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祖父の朝鮮・満州懐旧談録 ――――― by hideおじさん

☆ 朝鮮..祖父の悔惜譚(2) ―――――――――――― 2005/07/22
そこで、祖父が言ったように「これでは何も進まない」ということで、強制的
に教育改革等を推し進めることになったわけです。この点だけを見ると「ほ〜
ら!強制だろ」ということになるかもしれませんが、

儒教思想一辺倒の朝鮮において、当時の「清国」の状況を見れば、将来自国が
どうなるか容易に理解出来るはずなのに、それがどれだけ危険なことかさえも
理解しようとしなかったところにも大きな問題があるのではないでしょうか。

とにかく当時の朝鮮上層部の考えは「西洋かぶれした日本」であり、儒教思想
からいえば、西洋を禽獣と称した..それ以下の国、という意識であった訳です
から、水と油以上の意見の隔たりがあったものと考えられます。

祖父の言葉を借りれば「逆にな、尊敬するぐらい頑固だった」ーーそうです。

―― 朝鮮総督府の教育の第一目標は文盲の根絶にありました。

併合当初、7〜8割が文盲だったという記録もあります。

当時、朝鮮には「書堂」というような官学校もありました。また、私塾といわ
れるものもありましたが、その数は非常に少なく、そこへ通える子供もほとん
ど両班階級の子弟に限られていました。

李朝末期になると、訓民正音を使う機会も増やされたそうですが、基本的には
漢語を主体とした教育には変わりなかったそうです。そこでは、今でいうよう
な朝鮮史、文化等々を含め、系統だった近代教育システムには程遠い状況だっ
たそうです。

地方での教育は「寺子屋」程度のものであり、村で先生を雇い子供たちを教え
るというスタイルだったようです。

女性への学校教育は皆無に近かったそうで、祖父によると、併合当初の先輩は
「あまりの遅れに唖然とした」と言っていたそうです。 日本も当時男尊女卑
の風潮ではありましたが、朝鮮では比較にならないほどこの風潮は厳しかった
そうです。

祖父の先輩らは、「言葉は分らないし、女の子に名前を聞いても“無言”って
んだからお手上げ状態だった」とこぼしていたようです。また、女性自身から
も「何故外に出て学校に行かなければならいのか」という反発もあったそうで
す。

男尊女卑というと、今では「とんでもない」とされますが、当時の日本におい
てもそれが当たり前ではありましたが、朝鮮では日本以上に男尊女卑が徹底さ
れていました。

今の価値観からすれば批判されますが、当時の文化・風習からして朝鮮女性は
それが当たり前と受けとっていたわけです。ですから、日本の男女同席の初等
学校教育などというものは、彼らからすれば文化・歴史を冒涜するものと受け
取られたようです。

現在でも、韓国は結婚しても女性の「姓」が変わらない夫婦別姓ですが、これ
は男女同権からくるものではなく、全く反対の歴史的また儒教的女性蔑視の観
念から出て来ているものなのです。

さすがに女の子に名前が無いというのは信じられませんが、朝鮮の戸籍に載っ
ていない子供も多かったというのですから、法律的にいえば「名前が無い」と
いうことになるのかもしれません。
ーーーとにかく、教育においても男性と女性に「差別」があったそうです。

李氏朝鮮末期からはさすがに改善されてきたとはいえ、女性にも教育を施すと
いうことは、それこそ彼らの儒教思想に背くことにも繋がる為、容易に受け入
れてもらえる状況ではなかったようです。

女子で教育を受けられるのは、都市部で且つ上流階級、富裕層であり、極一部
の先進的な人たちに限られていたとのことです。ここに祖父らの苦労があった
のです。

そこで、彼らの儒教観念を尊重しながら、まず男子のみの教育を進めて行くと
いうことも考えられていたそうですが、「何年掛かるか判らない」ということ
で却下されたようです。
ーーー以前にもお話しましたように「無理に教育改革を進めたことで、余計な
摩擦を生んだことは否定できない」と言っていたのはここにあります。

よく「朝鮮では全く学校が無かった」とか「教育は全て日本のおかげ」みたい
な話を聞かされることがありますが、これは正確ではありません。―――併合
以前から、イギリスを中心として各国の外国語学校があったり、キリスト教系
の学校(男子学校、女子学校があったそうです)があったりと、西欧文化の紹介
や、多様な思考を育む下地はあったそうです。

こちらのほうが日本よりも早く、ひとつの教育システムとして朝鮮にもたらさ
れたのは事実であり、間接的ではあっても近代化の風は、当時の朝鮮にも送ら
れていたのだそうです。―――近代的な医療というのも、日本より先に西欧か
らもたらされたもので、何でも日本が最初というわけではなかったようです。

ーーただ、これらを半島全域に広めたのは日本という理解は出来るでしょう。

祖父は「外地経営の経験がある国と、そうでない国の違いは大きかった。西欧
は、人心を上手く掌握する術を良く知っていたのだろう」ーーーそう話してい
たことがありました。

「宗教を以って上手くとり入った西欧と、大義を以って上から臨んだ日本との
違いがここにあるのではなかったか」とも話しておりました。―――祖父の考
えが正しいかどうかは分りませんが、ある一面は表しているのではないかと思
います。

ただ、これらの教育にしても、実質は上流階級、及び京城(ソウル)周辺の首都
圏内が主体の話であり、平民や地方・農村部の教育とは全く別の次元であった
のです。ーーー日本は、ここを抜本的に改正しようと努力したわけです。

もともと朝鮮は、非常に教育に熱心な国であったそうですから「すんなり受け
入れられるだろうと思ったが全く別だった」と嘆いていました。教育熱心だっ
たのは、あくまでも「科挙」に対するものという考えであったり、

----当時は既に科挙制度は廃止されていましたので、考え方としてそれに近い
ものであったということです----

出世へのひとつの手段というとらえ方であり、四民平等での教育ではなかった
のです。「みんなが教育を受けたら競争が激しくなるだろ」という笑えない話
もあったそうです。ーーーとにかく抵抗は非常に厳しかったようです。

ここで誤解してもらいたくないのは、当初朝鮮においての「教育」は「日本人
化」を進めるためのものではなかったということです。ーーーどだい外国人を
日本人にするなどという観念は、当時の教育者には全くなかったそうで、祖父
も「朝鮮人を日本人にしようと思って教育しようなどとは思っていなかった」
と言っていました。

しかし、時代の流れ、世界情勢によって「内鮮一体」が叫ばれ、教育において
も「日本人」としての自覚を持つような形で進められていったのは事実です。
理想と現実が異なるのはいつの世でも同じ、ではありますが、ーーー無理やり
日本人に仕立てようなどという意識はなかったのだと思います。

                        = この稿つづく =
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┌──────────「hanihaniさん」

いつも大変興味深く読ませていただいてます。しかし今回は、
どうにもすっきりしないところがあります。ーー韓国の夫婦別姓について以下

「現在でも、韓国は結婚しても女性の「姓」が変わらない夫婦別姓ですが、こ
れは男女同権からくるものではなく、全く反対の歴史的また儒教的女性蔑視の
観念から出て来ているものなのです」

のように触れられていますが、その「儒教的女性蔑視」と「夫婦別姓」がどう
結びついているのかが、読み取れないのです。
ーーーいつか、補足いただければと思います。

蛇足ながら、夫婦別姓について私自身のスタンスは「仕事などのための通称を
別姓とするのは合理的な場合があるが、戸籍としては日本人の家族観として馴
染まない」というものです。もちろん私は日本人です。

└──────────
 
┌──────────「ミカの赤い服さん」

hanihaniさん、こんにちは。

「韓国は結婚しても女性の『姓』が変わらない夫婦別姓」の理由は、次のこと
ではないでしょうか?
――「結婚してもよその家の女性は、自分の一族として認めたくない」から。

私は日本人の若輩者ですので、『儒教的女性蔑視』をするならばこうなるのだ
ろうと推理しました。

└──────────
 
┌──────────「hideおじさんから」

hanihaniさん コメントありがとうございます。

少々言葉が足りなかったかもしれませんね。―――韓国では夫婦別姓のみ認め
らられておりますが、これは伝統的血統主義に則った「夫婦別姓制度」という
ものです。日本でいう「夫婦別姓」とは別の意味合いです。

嫁は男性一族の者ではないとされ、夫と同じ姓を名乗れないわけです。極端に
いうと、韓国の場合、女性は結婚しても姓を変えさせてもらえないということ
です。―――夫婦の子供は原則夫の姓を引き継ぐことになります。家は男性が
引き継ぐものですから、ーーー別姓の女性は、その家のお墓にも名前が刻まれ
ないということも珍しくありません。

昨年、大ヒットした韓国ドラマ「冬のソナタ」の主人公「カン・ジュンサン」
(ぺ・ヨンジジュン)は..母親と同じ姓でした。これは、子供が父の姓を名乗れ
ない事情のある子..または「私生児」..ということを意味しており、白い目で
見られることもあるのです。

ですから主人公は、少年時代母親に反発していたということになったのです。
現在の韓国女性が、蔑視の対象となっているわけではありませんし、妻が旦那
を尻に敷いているのは万国共通かもしれません。

韓国においての夫婦別姓は、あくまで歴史的儒教の男尊女卑、女性蔑視の観念
だけが、、形として残っていると考えて頂くとよろしいかと思います、、。

└──────────
┌──────────「ミカの赤い服さん」

hideおじさん、こんにちは。「ますます期待!」に投票しました。

「朝鮮半島では、当時の様々な考え方が学校教育を普及させる障害になった」
ということは、説得力がとてもあると思います。

ユニセフ親善大使を務める、女優の『黒柳徹子』さんがテレビで話していた、
アフリカやアジアの貧しい国々の現状を連想しました。
ーー国民が幸せになるには、政治の安定と教育の普及は不可欠だと思います。

└──────────
 
┌──────────「hideおじさんから」

ミカの赤い服さん フォローありがとうございました。

朝鮮では、歴史的に「氏」もしくは「苗字」という概念がなく、「姓」の概念
が強いのです。嫁は男性一族の者ではないとされ、民主化された現在において
も、かつての中国同様、儒教的血統主義の厳格な「夫婦別姓」をとっており、
しかも「同本(出身地が同じ)同姓不婚」とされておりました。

ただ、2008年には現在の戸籍制度も改められるそうで、夫婦別姓は残るの
でしょうが..儒教的的意味合いはだいぶ薄れていくものと思われます。

一方、同じ儒教の影響を受けていた日本は、ーーー中国や韓国のような別姓を
受け入れませんでした。これは、固有の神道文化の伝統の「家」観念、ひとつ
屋根の下では皆同じということから、国民全部が姓を持てるようになった明治
時代、
西洋キリスト教観念である――「神によって結ばれた二人は、人格的にも一体
になるという思想、姓も一体化する」という考え方が受け入れられ易かったの
ではないかと思います。

日本独自の「家」の観念で、朝鮮にも創氏改名制度を導入したところで、なか
なか理解されなかった、、、ということも想像できます。

└──────────
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