│私は小さいときから、話を聞くのが大好きでした。特に母の話を聞くのが一
│番好きでした。それは昔話でも、母の創った話でも、世間話でもなんでも良
│かったのです。「お話して、お話してや」とよくねだったものです。また、
│話の途中で気になることがあると「その人どこの人?」「子どもおるの?」
│「お金はあるの?」と次々聞くものだから、母にしてみても相当にうるさか
│ったと思います。あまりしつこく聞くので返事に困り、適当に説明をするこ
│ともあったようです。
│
│そんな話の中に、わが家のルーツについて聞いたこともありました。「お祖
│父さんは何しとったん?」「その前のお祖父さんは何しとったん?」「もう
│一つ前のお祖父さんは?」母も詳しいことは知らず、「そんなこと、知るか
│いな」と困った様子でした。私が母から聞いたのは、母の父、私のお祖父さ
│んの話です。藩から鑑札をもらって、運搬の仕事をしていて、かなり儲けて
│いたらしいです。
│
│本当は、鑑札を持っていた人はお祖父さんの知人でしたが、それを預かり商
│売をしていたようです。儲けていた商売もやがて翳りをみせて駄目になり、
│一族で九州に移ることになり、母が松山に残ったのでした。その頃のことで
│聞いたことは(著作「佳き日を生きて」の)本文に書きましたが、それ以上の
│ことは、わかったとしても推測でしかなく、先祖がなにをしていたのか、ま
│たどんな苦労をしたのか、何に喜び、悲しんだのか知る由もありません。
│
│時代はめまぐるしく変り、人の気持ちや思いを伝えるのは、ますます困難に
│なっていると思います。そのようなことをいろいろと考え、随分前から自分
│史を書こうと決意を固めておりました。
│
│さて自分史を書くとなると、自分史は小説ではないのですから、キチンとし
│た事実を書かねばなりません。私は五十年日記を書き続けてきましたから、
│戦後のことはある程度資料があります。
│
│問題は、生死をかけた戦争に行った四年間のこと、海外のことです。写真を
│撮ったり取材をしなければなりません。またそのときには、是非お世話にな
│った方にお礼も言いたい。心からの感謝を伝えるためにも、中国語を覚えよ
│う。ということで、一日四時間の中国語の勉強、これを四年間欠かさず続け
│て、少し喋れるようになりました。
│
│そして平成九年七月、中国へ行こうと、愛大の先生で中国語講座の講師をし
│ていらした曲先生にお話したところ、同行して御協力くださることになり、
│おかげでおおかたのところを取材して帰ることができました。大変さは覚悟
│の上とはいえ、中国語の勉強から十数年、よく頑張って書いたものだと、わ
│れながら褒めてやりたい気分です。もちろん曲先生をはじめ、多くの方々の
│御協力があればこその完成です。心からお礼申し上げます。
│
│やっと原稿を書き上げ自分の人生を振り返ると、健康に恵まれ、子どもの頃
│には貧しくても何より楽しい家庭があり、父母の愛情に守られて成長し、幸
│福でした。また両親には働くことの尊さと、正直に生きること、人に優しく
│親切にすることが自分にとっても大切なことだと教えられ、私の人生の礎と
│なりました。両親の愛情の深さを思うとき、涙が出るほど嬉しく、どんなに
│感謝をしてもしきれません。
│
│また結婚して、妻とは二人三脚で支え合ってきました。育ちや性格の違う者
│同士がここまでくるには、世間のご夫婦同様、それなりの確執もありました
│が、妻の支えなく私の人生は語れません。よく働くしっかり者の妻がいて、
│今日の私があると思っています。
│
│感謝はしていますが、面と向かって伝えたことはありません。昭和一桁の人
│間は、そういったことを言うのは照れくさくてできないものです。これから
│も、伝える機会があるかどうかわかりません。
│
│あたたかい家族、兄弟、素晴らしい友人達。なんと豊かな人生であったかと
│認識を新たにいたしました。しかし私にとって「自分史を書く」作業は、人
│生の総仕上げではありません。さらに次々と新しいページをめくっていくの
│です。これからも私の様々な佳き日に、お付き合いいただければ幸いです。
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│松本進さんの略歴│
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│昭和 3年 12月14日生まれ
│ 18年 愛媛県松山市荏原尋常高等小学校卒
│ 満州国錦州省錦州751部隊入隊
│ 20年 ソ連軍、中国軍、北朝鮮軍の捕虜
│ 八路軍に志願して従軍する
│ 22年 帰国
│ 24年 松山商科専修学校卒
│ 37年 農業委員当選2回
│ 47年 土地改良区理事2期
│ 62年 城南農協理事
│平成 元年 西野町総代
│ 6年 宅建協会松山支部総務委員長
│ 愛媛県宅地建物取引協会理事
│ 四国地区不動産公正取引協議会監査委員
│ 全宅連四国地区協議会監査委員
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│(^^) OJIN です(^^)
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│昭和18年の陸軍軍属としての渡満から、22年の引き上げまでの松本青年
│の体験記です。何事も事実真実をと、わざわざ当時の移動先を訪ねて廻り、
│裏付け確認までしてきた几帳面人間の松本さん。
│
│お楽しみいただきたいと存じます。(^^)
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。