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私見時事論談 ―――――――――――― by hideおじさん

☆ 日の丸と君が代(2) ――――――――――――――― 2007/08/24
国旗が「日の丸」で国歌が「君が代」だから戦争になった訳ではありません。
国旗や国歌を否定すれば平和が訪れるわけでもありません。「日の丸」「君が
代」そのものには何の「罪」もありません。

戦争にまで至った時代背景を無視してその「責任」を「日の丸」と「君が代」
に押しつけることは、「歴史を鑑にせよ」という言葉に反するものといってよ
いのではないでしょうか。本来誇るべき国旗と国歌を闇雲に否定するというこ
とでは何も生み出さないでしょう。

国旗・国歌に親しむことは、日本国民としての誇りと自覚を生み出すひとつで
はないでしょうか。そしてその自国に対する誇りと自覚こそが、国際社会にお
いての他国への理解と尊重を育むきっかけになるではないかと思います。

国際社会では、すべての国の(自国だけでなく他国のものも)国旗・国歌に敬意
を払うのが最低限のマナーになっています。その最低限のマナーさえ守れない
日本人が増えてきているのは何故でしょう。

日の丸と君が代の問題を語るとき、どうしても避けて通れないのが「日教組」
の存在です。日教組が果たした役割を全て否定するつもりはありませんが、現
在ある学校問題のほとんどはこの組織を抜きにしては語れないでしょう。

平成11年8月に「国旗および国歌に関する法律」が定められましたが、その
きっかけとなったひとつに、広島県の高校の校長が自殺したという事件があり
ます。入学式・卒業式に国旗掲揚・国歌斉唱をきちんと実施しようとした校長
を、日教組が執拗にイジメを繰り返し、自殺に追い込んだというものです。

その後も広島県では、小学校の校長が自殺、同じく教育委員会の次長が自殺と
悲しい事件が続きました。国会でもこれらの事件がとり上げられ、「日の丸」
と「君が代」に関する法律が作られるきっかけのひとつとなりました。

日教組はこの事件の原因を、「過剰な業務負担とストレスであろう」といって
おりますが、繰り返された組織的なサボタージュや、反抗という自分らの責任
を棚に上げ、「仕事」が原因とするその意識は、日の丸と君が代に責任転嫁す
る意識と通じるものがあります。

日教組が掲げる「反戦平和」という標語は、誠にもっともでそれ自体に反対す
るつもりはありません。しかし、彼らはいう「反戦平和」の教育というのは、
「日の丸」「君が代」の否定から始まる「国家」否定にほかなりません。

それは、既に崩壊してしまったマルクス・レーニン主義をいまだに求めている
ように思えます。自らは「親方日の丸」の保護のもと、その「国家」を否定す
るというのは、 皮肉にもなりません。

私からすると、「学生運動の夢」からいつまでも離れられず、子供を通して自
分の主張をゴリ押ししているとしか思えません。事実、日教組には、中核派、
革マル派、革労協の人間が多く入り込んでいます。学校だけでなく、官僚の中
にも学生運動にドップリはまっていた人間もいます。

普通の会社に就職できず、下手に頭が良いだけで役人になり、「内から革命を
起こす」などとふざけた発言をする人間もいます。そんな人間が「日の丸」と
「君が代」を否定しているのです。

日教組は、30年以上も前から「日の丸」は「天皇制国家主義のシンボル」、
「君が代」は「天皇制賛美の歌」であるとして、その歪んだ歴史認識に基づく
授業を全国の学校で行ってきました。

ある学校では、小学校1年から6年まで、年3回「中日15年戦争の中で『日
の丸』を先頭にしてどのような侵略が行われてきたのか、また、戦勝を祝して
演奏された『君が代』について、特に悪魔としてとらえた『南京大虐殺』の史
実から考える」という授業が行われていたそうです。

「日中」ではなく「中日」ということからも、どこの国の学校かと疑ってしま
います。こんな授業を小学1年生から行われたら、子供はどんな風に日本を思
うようになるのでしょう。

また、ある学校で「日の丸」と「君が代」を「否定的な意見もあるが、肯定的
な意見もある」と、いたって常識的な授業を行った先生が、日教組から執拗な
誹謗中傷を受け、最終的に10日間の授業停止という処分を受けるという、信
じられないことが起こってもいます。

こんな歪んだ授業の結果、東京のある小学校で、卒業式に「国旗・国歌法」に
基づき屋上に「日の丸」を掲揚した校長に対して、6年生の児童が「日の丸を
掲揚したことをあやまれ」と騒ぎだし、校長が「国旗を掲揚し国歌を歌いたい
人もいるんだよ」と諭したところ「戦争で多くの人が死んでいるからやめてほ
しい」と激昂しだし、「あやまれ!」「土下座しろ」という罵声を校長にあび
せかけた、という信じがたい事件もあったのです。

12才ぐらいの子供が、大人に対して「土下座しろ」などと言うこと自体、そ
ら恐ろしいことですが、何よりそれを止める先生が一人もいなかったという事
実です。まるでどこかのカルト宗教の洗脳かと思います。

たぶんこの児童たちは、普段先生のいうことを良く聞く模範的な子供だったと
思いますが、こんな授業を受けた子供が大きくなったら、どのような大人にな
るのでしょうか。

三重県の一部の小学校では、共産党の機関誌「赤旗」が授業の教材として使わ
れていたり、同じ三重県の小学生が残した感想文に、「天皇のことを歌った歌
が国歌であるのはおかしい」「侵略の旗印だった日の丸を国旗とするのはいや
だ」という声がありました。

国旗・国歌は、いわばその国のシンボルです。戦争の歴史に関わったものを全
て否定するというのなら、世界中の国も国旗・国歌を否定されるでしょう。こ
れは国家そのものを否定する「共産主義」の革命思想そのものと思えます。
それとも日教組は「共産主義」が「平和主義」とでも言いたいのでしょうか?

平成11年4月、ある小学校の入学式で、音楽の先生に国歌を伴奏するよう指
示したところ、その教師はその指示を拒否しました。そのため「戒告処分」と
なったのですが、当の教師は反省するどころか、裁判所に処分取り消しを求め
る訴えを出します。

一般社会(民間会社等)で、上司からの指示・命令を、正当な理由なく拒否した
ら「戒告処分」など当たり前、下手をすればもっと厳しい処分を受けるでしょ
う。
その教師は訴えの中で「君が代は日本の過去のアジア侵略と結びついている。
だから私は憲法で保障されている「思想・良心の自由」に基づいて伴奏を拒否
した。だから私は何も悪くない」といっています。

世間ではとても通用するとは思えない、私からすると「へ理屈」にしか聞こえ
ないのですが、当の本人はいたって真面目であるというところに逆に恐ろしさ
を感じます。

当然、最高裁でも教師の訴えは全面的に退けられましたが、教師は判決が下っ
た後、「自由に心の表現ができる音楽を否定し権力の道具に貶めるものだ」と
訳の分からないコメントを出しています。そんなに自由に音楽をやりたいなら
公務員などさっさとやめて、「ライブハウス」か「歌声喫茶(古い?)」にでも
行けばいいのにと思ってしまいます。

教師の多くは「地方公務員」です。地方公務員法には「政治的行為の制限」が
あり、以下のように規定されています。
┌--------
職員は、政党その他政治的団体の結成に関与し、若しくはこれらの役員になっ
てはならず、又はこれらの団体の構成員となるように、若しくはならないよう
に勧誘活動してはならない。

公の選挙又は投票において、特定の人又は事件を支持し、又はこれに反対する
目的をもって、左に掲げる政治的行為をしてはならない。
└--------

ところが山梨県では、民主党の議員の為に日教組加入の教職員がカンパ活動に
参加したということがありました。日教組加入の教職員が組織的に政治活動に
参加することは珍しくありません。教師の政治活動は他の公務員以上に厳しい
法律があるにも係らず、全く無視しているのが現状です。

日教組の組合員は、イギリスの福祉と同じように「ゆりかごから墓場まで」と
いうサービスを受けられます。共済にも入れるし、低金利でお金も貸してくれ
る、日教組が作った模擬テスト会社に、上手くすれば天下ることもできる。
組合経営の宿泊施設や結婚式場も安く利用できる。全く至れり尽くせりです。

現在は組合員数も減ってきているとはいいつつも、このようなサービスを受け
るために組合員になる教師もいます。一方、組合員になることを拒否したら、
ある日登校したところ机がなくなっていたとか、他の職員から無視されるとい
うイジメに遇うといったことまであります。

学校の先生たるものが、子供の模範となるべき教師が、平然と法律を破ること
が、自分だけの利益を考えるということが、どれだけ子供たちに影響を与えて
いるのか考えたことがあるのでしょうか。

J.S.ミルの「自由論」を持ち出し「通常危害を加えない行為は合法化され
るべきだ」(危害の原理)つまり他人に迷惑をかけない、自分にだけにかかわる
ことであれば、それは主権者として自分で決めてよいということから、少女の
援助交際を正当化する大学准教授もいるのです。

この準教授も、学生の頃は先生のいうことを良く聞く模範的な学生だったので
しょう。しかし、一般常識からすれば間違いであることは明白です。それが分
らない人間が「先生」としてまかり通っている日本は、いったいどうなるので
しょうか。

村山政権下で作られた学習指導要領のひとつ「ゆとり教育」は、長年日教組が
主張してきたものです。子供の自主性や、学ぶ意欲に任せるといったものです
が、それも大切でしょう。しかし裏を返せば、子供の自己決定権を拡大すると
いう発想です。

各地で制定されている「子供条例」も、学習指導要領の一環として生まれてき
たものですが、いうまでもなく、判断力が未熟な児童・子供は、自分の判断か
ら結果として自分自身を傷つけてしまうこともあります。それを上手く手を差
し伸べてやるのが親の責任であり、先生の仕事のひとつでもあるでしょう。

子供の権利の拡大だけを一人歩きさせているのが「子供中心主義」というもの
です。結果、給食費を払わない親、子供を朝起こしに来てくれと平然と頼む親
が生まれてくるのです。

だいたい、親のクレームに対応する為に先生が入る「保険」があるなんて、日
本ぐらいです。自己主張の権利だけ教えられ、道徳教育をほどこさなかった子
供たちが、本来、人として身に付けなければならない知識や規範意識が身に付
くはずがありません。

かの日教組も、普通の公立学校ではまともな教育がされないということを理解
しているのか、自分は公立の学校に勤め、子供は有名私立に通わせるといった
ことがまかり通っています。そんな無責任な教師に、本当に教育を任せていい
のでしょうか。

私が小学生だった昭和30年代から40年代は、日教組は80%を超える組織
率を誇っておりましたが、それでも今のような卑屈で歪曲された授業を受けた
記憶はありません。

それは、まだまだ世の中には戦争を体験した世代が多く存在し、また曲がった
ことがあったら叱る親たちも多かったのだと思います。そういった常識がまだ
存在していた時代であったからではないでしょうか。

近頃、子供が引き起こす悲しい事件や、自殺するという痛ましい事件が次々と
起こっています。何か「心が病んでいる子供が」増えてきているように思いま
す。一方でその子供たちのほとんどが「自己肯定感」を失っているそうです。

私の勝手な推測ですが、何も知らない子供の頃から「自国を否定」する授業を
受けていれば、それはともすれば「自分への否定」にも繋がって行くのではな
いかと思います。自分を否定するがゆえに自分の存在価値が見出せず、痛まし
い事件を引き起こすことになるのではないでしょうか。

もしそうであれば、そんな教育をしてもらうために、私たちは税金を払ってい
るわけではありません。義務教育だけで年間何十兆円も注ぎ込まれているので
すから、文部科学省も教育者も、十分認識してもらいたいものです。

繰り返しになりますが、「自国への誇りと自覚が他国への理解と尊重を生む」

この愛国心こそが、今の日本の教育に一番欠けているものだと思います。
 
                        = この稿おわり =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
この記事は、メールマガジン「縄文塾通信」2007年9月5日発行号に転載して頂きました。 とても真面目で面白い、素晴らしい無料マガジンです。購読申込みページはここをクリックして下さい。(←別のウインドウで開きます)
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└────────── ┌──────────「hideおじさんから」 爺様、コメントありがとうございました。ご質問ですが、日教組(日本教職員 組合)は、昭和20年12月、GHQの指令により「民主化」を進めるために 立ち上げられたものです。 教員の組合ということでみると、大正時代(大正デモクラシーの影響)に、東京 の成城小学校(現成城学園)において結成されたものが最初といわれています。 同時期に「啓明会」などが組織されましたが、その後治安維持法により弾圧さ れるという憂き目にあいました。日教組も、分裂など繰り返して今の姿になっ ていますが、現在でも大きな組織であることには変わりません。 爺様が仰るように、教育というのは非常に大切ですね。これは子供に限らず、 我々親たちも勉強して、いつでも子供たちに手を差し伸べることができるよう にしなければならないと思います。 「躾も教育も学校にマル投げ」という、今の親の態度も改めなければならない 問題だと思います。 └────────── ┌──────────「金ちゃんさん」 全くもって当たり前のことを、分かりやすくまとめて述べていただいたことに 感謝いたします。 国家100年の計は教育にあるのではないでしょうか。人種のルツボといわれ ている米国に住んでいたこともありますが、日本ほど、――――同質社会とい われながら(共通のルールで生活出来ない)異星人が野放しに大手を振るって いる国はないのではないかと思います。 こうした真っ当な考え方を広めていくためにも、大変参考になりました。あり がとうございます。 └────────── ┌──────────「hideおじさんから」 金ちゃんさん、学校の教育はもちろん、家庭での教育も大切ですね。前は、人 間としての教育は家庭で、社会の一員としての教育は学校でと分かれていたと 思うのですが、なんでもかんでも学校に任せてしまう親たちのあり方にも問題 があると思います。 「子供の意思を尊重する」というのは大変結構なことですが、裏を返せば「親 の責任逃れ」と捉えかねません。私たち大人はこの国をまともな姿で子供たち に受け渡して行かなければならない義務があると思います。 何でも反対することが民主主義ではありません。共通のルールの上で初めて民 主主義が成り立つわけですから、私たち大人もしっかりしなければなりません ね。 └────────── ┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃┃ コメントボードに頂きました感想。 ┗━┛ ┌──────────「縄文塾:中村忠之さん」 実に不愉快なことですが、日の丸をどこで買ったらいいのか分からない、とい う方も多いのではないでしょうか。広島市では、デパートの和服売り場が一般 的のようです。本来なら、文房具屋とか文具売り場が(最低限)妥当と思うので すが、情けなくなります。 国旗掲揚は、なにも学校や役所だけでなく、一般家庭で「旗日には掲揚」を実 行して欲しいものと思っています。我が家では(勿論小型ですが)必ず掲揚して います。ところが我が家から左右、なんとか見える範囲約200〜300mほ どの道の両側に、悲しいかな1軒も掲揚している家がありませんーーー。 以前何回か仕舞い忘れた事がありますが、そのうち2回ほど盗まれてしまいま した。自宅で掲揚してくれるのなら許せますが、おそらくは焼いたり破ったり されたものとしか考えられません。!地に堕ちたり日本の道徳心! 今後とも啓蒙の程、よろしくお願い申し上げます。 └──────────「メルマガ縄文塾通信」 ┌──────────「hideおじさんから」 お便りありがとうございました。 仰せの通り、「日の丸」がどこに売っているか知らない人が多いでしょうね。 買わなくとも持っているというのであれば良いのですが、ほとんどの方は買う つもりも用意するつもりもない、というのが現状ではないでしょうか。 近所で祝祭日に日の丸を揚げるのは、我が家以外ではお年寄りのお家ぐらいな ものでしょうか、ーーー何とも寂しい話です。 私の父は高校の教師だったのですが、教頭時代、家の前に日の丸を掲げたら、 組合員の教師らがクレームしに来たことがありました。父は頑としてクレーム を受け付けなかったのですが、それからのイジメはというと、それは酷いもの でした。 無視する、言うことをきかない、会議には出席しない、連絡しただろうという と聞いていないと答える、教育委員会への誹謗中傷、等々。あげくに、私の同 級生から「お前の親父って右翼なんだって?」と言われる始末。 自分らの主張を通すためには、なんでもありという姿勢は、子供ながらに理不 尽に思えたものです。これらの先生方、校長にはクレームしないのです。何故 なら校長のポストを狙っている先生は、校長推薦が無ければ「校長試験」が受 けられません。へたに校長に嫌われたら出世出来ないとでも考えたのでしょう か。 保身だけは長けている先生たち、なんとも情け無いものです。 今後ともご意見賜りますようお願い致します。 └────────── ┌──────────「kz−87さん」 こんにちは。kz−87と申します。(知る人ぞ知る〜 汗) 「日の丸」「君が代」を尊ぶのは当たり前だ。尊ばない者の気が知れん!けし からん!のような論調だったと思いますけど、 1.侵略の旗印だった日の丸を国旗とするのは嫌だ。 2.天皇の事をうたった歌が国歌であるのはおかしい。 3.「君が代」は、日本の過去のアジア侵略と結びついている。だから私は憲   法で保障されている「思想・良心の自由」に基いて伴奏を拒否した。 4.自由に心の表現ができる音楽を否定し、権力の道具に貶めるものだ。 私は皆さんとは違いまして、1〜4を「その通り!」と、少し前まで信じきっ ていました。 1〜3について、「日の丸」「君が代」でもって「進め!進め!」と(戦争に) 行かせたんでしょう?そして、侵略行為をしたんでしょう?(と教え込まれた) ・「君=天皇」だそうですけど「君=国民」ならば歌うけどなと(私は)思って  いました。 ・「君が代」は音楽的に正しくないそうです。 例:「さざれ〜(息継ぎをして)いし[石]の〜」と歌うでしょう。「さざれ石」 で一つの言葉なのに、途中で息継ぎをするのはおかしい。 4番目、「軍歌」というのはリズムが、タン、タン、タン、タン… というの が多くて、こうすることで感覚を麻痺させて=恐さをなくさせて、戦闘へと駆 り立てていった。「君が代」も戦争の為に利用されたのであるから、伴奏する のはいやだ。 大体以上のように私は解釈していました。少し前(2年か3年ぐらい前)のこと です。転機となったのは、 「日本解体――真相箱に見るアメリカGHQの洗脳工作」保阪正康著、産経新 聞社 という本を読んだことです。 戦後すぐ、「真相はかうだ」のラジオ放送でされた質問100余りを取り上げ て、「こういう点で不適切だ」と、細かく適切に分析してありました。 ーーーこの本を読んで初めて、私はGHQの“からくり”が分かりました。 かくして私は洗脳から解き放たれることができたのです。(もしこの本を読ま なかったら、質問が列挙してあるだけだったら、頭の悪い私は分からなかった でしょう) 私からみたら、洗脳から解き放たれていない人が大勢いるのは、まあ自然だろ うな、と思えます…(無責任か、分かりませんけど…) それよりも、分かっている人が分からないでいる人に教えてあげたらいいが、 と思えますけど…これって、甘え? └────────── ┌──────────「hideおじさんから」 Kz−87さん、おたよりありがとうございます。 ┌-------- 「日の丸」「君が代」を尊ぶのは当たり前だ。尊ばない者の気が知れん!けし  からん!のような論調だったと思いますけど、 └--------  というより、「日の丸」と「君が代」の出目や成り立ちから考えてみて、単純 に「軍国主義」や「戦争美化」と結びつけるのはどうか?というのがひとつ。 そして、賛否両論あるけれども、現在の日本人の多くが認めている国旗・国歌 を「ある思想」の下での教育で曲げてしまってはならない。 ーーーというのが私の言いたいところです。 私も最初からこのようには考えておらず、どちらかというと周りが歌っている から、祝日には掲揚されているから、といった、ただ流されているだけのもの でした。それが変わったのは、大学時代の先生の影響だったと思います。 その先生の仰った言葉を今回使わせて頂きましたが「自国の国旗と国歌を大切 に思う気持ちは、他国への理解と尊重を生む」という主旨のことを仰った時で した。それから「ところで日の丸と君が代ってなんだ?」と思ったのが始まり だったと思います。 国旗・国歌とも、一朝一夕で出来るものではありません。その中には、その国 の歴史や思いが詰まっているシンボルだと思います。どの国でも、歴史の中に は「明」と「暗」があると思います。それら全てが含まれているのが国旗・国 歌というシンボルだと思うのです。 「暗」の部分があるから「無いことにする」というのは、一部の歴史を隠して しまうことになるのではないかと思います。先人たちの努力や悲惨なことを思 い描きながら、日の丸を見、君が代を歌うことも必要ではないでしょうか。 保阪正康氏の「日本解体――真相箱に見るアメリカGHQの洗脳工作」は、私 も読みました。要は「日本が全て悪かった」ということにして占領政策を円滑 に進めることが目的だったのだと思います。 近代の歴史を振り返ると、「白人」に真っ向から刃向かった「有色人種」は日 本しかありません。彼らにすれば、二度と白人に刃向かうことのないよう、そ して二度とアメリカに楯突くようなことのないようにするための洗脳教育だっ たのでしょう。ーーー先生の教えには従順である日本人は、模範的な生徒だっ たと思います。 しかし、「なんか変だなぁ?」と思う人たちも少しずつですけど増えてきてい るのではないでしょうか。そこで必要になってくるのは、「もの言う大人」で はないかな?と思っています。自分の子供からは、「お父さんは近所の子供か ら嫌われる爺さんになるよ」と言われていますが、「望むところじゃ!」と強 がっています。 なんといっても「日本」は本当に良い国です。この日本に誇りを持てるような 日本人がひとりでも増えてくれるのであれば、「嫌われ爺」になろうと本望か な?なんて思ってもおります――――。 └──────────
本当にそうだこのとおり!‥‥と思われた方!「誰でもできる!1人1日1回の愛国活 動」は、ここをクリックして頂くことからはじまります!ーーークリックして頂くと票数がアップして、この問題を多くの 人々に知らせる事ができます!
    
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