられない遺族をかばうような態度でした。
昭和28年に軍人恩給の復活を含む恩給法改正が決められましたが、そこでも
戦犯とされた方々は対象外になりました。しかし、国民からの要望が強く、翌
29年にはさらなる改正案が提出され、可決されることになっていきます。
当時でも反対意見がたくさん出されていて、社会党からは「国民感情が許さな
い」と反対され、政府筋からさえ「戦犯なるがゆえにその家族を優遇するよう
な結果になるのは対外的に問題だ」という声も聞かれました。
担当である恩給局も「戦犯者の刑死・獄死が在職中の公務死と見なせるのか問
題視している」と発言しています。その一方で、「しかし国会の多数の意思が
戦犯者を殉難者とみるのは時の流れとみる向きもある」とも説明し、徐々に戦
犯の「刑死」は「公務死」と見なされる流れになっていきます。
そして昭和30年になり、朝日新聞が沖縄・ひめゆり部隊の靖国神社合祀につ
いて「悲惨をきわめた学徒兵の死を悼む国民から「靖国の社頭に」と望む声が
強く上がっている」と報道し、これらの声を受けて厚生省は、調査を重ね軍属
として認定し、靖国神社への合祀となりました。
この時の合祀には「ひめゆり部隊」が含まれており、厚生省も「やがて軍人、
民間人を問わず祀られることになるだろう」と語ったとあります。
この年、恩給法を含む戦争犠牲者関係3法の改正があり、戦争刑死者などの合
祀が考慮される動きとなっていきます。この改正にも反対の声があがりました
が、それは財政論的な視点からの反対であり批判ではあったものの、
左翼陣営からの「軍人は戦犯で、国民は被害者であるというようなひねくれた
見方には反対である」という意見にみられるように、少なくとも当時はA・B
・C級の区別なく戦犯赦免・靖国神社合祀が国民にとって自然の流れだったこ
とがうかがえます。
ともすればA級戦犯合祀は、国民の感情を無視して政府と靖国神社だけで行わ
れたように思われがちですが、実際は戦後10年経った頃の世論は、戦犯であ
ろうとなかろうと合祀しよう、という雰囲気であったことを理解しなければな
りません。
それを今になって、「憲法違反だ」「戦犯合祀は許されない」とか「戦争美化
だ」「軍国主義の復活だ」などというのは、おかしな話ではないでしょうか。
「民主主義」「民主国家」が大切であるというのであれば、当時の日本国民の
多数が「差別なく祀ろう」と決めたことを尊重すべきではないでしょうか。そ
れこそが民主主義というものなのではないのでしょうか。
A級戦犯だった方々の合祀について紆余曲折があり、合祀が決まってからも神
社側が躊躇していた様子も伺えますが、国民を騙していたわけでもありません
ので、神社を責めても仕方ないでしょう。個人的に「それでも許せない」とい
う方もいると思いますが、
それは、個人の意見として耳を傾けなければならないのかもしれません。しか
し、いまだ戦争の傷跡も生々しく、また戦争を体験し悲嘆をなめた人々が大勢
を占めていた時代に合祀への動きがあったという事実は、現在の私たちも真摯
に受けとめて、尊重しなければならないのではないかと思います。
= この稿つづく =
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┃ ┃ コメントボードに頂きました感想。
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┌──────────「さぶろうさん」
これは難しい問題で、良く調べられていると感心します。絶対の正義がない如
く、この問題には絶対の真理もありますまい。戦前、戦中は靖国神話(死んだ
時は靖国で会える)も背景として特攻作戦まで可能になりました。
今はそのような状況にはありませんが、今後どうなるかは判りません。もちろ
ん、そうならないことを祈っておりますが。
└──────────
▼
┌──────────「hideおじさんから」
さぶろうさん コメントありがとうございました。
私の叔父は昭和20年5月11日、鹿屋航空基地から沖縄へと向かいました。
後3ヶ月我慢してくれれば生き残ってくれたかもしれないと思います。しかし
叔父の遺書を読むと、天皇陛下万歳よりも家族のこと、自分を育んでくれた故
郷のことが面々と書き綴られていました。
その心優しい叔父が祀られている神社を、まるで悪者扱いするようなことは許
せないのです。
確かに特攻などという作戦は、もう作戦ではありません。当時においても多く
の批判がありましたが、その作戦を立案した人にすべての責任を負わせるのは
どうかと思います。
A級戦犯も然り、私たちは彼らにすべての責任があるように捉えて、自分たち
の責任を回避してはいないでしょうか?私は、戦争責任というのであれば、そ
れは国民全体で背負わなければならないものと思います。
限られた情報、教育の問題等はあったのでしょうが、あの大戦を支持したのは
他ならぬ日本国民であったはずです。それを一部の戦犯や靖国神社に負わせる
ことはフェアではないと思います。
我々すべてが、多くの犠牲の上で今の生活を営めるということを忘れないため
にも、日本の文化である神社を忘れてはならないと思います。
└──────────
┌──────────「あ〜さん」
hideおじさんに質問です。大戦で日本側の最高責任者とされた昭和天皇は靖国
参拝を止めましたが、宮内庁の中からも天皇の考えなどがリークされはじめま
した。このあたりはhideおじさんはどう考えますか?
正直言って私は、宮内庁関係者からのリークで頭の中が混乱しています。
└──────────
▼
┌──────────「hideおじさんから」
あ〜さん いつもコメントありがとうございます。
きっと昨年8月に出された故宮内庁長官富田朝彦氏の「富田メモ」のことを仰
られていると思いますが、私はこのメモの真偽を判断する材料はありません。
現物を見たわけでもありませんので軽々しいことは言えませんが、富田氏がわ
ざわざ虚偽のメモを残すということは考えられませんし、昭和天皇がなんらか
の批判的意見を述べられたのは確かかもしれません。
しかし、あくまでメモですから、その前後の会話の流れを見てみないと、どの
ようにして批判的な意見を述べられたのかは分からないと思います。
もし、報道であったような単純に「A級戦犯が合祀されているから行かない」
と仰られたのであれば、昭和天皇はずいぶん無責任だなと思います。天皇も人
間ですから、好き嫌いはあるでしょう。
しかし、昭和天皇の一連の言動をみてみると、安易に個人名を出して批判的な
お言葉を述べられるとは思えません。やはり、なんらかの話の流れの中で批判
的な意見を述べられたというのが自然ではないかと私は考えます。
畏れ多いですが、昭和天皇にも戦争責任が全くないとはいえないでしょう。個
人的な意見はあったでしょうが、やはり帝国憲法下において陸海軍の統帥権を
持っておられた訳ですから、自分を差し置いて戦犯を云々言うことは天皇たる
発言とは思えません。また神道の大元でもある天皇が、神社に行く行かないを
個人の気持ちで決めることも不思議です。
終戦後すぐに昭和天皇は、自分が退位することで戦犯はなんとかできないかと
おっしゃられたことがありましたが、そのお気持は虚偽ではないと思います。
天皇は個人的な意見や気持ちで行動することはしないと言われています。宮内
庁がスケジュールを管理し、それに則って行動する訳ですから、靖国神社参拝
も「嫌いな人が合祀されているから行かない」と言ったとしても、宮内庁はそ
れを認めないでしょう。
とすれば、逆に宮内庁からなんらかのサジェスチョンがあって、昭和天皇が自
分自身を納得させるために発言されたものかもしれません。
個人的にいえば、靖国神社に天皇陛下が参拝されることは大歓迎ですが、お気
持がないのに無理に参拝されることは必要ないと思います。これは国民全体に
もいえることで、参拝したい人が行けばよいことであって、無理強いしても英
霊が喜ぶとは思えません。
ただ単純に「靖国神社」を戦争賛美の中心とか軍国主義の象徴というような決
め付けをせず、戦争で亡くなった方々、多くの犠牲の上で現在の日本の平和が
あることを静謐に思える場所、という考え方をしたいと思っています。
└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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