┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  サイトマップ!(^O^)  ━┓



祖父の朝鮮・満州懐旧談録 ――――― by hideおじさん

☆ 朝鮮編「強制連行と帰国事業(3)」―――――――― 2005/04/29
終戦直後は日本のほうが住みやすかった在日朝鮮人は、繰り返しになりますが
外国人であり、日本人と同様の権利・保護保証は与えられません。ですから、
いくら能力があったとしても一般の会社に就職することも出来ず、教育もまた
満足に受けられる状態にはありませんでした。

これを「差別」と指摘する向きもありますが、外国人である以上、まして帰国
してくださいといったにも関らず日本に残った自由意志の人たちを、日本人と
同様に扱うことはやはり制度上不可能だったわけです。

一方、「元々強制連行されたのだから最後まで面倒みないとは何事だ」という
意見もありました。ーーこれは一見正論のようにも聞こえますが「だから終戦
直後に日本の費用で帰国してくださいといったじゃないですか」という反論も
あり、堂々巡りになってしまいます。

このような状況の中で、在日朝鮮人の生活も苦しくなり、それに合わせて在日
朝鮮人の犯罪率が上がって行くわけです。昭和30年代に入ると、千人当りの
犯罪率は、日本人が0.5人、在日朝鮮人は3人と約6倍になっていました。

一方、生活保護を受けている者も全国で1万9千世帯に上り、その経費負担だ
けでも当時の金額で年間17億円にまで達しています。これは、地方自治体に
おいても非常に大きな負担であり、今後共このままの負担では堪えきれない、
何とかならないものかという意見が昭和30年代初め頃に出てくるのです。

自分の意志で日本に残ったのに日本人にはならず、外国人のままでありながら
「生活保護」は貰いたいというのはどうか、何故面倒を見なければならないの
か、という、簡単にいうと「やっかい払い」を考えたということです。

そこで、「本人が希望するならば帰還させたい」という声が輿論として出て、
「基本的人権に基づく居住地選択の自由」という原則が政府、マスコミから叫
ばれるようになりました。
一方では、朝鮮総連も同じように帰国事業を考えていて、日本政府を攻撃して
帰国事業を進めようという運動を、共産党と共に展開しようという考えがあり
ました。

この時期、北朝鮮が本当にウェルカムで在日朝鮮人を受け入れようと考えてい
たかは、その後の彼らの悲惨さをみると疑問です。まして、この時の帰国希望
者の9割が南出身者であったということからも、綺麗事だけで北朝鮮が帰国を
促したとは考えられません。

しかし、どちらにせよ日本政府がそれに応じなければ、「非人道的」というこ
とでゆさぶりをかけることも出来るし、生活保護の強化へも繋げられるという
目算がありました。―――こうして双方の思惑が一致することにより、「帰国
事業」が大々的に展開されて行くことになります。

帰国事業が実現化するにあたり、日本赤十字社から「本人の意志確認が必要」
という提言がなされました。朝鮮総連で作成した帰国者名簿には、疑問な点も
多く、更に本人の意志確認をしなければならないという議論が出てきました。
――何故なら、当時は、帰国者の日本への里帰りは全く問題にされておらず、
北朝鮮に行ってしまったら日本には帰って来られないということが前提になっ
ていたからです。

なので日本側は意志確認が必要だと主張したわけです。

しかし北朝鮮側は、意志確認に強く反発し、不必要だと主張しました。結局、
早く事を済ませたいという日本側の思惑もあって、帰国者本人への意志確認が
不明確なまま帰国事業が進められていきました。

――この帰国事業の展開の中で、不思議なのは韓国の動向です。

この帰国事業の希望者の多くが「南」の人たちだったのにも関らず、この時の
韓国政府は、とおりいっぺんのクレームをつけただけで具体的な対策は取って
いません。―――確かに、南の人たちが北へ帰るというのでは、韓国からすれ
ば面目を潰されることになるので、(一応?)クレームはつけましたが、その後
の日韓漁業交渉、李ライン問題など、度重なる外交交渉の中では「主義上容認
できない」とだけしか述べていません。

実際、当時の外交記録を見ると、そのことが「何の具体策も得られなかった」
という表現で記録されています。―――結論をいうと、韓国は在日の「南」の
人々を無視したということになります。

事実、韓国政府は現在、「帰国事業」を「北送事業」と呼び、帰国者も「北送
者」と称して区別しています。――その言葉の意味には、少なからぬ「差別」
の臭いを感じるのは私だけなのでしょうか。
今の韓国において、チェイル・ギョポ、チェイル・ドンポ「=在日同胞」とは
呼びながらも、実際には微妙な空気があるのを、在日の友人を持つ私としては
何か釈然としないものを感じてしまいます。

「南」出身にも関わらず「北」へ向かった人たちのことを思うと、その心中は
計り知れません。ーーー日本での生活苦、将来への不安。韓国による事実上の
棄民政策。そして日本政府、マスコミによる「北朝鮮は地上の楽園!」宣伝。

在日の人々が、先を争って「北」へ向かうのは当たり前だったでしょう。

この帰国事業によって北へ向かった人々は、8万人から10万人ともいわれて
います。―――ほとんどが南の出身であり、親類縁者もなく、祖先の墓も何も
ない異郷へ向かった彼らは何を夢みていたのでしょうか。

当時、北へ向かう人たちのコメントを見ると、純粋な気持ちが痛いほど伝わっ
てきます。―――日本では生かせない自分の能力を試したい、もっと勉強して
祖国の役に立ちたいというコメントが多く綴られていますが、その後裏切られ
た彼らは一体どんな気持ちで過ごしていたのでしょうか。

あともうだけ少し我慢すれば、日本は「高度成長」時代に突入し、在日朝鮮人
の生活も少しづつ向上していったことを考えると、私は日本人ながら空しいも
のを感じてしまいます。

その後、日本と韓国は国交を結ぶことになりますが、この外交交渉の中で在日
問題が採り上げられ、討議されてはいるものの、(在日韓国人の法的地位協定)
日韓双方の政府が、この協定に基づいた具体的な処置を取っていたのかは甚だ
疑問な点も多いのです。

当事者であった朴大統領が、条約締結にあたっての有名な声明に「在日僑胞の
みなさん、現在60万人以上と推算されている在日同胞のこれまでの苦労が、
どれぐらいつらかったことかを、私は誰よりもよく知っています。在日僑胞の
その苦労の原因を辿ってみると、ひとえにそれは本国政府の責任となる他あり
ません」とあります。

同じく日本政府も、在日の人々には「格段の考慮を払う」となっています。

この精神に則って、在日の人々の生活向上にある程度の努力はなされてきたと
理解はするものの、その後再び、在日問題が日韓両国で取り上げられるまでに
は、小渕首相と金大中大統領との間で交わされた1998年「日韓共同宣言」
まで待たなくてはなりません。

この共同宣言に記載されている在日に関する部分は、第10条の
「両首脳は、在日韓国人が、日韓両国国民の相互交流・相互理解のための架け
橋としての役割を担い得るとの認識に立ち、その地位の向上のため、引き続き
両国間の協議を継続していくことで意見の一致をみた」

ーーーーたったこの3行だけです。

最近になって、韓国では日韓基本条約の開示が話題に上りましたが、その裏交
渉の文書も明らかにされていくことを期待します。そこに、在日の人々の苦労
を斟酌する条文が多々含まれていることを望みますが、残念ながら私が調べた
限りでは非常に少ないといわざるを得ません。

一方、日韓基本条約に先立って取り決められた日韓基本協定第2条には、
「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益、並
びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日
にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定さ
れたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」

この条文は、何度も取り上げられているのでご存知の方も多いでしょうが、こ
れが何を意味しているのか読者のみなさんはお判りになるでしょう。勿論ここ
に至るまでには、韓国民感情もあり紆余曲折がありましたが、未来を見つめて
いこうということで日韓両国の基本理解となったはずです。

しかし今回廬武鉉大統領は、「いまだ日本は賠償する義務がある」という主旨
の発言ををしておりますが、賠償を口にする前にこの取決めを再認識し、まず
韓国政府として何をすべきか、何をすべきであったのかの「歴史」を振り返る
と共に、明日の糧にしなければならないはずです。

我々日本人も、ルールはルールとして毅然としてそれを遵守し、一方で国と国
の間で翻弄されてきた戦後の在日韓国人・朝鮮人の歴史も真摯に振り返らなけ
ればなりません。
ーーそこに、日本国として忘れたものはなかったのか、日本国としてすべきこ
とをしてきたのか、今一度考えてみる度量も必要ではないでしょうか。

                        = 朝鮮編おわり =
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃┃ メールマガジン読後感アンケート結果。
┗━┛
◇ このとおりだと思う ---------------------------------- 49人  (71%)
◇ そうではないと思う ----------------------------------  1人  ( 1%)
◇ どちらともいえない ----------------------------------  3人  ( 4%)
◇ 知らなかった。そうだったのか〜 ---------------------- 16人  (23%)

┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃┃ アンケートコメントボードに頂きました感想。
┗━┛
┌──────────「ミカの赤い服さん」

hideおじさんこんにちは。
今回も「知らなかった。そうだったのか〜」に投票しました。

◆「韓国による事実上の棄民政策。そして日本政府、マスコミによる『地上の
楽園』宣伝」という項目について:

当時、私はたぶん小学生かまだ下だったので、韓国の情勢は分かりません。
でも1972年頃、小学校の社会科の授業で、当時担任だった女性の教師が、
「北朝鮮は鉄鉱石や石炭などの資源が豊かだから、これから発展する『地上の
楽園』です。でも、韓国は資源が無いから発展できないでしょう」と話しまし
た。
ですから、当時の日本の『知識階級』の人は、本気で北朝鮮を『地上の楽園』
と思っていたのでしょう。
『帰国事業』で日本から北朝鮮に渡った人々は本当にお気の毒だと思います。

└──────────
 
┌──────────「hideおじさんから」

ミカの赤い服さん 私が小学生の頃も先生が同じことを言っていたのを記憶し
ています。「世界で唯一税金の無い国」と賛美していたのを聞いて、なんとな
く不思議な感じがしました。

今だからこそ言えるのでしょうが、当時の知識人は本気で「地上の楽園」など
と思っていたのでしょうね。 戦後「日本は悪いことばかりしたのではない」
ということを言ったら「国賊」扱いされたそうですから、社会の雰囲気自体が
左がかっていたのでしょう。

小学生に向かって「先生も労働者だ」とか「北朝鮮、ソ連、中共」を理想国家
と話していた先生に違和感を感じたのは私だけではなかったと思います。子供
の「感」のほうが結局正しかったというのも皮肉なものです。まぁ「上手い話
には裏がある」というのは万国共通であり、国家間においても同じなのかもし
れませんね。

ちょっと今回のコメントから離れますが、日本と韓国、何故歴史に対する考え
方が異なるのか。―――その一部をお話させて頂きます。

よく韓国では「歴史を認識しよう」ということがいわれます。何気なく読み過
ごしてしまう言葉ですが、この言葉に日韓の大きな違いが含まれています。
歴史学は、「認識」するものではなく、「事実を積み重ねる」ことであるはず
です。
――事実の積み重ねの上で、その時代背景なり世界情勢等々を含め「分析」し
ていくものだと思います。

韓国では、「事象」を取り上げ、自分たちなりの「解釈」をすること、それが
「歴史の認識」となるのです。ですから、日本がいう「徴兵・徴用」は、韓国
ではその言葉の本来の意味はあまり重要視されず「強制連行」という「認識」
になってしまうのです。

その良い例が「日韓基本条約第2条」の解釈の違いです。

簡単にいうと「1910年8月22日以前に結ばれた全ての条約、議定書、協
定書は、もはや無効であることが確認された」の解釈に表れます。
・日本は、韓国が独立した1948年をもって「もはや」全ての条約は無効と
なったーーという解釈をしておりますが、
・韓国は、1910年に限らず、過去の「全ての取決めは無効であった」
ーーという解釈をしているのです。

日本は、韓国とは戦争はしておりませんから、1948年の独立をもって「日
韓併合」の取決めは自然に無効になったという理解であります。ですから戦前
のことをとやかく言われることはないという「認識」になり、「良いこともし
た」発言になるわけです。

しかし韓国では「もはや」の意味を、自分らの解釈で捉え、日本から押し付け
られたものは全て「無効であった」という理解をしております。

当然「無効である以上、全ては強制的で正義はない」という判断になってしま
うのです。日本が「日韓併合は合法だった」「竹島は日本の領土である」とい
うと「正しく歴史を認識していない」「妄言」だと反発する理由はここにある
のです。

日韓基本条約は、日本語・韓国語・英語で作成されています。そして双方に文
言の解釈の違いが生じた際には英文を「正」とするとなっていますが、実際は
どのように訳されているのか大変興味があるところです。

日本語の「もはや」が「already 」とされているならば、日韓どちらの理解が
「正」か明確になるでしょう。

└──────────
┌──────────「PACKMANさん」

その通りだと思うに入れましたが、60代の私も知らなかったことがたくさん
あります。そうだったのか..に近いですね。

└──────────
 
┌──────────「hideおじさんから」

PACKMANさん コメントお寄せ頂きありがとうございます。

私も普通にしていたら何にも知らずに来たと思います。その気になればプラス
面・マイナス面両方を調べることができる日本は、有り難い国ではないでしょ
うか。ーーーー個人的にはいろいろ意見もありますが、今回はなるべく祖父や
友人関係者の話をそのまま書くように努めました。

私の友人は一度韓国に戻り、また日本にやってきたというお話をさせて頂きま
したが、昔は在日というのは「韓国で食いっぱぐれた落ちこぼれだから日本に
行った」という認識が強かったそうです。

ですから「強制連行で苦労した人々」などという気持ちはさらさらなく、帰国
事業においても、積極的に在日韓国人を取り戻そうなどという動きが出てこな
かった訳です。この点を韓国人に突くと黙ってしまいます。

もちろん「在日同胞」ということでありますから、プラスの意味で特別な感情
を持っているのは事実ですが、脱北者がヒーロー扱いされたことはあっても、
在日韓国人についてはそうではないということは、潜在的に「差別」の意識が
あるということだと思います。

あれほど「道義的」とか「道徳的」ということを声高に叫ぶのであれば、「強
制連行」された戦後帰国韓国人、在日韓国人に対して特別な処置があって然る
べきです。ーーしかし、それがないということは、結局「強制連行」などとい
うことはなかったということだと思います。

うがった見方をすれば、「自分たちの落ち度」を認めたくないばかりにやっき
になって「強制連行」を強調しているのではないかと思います。

戦前、「鬼畜米英」ということが叫ばれ、米国・英国を憎む教育がなされたと
されますが、それがどんな悲劇を生んできたか私たちは知っているはずです。
韓国も中国も、「誰かを憎む」教育は、結局大きなマイナスを生んでしまうと
いうことだけでも、日本の歴史から学んで欲しいものです。

└──────────
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃┃ お便りで頂きました感想。
┗━┛
┌──────────「kikiさん」男性@四十代@会社員@福岡

私も昭和31年生まれ、非の打ちどころのない「おじさん」です。

「祖父の朝鮮・満州懐旧談録」を初回から最新号まで、この連休に全て読ませ
ていただきました。今まで知らなかったことばかりで非常に為になります。

母も朝鮮引揚者ですが、まだ女学生だった為詳細は知らないようです。財産を
全て失い、怖い思いをしたとしか聞いていません。(祖父は朝鮮鉄道の関係者
でした)
昨今の反日デモに対しては非常に疑問を抱いています。
その疑問の一部が徐々に解明されていく感じです。
これからも頑張って下さい!

└──────────
 
┌──────────「hideおじさんから」

Kikiさん 応援ありがとうございます。

私の母は、まだ大陸が落ち着いていた頃、祖父の勧めで内地に戻りました。
ですから、他の方より恵まれていたかもしれません。それでも家から家財道具
等一切を失ってしまったそうです。

祖父が、命からがら満州からソウルに戻ってきた時には、外板まで持っていか
れた荒れ果てた家を見て愕然としたそうです。まるで火事場泥棒のような振る
舞いには、怒りより虚しさを感じたと語っていました。

「教育」を通じて、人間として大切なこと、誇りをもつこと等々を伝えてきた
と思っていたにも係わらず、このような振る舞いに及ばれることに自分の無力
さを感じたのかもしれません。

何の悪いこともしていない内地人に対して石をぶつける人、引き揚げを待って
いるキャンプ場にきて狼藉を働く者、なけなしのお金をむしり取って行く者、
炊き出しの鍋に砂を投げ込んで行く者等々。何故ここまでされなければならな
いのかと涙が溢れて仕方なかったそうです。
ーーこんな終戦後の悲惨なことも、韓国では当然語られておりません。

朝鮮鉄道で思い出しましたが、祖父は「現在の韓国の鉄道システムは日本時代
のもの」と言っていました。確かに、ダイヤの作成方法、運行基本システム、
改札方法等々、日本統治時代の名残が随所で見られますし、向こうの関係者も
それを認めていました。

韓国の新幹線は「日本嫌いから?」フランスのTGVシステムを導入しました
が、トラブル続きで大赤字になっているのは、元々の日本システムとの互換性
に問題があると言われています。――ということは、kikiさんのお爺様が苦労
された鉄道のお仕事が、今でも韓国で生きているということでしょうね。

└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
祖父の懐旧談録目次 ライターはこんな人 アジアの街角から目次 CHINACHIPS 総合トップ





SEO お金 無料レンタルサーバー ブログ SEO