┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  サイトマップ!(^O^)  ━┓



祖父の朝鮮・満州懐旧談録 ――――― by hideおじさん

☆ 朝鮮..祖父の悔惜譚(3) ―――――――――――― 2005/07/29
併合36年の時代を通じて、教育の重要性が叫ばれておりながら、予算はいつ
も後回しとなり、補正予算でなんとか食い繋ぐ状態だったそうです。ですから
初等教育の充実を最優先としながらも、終戦までには予定の7割、8割程度ま
でしか進められなかったのです。

祖父が「一番悔やまれること」と語っていたのはーーー「最後まで義務教育化
ができなかった」ということです。当時、日本では既に初等教育の義務教育化
がなされておりましたが、朝鮮ではそれができなかったことが、祖父ら教育者
にすれば残念で仕方がなかったのでしょう。

予定では、ひとつの街に最低3つの学校を考えていたそうですが、1校しかで
きなかった街もあり、「児童全員を受け入れられなかった」というのが、40
年近い併合時代がありながらも文盲率を「ゼロ」に出来なかった原因だったよ
うです。

児童の就学率を見ても、100%にはほど遠い状況であったのも事実だそうで
す。それで、「村の寺子屋を廃止しておきながら何故学校を作ってくれないの
だ」というクレームはしょっちゅうあり、ーーー中には「学校を作らないのは
差別だ。朝鮮人には敢えて教育をしないのだ」という過激な意見まであって、
祖父らは「勘弁してくれ!」と言いたかったそうです。

あれだけ平民と一緒の教育は嫌だとか、女性に教育するとは何事か、稼ぎ手は
出せないなどと言っておきながら、教育が進まなかったら進まないでボロクソ
に言われたのでは立つ瀬もなかったでしょう。

ーーーこのような状況が「教育も奪った」というように受け取られたのかもし
れません。

そんな非難を受けながらも、祖父らは「朝鮮人の教育熱心には驚くべきものが
ある」と感じたそうです。―――ひとつの例として、ハンディキャップを持っ
た児童に対する教育では、日本以上に個人レベルで努力していた朝鮮人もいた
そうです。

ピョンヤンには、アメリカ人による聾唖学校があったそうで、日韓併合ととも
に「学校」に格上げされて、日本の聾唖学校システムが導入されていったそう
です。
ちなみに、韓国・台湾における「手話」は、日本のものと非常に似ているそう
ですが、もともとは日本の「手話」を原型にしているためだそうです。

一方で、「高等教育の不備があったことは認める」と話していました。

日本人に対する高等教育システムは内地レベルに近かったけれど、朝鮮人に対
する高等教育(大学を含む)システムは遅々として進まず、これも批判の対象に
なったようです。―――今では名門中の名門であるソウル国立大学は、日本で
6番目に作られた京城帝国大学が前身ですが、朝鮮人の入学は割り当てがあり
制限されていました。
----現在では、ソウル国立大学は1946年の創立で、旧帝大とは別のものと
されています。

女子教育においては、併合以前からあった現在の私立梨花女子大学がありまし
たが、その他は、女子に対する高等教育機関というのは非常に少なかったそう
です。後に、教員養成として「女子師範学校」が建てられましたが、相対的に
女子への教育は内地同様1歩も2歩も遅れていたといえるでしょう。

余談ですが、この師範学校では戦争中の皇民化政策がうるさくなった時代にも
「チマチョゴリ」を作る授業は続けられていたそうです。ーーー母の遺品とし
て、このチマチョゴリを着た写真がありました。

安定と成長を続ける朝鮮において、当然朝鮮人自身による私立学校創立の動き
もありましたが、総督府はこれを強力に制限しました。「私学創立は届出・認
可制」だったそうですが、実質は「制限した」ということでした。

祖父らは「予算も足りないのだから、民間で学校を創るというのは賛成」だっ
たそうですが、当時の日本においても同様に「私学は民族主義と共産主義の温
床になりかねない」という理由から最後まで改めることはなかったそうです。

また、既存の外国語学校に対しても、暗にプレッシャーをかけたりということ
もあったそうですから、誉められる態度とはいえないと思います。祖父も「こ
れは誤りだ」と言っていました。

教育レベルが上がると民族意識が高揚するのは当然の帰結でありますが、それ
は日本政府とすれば「統治に弊害を及ぼす危険がある」との認識もあったよう
です。―――このようなことから、「日本は教育も受けさせなかった。教育は
植民地化を正当化するものだった」と言われるようになったのではないかと思
います。

祖父は「言い訳だけれども」と但書を付けながら「金が無かったので初等教育
を最優先させるだけで精一杯だった」と言っていました。教育に対する予算が
もう少しあれば、、私学をある程度認めていたならば、、その後の展開も違っ
ていたのかもしれませんが、「IF」を言っても仕方ありません。

―― 教育現場においても笑えないエピソードがあったそうです。

「給食」システムを検討していた時のこと、当時食糧供給は安定していたもの
の、栄養状態に問題があるとの報告を受け、試しに「パン」をごく一部の普通
学校(朝鮮人小学校)に配給したことがあったそうです。

尋常小学校(日本人学校)でも「パン」を配給したのですが、こちらは普段私た
ちが目にする「白いパン」、普通学校(朝鮮人学校)では「麦パン」を配ったそ
うです。

今では麦パン(ライ麦パン)は健康食品と喜ばれますが、当時朝鮮人からは「何
故黒いパンをよこすのだ、差別するのか!」とのクレームがでたそうです。

「栄養状態が日本と朝鮮では異なっていたので、栄養があるとされる麦パンを
出したのが、逆に裏目に出てしまった」と苦笑してました。たしかに「貧乏人
は麦を食え」と言った首相がいましたが、当時も「麦」といったら「貧困」を
連想したのかもしれず、差別と思われたのかもしれません。

「白も黒もパンは麦から出来てるのになぁ」というのは祖父のぼやきでした。

祖父らにしてみれば、当時内地でもなかなか口に出来なかったパンを、喜ばれ
ると思って配給したのに、散々な評判だったのでガッカリしたそうです。

ーーーこの「給食システム」は、結局アイデア倒れに終わったようでした。

                        = この稿つづく =
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃┃ メールマガジン読後感アンケート結果。
┗━┛
◇ ますます期待! (^○^) ------------------------------- 42人  (91%)
◇ まあ..まあ....(゜.゜) -------------------------------  4人  ( 9%)
◇ 面白くないな.. (-_-) --------------------------------  0人  ( 0%)

┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃┃ アンケートコメントボードに頂きました感想。
┗━┛
┌──────────「ミカの赤い服さん」

hideおじさん、こんにちは。「ますます期待!」に投票しました。

――知らないことが多く、興味深く拝読しました。
「当時の日本がもっと豊かで、内地のお金をもっと朝鮮の教育に投入できてい
れば、朝鮮の反日感情も変わっていたかもしれない」
「朝鮮の子供たちに、より栄養のあるライ麦パンを給食で出したら、誤解され
た」ーーーどちらも、とても切ない話ですね。

「日本が植民地の朝鮮に悪いことばかりした」という朝鮮半島の主張は、やは
りおかしいと私は思います。ーーー当時のヨーロッパ列強が、植民地にどんな
ことをやったのかと比較したいです。

――朝鮮学校の女生徒たちが着ている『チマチョゴリ』は、とても優雅で素敵
だと思います。ーーー日本人の一部のバカな人が、そんな女生徒のチマチョゴ
リを切り裂いたというニュースが時々流れるたびに悲しくなります。〜〜〜

└──────────
 
┌──────────「hideおじさんから」

ミカの赤い服さん、こんにちは!

当時、日本の国家予算の約2割が朝鮮・台湾運営の為に使われていたとされま
すが、これ以上の予算をつぎ込むことは不可能であったと思います。満州にも
莫大な予算が使われていたわけですから、いっぱいいっぱいの状態だったので
はないでしょうか。

「一日も早く朝鮮に独り立ちしてもらいたい」というのが、当時の為政者の偽
らざるところだったのかもしれません。その焦りが、もしかしたら良い印象を
残さなかったのだとしたら、ーーー残念です。

現在でも、日本人は「自己表現が下手だ」といわれますが、当時の日本人は、
もっと下手だったのではないかと思います。ーーー祖父などは「いちいち言わ
なくとも分かってくれる人は分かってくれる!」などと言っていましたけど、

もっと、日本のやったことをPRしていたら、多少は違ったのではないかとは
思います。

ーーーでも、理屈抜きで、なにがなんでも日本を悪者にしないと気が済まない
お国柄だけに、あまり変化はなかったかな?ーーーとも思っています。

電車の中でも、朝鮮人学校の女生徒のチマチョゴリ姿を見掛けますが、なかな
か可愛らしいものですね。制服自由の公立高校の生徒より、楚々として清潔感
にあふれているなと思ってます。ーーーしかし、

日本人の中でも、大バカ者がいるのは残念というより恥ずかしいかぎりです。
弱い者に対して暴力を振るう..などというのは言語道断!ーーーの所業です!

└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
祖父の懐旧談録目次 ライターはこんな人 アジアの街角から目次 CHINACHIPS 総合トップ





SEO お金 無料レンタルサーバー ブログ SEO