┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━┓ |
┃ ┃ ┃ |
![]()
祖父の朝鮮・満州懐旧談録 ――――― by hideおじさん
![]()
| ☆ 朝鮮..祖父の悔惜譚(1) ―――――――――――― 2005/07/15
日本で韓流ブームが続く中、韓国ではまたぞろ反日で熱くなってきています。
大統領が「過去の歴史を取り上げない」と言っておきながら、「日本は歴史を
歪曲している」と批判に転じ、「日韓友好年」とはほど遠い状態になってきて
いるといっても過言ではないでしょう。
当然日本も、過去の歴史に対して曲解や正当性ばかり唱えても、相手の気持ち
として安易に受け入れ難いことは理解しなければなりません。 一方、韓国も
これからさらなる国際化を標榜するのであれば、少しづつでもリベラルな歴史
観というものを考えなければならないのではないでしょうか。
さて、「朝鮮編本編」においては、日本の立場を「正」という観点からお話さ
せて頂きましたが、祖父の話の中では、日韓併合時代における「負」と思える
ことも話していました。
ここではそれを紹介し、併合当初より日韓双方にいろんな意見もあり、いろい
ろな摩擦もあり、お互いに試行錯誤して近代化を進めていった時代でもあった
ということをご理解頂けたらと思います。
祖父が「負」と語っていたポイントは次のような点でした。
・「双方の差別意識」
・「近代教育システムの強要」
・「教育予算の不足」
・「初等義務教育の不徹底」
・「高等教育での不平等」
・「柔軟性の欠如、及び曖昧さ」
・「双方の誤解」
祖父との会話は、教科書問題や中韓の反日問題等々広範囲に及びましたが、そ
れまで教えられてきたこととあまりに異なる点が多いのに驚きました。最初は
祖父の話を、にわかには信じられず、疑いもし、言い争いもしましたが、
「どうして孫に嘘をつく必要がある?」―――そのひと言で、自分が他人の話
を鵜のみしてきたことを反省させられました。祖父が言うように、確かに悪い
ことをしたのなら話さなければよいだけのことで、わざわざ孫(=私)に嘘をつ
く必要性は全く無い訳です。
また祖父は、悪かったことは悪かったとハッキリと言っておりましたし、私が
子供の頃の体験をとおしてみても、祖父の言い分のほうが矛盾が無いのです。
ーーー祖父は、単に朝鮮時代の思い出話を私にしたかったのではなく、社会に
出て行く上での、大切なことを教えたいという気持ちであったのではないかと
思っています。
―― 祖父は
昭和の初めに祖母と結婚しましたが、それまでは朝鮮で独身生活を送っていた
そうです。ーーー祖父の友人によると、当時、祖父はある朝鮮人女性のことが
好きだったらしく、恋文を出そうとしたとかしないとか。
----どうも、祖父が朝鮮語が上手くなったのはこのあたりが原因ではないのか
と笑って話してくれました。
当時は、明治の時代より良くなったとはいいながら、朝鮮人の日本人に対する
「蔑視」感情が非常に根強く残っており、また日本人も、朝鮮人に対して優越
意識があり、イザコザが絶えなかったそうです。
そんな中での恋物語では、実を結ぶことはなかったのです。
なんでも、日本人と一緒にいるだけで白い目で見られたそうですから、当時で
も反日感情は強かったようです。特に女性の場合は、日本人と何か関係あると
大罪とされ、一族一門最大の汚点となったという話も聞いたこともあります。
結局、祖母が単身朝鮮に渡り結婚することになったそうですが、祖母も最初は
朝鮮人住民が多く住んでいるところは、怖くて近づきがたかったと話していま
した。ーーーその頃でも、一般の内地人は、少なからず「違和感」を感じるも
のがあったのでしょう。
祖父は、田舎に行くほど「日本人を含む外国人」に対する「違和感」というか
「拒絶感」というものがあったと語っていました。中には「外国人=日本人」
という意識の人たちもいたそうで、白人でも日本人と思われたこともあったそ
うです。
これは、昔、「白人=アメリカ人」といった感覚が日本人にあったそうですが
それに近いような感覚なのかもしれません。
また、豊臣秀吉の朝鮮出兵について非難されることもあったそうで、祖父らに
すれば「そんな遥か昔のことを持ち出されても・・・」という感覚だったと思
いますが、朝鮮人の根深い日本人への「不快感」がこの頃にも払拭されていな
いことが窺われます。
―― さて、祖父の話に戻りますが、
赴任当時の朝鮮でもお話したように、侮日感情を露わにする人も多く、何かに
つけクレーム、横槍、サボタージュなど、悩みの種は尽きなかったようです。
一方、「日本人の中にも朝鮮人の性行を嘲[あざけ]って、横柄な態度をとる者
もおり、人心を離反させる..ということもあった」と話していました。こんな
状況を見て、日本サイドからもそんな日本人の態度に批判の声が挙がったこと
もあったそうです。
確かに、子供たちの中でも「朝鮮人を虐めた」とか「内地人が虐められた」と
いうことも多く聞いたそうです。
一方、併合後であっても清国人に対する朝鮮人の態度は良好であり、こと商売
においては、日本人への対応とは違っていたそうで、これも日本人にしてみれ
ば面白くないという感情になっていったのかもしれません。
「日本人の支払は間違いない」と安心されていたにも関わらず、清国人を優遇
する姿勢は変わらず、「金には綺麗だけど、日本人は好かない」という感情が
あったようです。
これらの複雑な感情の中、内地人は内地人で固まる排他的傾向が強かったのも
事実であり、「当初、西欧の宣教師のような、平民レベルでの生活に溶け込も
うとする努力が日本人には足りなかったのではないか」とも話していました。
しかし、言い訳になるかもしれませんが、「倭奴」「猪足?(チョッパリ)」な
どという差別言葉を掛けられることも多く、伝統的に日本蔑視の朝鮮ではどう
しようもなく、お互いに「フラストレーション」が溜まっていたようです。
これはもう、理屈で理解できることではなく、心情的に「侮日」が先に立って
「何をしても気に入らない」という雰囲気もあったそうです。ーーー日本人は
日本人で「世界が変わってきているのに素直にならない頑固者」「民度の低い
連中」といった感情論もあり、容易に合い入れない雰囲気があったのです。
日本蔑視の雰囲気は、京城周辺の首都圏だけのことではなく、地方においても
平民レベルでさえ同じ傾向にあり、祖父が「何故ここまで?」と思うぐらい日
本への猜疑心は「理解を超えるもの」と感じたようです。
比較すれば、南に行くほど日本人に対する悪感情は薄く、北へ行くほど高かっ
たそうです。ーーー現在の日韓を見て、当時の状況とあまり変わらないと思え
るのは私だけでしょうか?
「侮日」を「反日」に言葉を変えると、何も変わっていないように思えるので
すが.....。
= この稿つづく =
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃ ┃ メールマガジン読後感アンケート結果。
┗━┛
◇ 期待してます! (^○^) ------------------------------- 53人 (93%)
◇ まあまあ(゜.゜) ------------------------------------- 3人 ( 5%)
◇ 面白くない(-_-) ------------------------------------- 1人 ( 2%)
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃ ┃ アンケートコメントボードに頂きました感想。
┗━┛
┌──────────「ミカの赤い服さん」
hideおじさん、こんにちは。
とても期待していますよ。 (*^_^*)
└──────────
▼
┌──────────「hideおじさんから」
いつもレスを頂戴し、ありがとうございます。
中国とのビジネスに隠れて目立ちませんが、韓国は、日本にとって大きな貿易
相手国のひとつです。 韓国も、日本の協力なしでは非常に苦しいことは重々
承知しているのでしょうが、心情的に好感が持てないというのが本音ではなか
ろうかと思っています。
一方で、韓国の若者を見ると、日本の文化の影響を受けており、ファッション
にしても、音楽・アニメ・ライフスタイル等々、日本にあこがれを抱いている
のも事実です。ーーー実際、カラオケでは日本の歌が唄われることが珍しくあ
りませんし、日本の女性ファッション雑誌が若い韓国女性の必須アイテムにも
なっているとも聞きます。
韓国ドラマを見ても、必ずといって良いほど、台詞に「日本」という言葉が出
てきます。やはり日本は近い国という意識があるからなのでしょう。
微妙な歴史を持つ両国ですが、分かり合えるところ、共感できるところから、
少しづつ距離を縮めていけたら良いのではないでしょうか。
今回は、多少言い訳がましくなると思いますが、祖父が語っていた日本人の対
応という点からお話しさせて頂きたいと思っています。 このメルマガの読者
には、朝鮮総督府時代は暗黒の時代だと考えている人々もおられると思います
が、少なからず、朝鮮の為と努力していた日本人もいたことを分って頂けたら
と思います。
└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
|