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私見時事論談 ―――――――――――― by hideおじさん

☆ 神道と靖国(3) ――――――――――――――――― 2007/09/28
たとえば平成14年アメリカ大統領が来日し、明治神宮を参拝しようとしたこ
とで、カトリック教会は当時の小泉首相に対して、「カトリック正義と平和協
議会長・松浦悟郎司教」の名前で「参拝中止」を文書で申し入れました。

「憲法が定める信教の自由・政教分離原則に違反する」「宗教を外交の、外交
を宗教の手段として利用することは許されない」というのですが、批判の矛先
は、直接は関係のないはずの首相の靖国神社参拝にまで向けられました。

結果、大統領だけ明治神宮を参拝して、日本の首相は参加しないという異例の
こととなり、逆に「国際儀礼上失礼」との批判を受けました。

同じ論理に立つなら寺院参詣も「憲法違反」になるはずで、キリスト者は「中
止」を要求すべきですが、その後の金閣寺参詣には何らの抗議も起こされてい
ません。また、中国・韓国の靖国参拝への非難については何も言ってはおりま
せん。

日本国内のことですから外国は関係ないという認識なのでしょうが、自国には
「宗教を外交の、外交を宗教の手段して利用するな」といっておきながら、他
国が言うのは問題ないという態度は一貫性がないように感じます。

何故なんだろうと考えると、それは反対活動が、護憲の政治的信念に発してい
るからではなく、異教を攻撃的に排撃する一神教的発想から、憲法を神道攻撃
の道具に利用しているからではないのだろうかと思ってしまいます。それとも
他に理由があるのでしょうか?

たとえば平成17年の「戦後六十年」に際して、日本のカトリックは今年の元
日まで「平和キャンペーン・今こそいかそう平和の宝」を展開しましたが、こ
のために日本司教団が発表した「平和メッセージ・非暴力による平和への道」
には、

「この春(平成17年春)、特に中国・韓国では、反日運動がこれまでになく激
しかった。その背景の一つには日本の歴史認識、首相の靖国神社参拝、憲法改
正論議などの問題が挙げられる」などと神道批判、靖国神社批判が繰り広げら
れました。

「憲法の政教分離は天皇を中心とする国家体制が、宗教を利用して戦争に邁進
したという歴史の反省から生まれた」とも述べています。しかし、戦後のバチ
カン声明にもあるように、靖国参拝は「文化」として捉えているわけで、特段
宗教的なものと考えてはおりません。

またGHQとて、「神道指令」は有効ではあるけれど「時代に合わない」とま
でいっているにも係らず「国家が宗教を利用して戦争に邁進した」という認識
は釈然としないものがあります。――――本家であるバチカンが「OK」して
いるものを何故「NO」というのか、「聖書」より「憲法」が大切なのか理解
できません。

当然、教会の「平和メッセージ」に対して根本的な疑問を投げかける一般信徒
もいました。「宗教者の目から見て、一国の指導者が戦歿者に敬意を表し平和
を祈念するのは正義に合致していないのか」「厳格な政教分離解釈を指示すれ
ば、教会は無宗教、無信仰の立場に与[くみ]することにならないか」。

このような信仰的な真摯な問いかけに対して、日本のカトリック教会はどう答
えるのでしょうか? 自分だけを蚊帳の外において「神道」だけを批判する態
度は、憲法を利用した攻撃と考えたくなります。

では、あの戦争を象徴する神社だからいけないのでしょうか?

それも私には納得がいきません。何故なら、大好きな坂本竜馬や幕末の志士も
靖国に祀られていますが、特別戦争とは関係ありません。靖国にはなにも戦争
で亡くなった軍人のみではなく、戦争で亡くなった一般人も数多く祀られてい
るのです。

靖国神社の成り立ちをみると、決して戦争賛美の為に建てられたものでも、戦
争を美化する為に建てられたものではありません。あくまで国に殉じた方々を
「祀る」為に建てられたものです。

殉国者を国家が慰霊・追悼するのは当然の責務であり、歴史的に機能してきた
靖国神社に対して国の代表者が表敬するのは至極当然のことではないでしょう
か。

日本人の感覚として、国ではなくとも、その土地、その地域の為に身を捧げた
人を、その土地の守り神として祀るということは普通に考えられることですし
その人をいつまでも忘れないという意味合いで「祠」を作ったり「神社」を建
てたりするのは、日本古来の文化からすると至極当然の形ではなかったのでは
ないかと思います。

靖国とて同様に、あくまで日本人の感性として「神社」という形式をとりなが
ら、国に殉じた方々を敬い、何時までも忘れないために存在する、と私は理解
しています。

「英霊」という言葉で軍人をヒーロー扱いしていると思われている方もおられ
るかもしれませんが、英語ではあくまで「 The spirits of dead solders」で
あって、「Hero」でも「God」でもありません。

勿論、日本語と英語を単純に比較するのは無理があるかもしれませんが、戦前
の軍人、一般人も含めて、靖国に祀られることは、「名誉」とは思っていても
「神様」とか「英雄」などという認識は薄かったのではないかと思います。

靖国神社がよく説明されるのは「ここは、亡くなった方々とお会いするところ
です」というのが、一番しっくりする説明だと思います。

私の叔父も海軍特別攻撃隊で戦死し靖国に祀られておりますが、だからといっ
て私の家族は、叔父のことを「誇り」にこそ思いますが、ヒーローとも神とも
思っていません。祖母が初めて靖国に行った時に、「やっと会いに来たよ」と
いったその言葉が遺族の本当の気持ちだと思っています。

改めてみなさんに考えて頂きたいのは、日本人として、日本の文化と照らし合
わせてみて「戦争で亡くなった方々」また「国に殉じた方々」に対して丁重に
敬意を表する物理的な形として何が最適だったのかということです。

私は、その形として最大の敬意の表現が「神社」ではなかったのかと思ってい
ます。特に戦前の日本人には、「神社」という形が最初に思い描くものだった
のではなかろうかと思います。

その気持ちには、いわゆる「宗教」という概念は存在していない、日本古来の
「信仰」という文化が自然に表現されたものだったのではないかと思っていま
す。

遊就館の展示は「大東亜戦争を正当化・美化している」だから靖国神社は良く
ないのだという意見がありますが、私個人としては、いうほどのことでもない
と感じています。私が高校生のころの日本史教科書(山川出版)の記載と展示の
説明を比べても、特別美化しているようには感じませんでした。

30年ほど前の日本史教科書でも、大東亜戦争(太平洋戦争となっていました)
は否定的に書かれていましたが、それでも何故このような道を進むことになっ
たのかは、客観的に判断できるような授業を受けた記憶があります。

ですから、遊就館の展示説明を読んでも「ああ、そういう見方もあるのね」と
いう程度です。

確かに「大東亜戦争」を意義のあるものと説明しておりますが、戦争自体を肯
定している訳ではありません。何故このような戦争に突入することになったの
か、展示物を丹念に見ていけば自ずと答えは出てきます。靖国神社が言わんと
していることも理解できると思います。

それは、戦前の日本を全て肯定することでもなく、軍国主義や戦争を賛美して
いるものではありません。靖国神社はあくまで殉国者を祀っているのですから
「大東亜戦争」には意義があったとするのは当然であって、それを否定してし
まったら、殉国者たる意義というか資格さえ失ってしまうことになるのではな
いでしょうか。

遊就館の展示物は、大きなもの以外、各ご遺族からの依頼や神社側からのお願
いで展示されているものがほとんどです。その遺族の気持ちとしては、戦争の
正当化とか美化という意味で展示をお願いしたわけではなく、こんなに辛い戦
いをした人たちをいつまでも忘れないでほしい、という気持ちではないのかと
思います。

一方では、厚生省(現厚生労働省)が遺族に働きかけて展示物を集めた、という
反対もありますが、遺族としては、亡くなった方々は決して無駄死にではなく

単純に今の日本の平和の為に戦った人たちであり、いつまでも忘れないで欲し
いという純粋な気持ちからのもので、国から強制されたり軍国主義を肯定する
ために協力したわけではありません。

とすれば、遊就館があるから靖国は軍国主義の象徴だと無理にコジツケする必
要もないと思います。何故なら、遺族の誰もが靖国を軍国主義の象徴だと思っ
ていないのですから。
 
                        = この稿つづく =
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┌──────────「ミカの赤い服さん」

hideおじさん、こんにちは。――――本で読んだ話で恐縮ですが、バチカンは
第二次世界大戦が終わった後に、地動説を唱えたガリレオ=ガリレイを『異端
者』として破門したことを取り消したそうです……。500年前のことなのに
本当に「何を今さら」と考えてしまいます。

西洋諸国=キリスト教国)が植民地を営むためにどれだけムチャクチャなこと
をしてきたかと思えば、日本のカソリック教会が神道や仏教を攻撃することも
なんとなく納得できてしまいます。

真面目な宗教家の方にとって、自分の宗教と違う考えや文化の人たちは、全て
異教徒で、極端にいえば人間でないものになってしまうのでしょうか。

「殉国者を国家が慰霊・追悼するのは当然の責務であり、歴史的に機能してき
た靖国神社に対して国の代表者が表敬するのは至極当然のことではないでしょ
うか」というhideおじさんの意見に賛同いたします。

└──────────
 
┌──────────「hideおじさんから」

私の勝手な解釈ですが、真面目な宗教家というものは他の宗教も尊重するので
はないかな?と思います。布教活動は大切なものでしょうが、だからといって
他宗教を貶めるような行為は、宗教本来の教えと異なるのではないかと思いま
す。

本来、その国その国によって文化風習が異なるわけですから、それを尊重しな
ければ余計な摩擦を生むだけだと思います。私はそんなに深く宗教を勉強した
わけではありませんが、その国の為に亡くなった方々を慰霊するのは、どんな
宗教にも関係なく行われるのが「正義」だと思います。

神道だから良くないとか、キリスト教だから、イスラム教だからといったこと
ではなく、その国の国民が静謐に慰霊するのを祈るのが本来の宗教ではないで
しょうか?それを批判するというカソリックの態度は、本来の教義から逸脱し
た、政治に絡む行為と写ってしまいます。

私は、この寄稿でみんなに靖国神社に参拝してもらいたいなどとは思っており
ません。神道も日本文化のひとつであり、何故日本人は「神社」にこだわって
きたのかを理解して頂ければと願うばかりです。

└──────────
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