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┃ 満州青春録 :―――――――――――――――― by 松本進さん

☆ 自分の墓 ――――――――――――――――――――― 2004/02/13

しばらくして、村の青年達が娘さんのいる家に遊びに行くというので私も行っ
てみた。その当時はたいした娯楽もなく、青年達は、夜、娘さんの家に遊びに
行くのが唯一の楽しみであった。

村の青年達は、自分のことを"わし""おら"と言うが、私は軍で"自分は"とか、
"おれ達"というのがしっかりと身に付いてしまっていた。部隊では方言で話す
と罰せられたのだから、懐かしい故郷の言葉でも、すぐにはもとに戻せなかっ
た。
違和感のある話し方がおかしかったのか、そのうち私のニックネームが「おれ
達」と呼ばれるようになり、女の子まで面白がって言うようになった。
私は何だかバカげているように思えて、彼らとの付き合いを止めてしまった。

ある月夜、出かけるところもない私は母と話をしていた。

「おまえは遊びにいかんのかえ」
「幼稚の話ばかりで合わん」

母は満州のことを聞きたがったが、私は満州の話はしたくなかったので話題を
変えた。

「それより"親思う心に勝る親心"というが、お母さんはその反対じゃあなあ」
「どうして?」

「死んだと公がも入っても、ウチの息子はきっと帰ってくる言うて駅や波止場
で待っている人もおるというのに、死んだと公報も入っいないのに死んだと思
うのはどういうことや?」
「それは死んだと思おうげ、、手紙も来んのじゃけん」

「手紙が来んぐらいで思うたのかな?」

すると母は、なお言いにくいそうに私の顔を窺った。

「おまえ、怒られんぜ」
「今さら何で怒るん。現におれはここに居るけん、全部言わんかいな」

それでも母は「怒るなよ」と、くどいほど念を押した。

「おまえが死んだと思ってな、おまえの墓を作っとるんじゃ」
「ええっ!?私の墓作った?」

さすがに驚いた。母の話によると、四国遍路のお遍路さんをお泊めする習慣の
ある我が家では、いつか小学四年生の女の子のお遍路さんをしばらくの間泊め
たという。その女の子のお遍路さんは、生き別れになって宇和島にいる母親を
探して旅をしているという。

かわいそうに思い、近所の福増のおばさん達が三、四人集まって話をしてるう
ちに、その福増のおばさんの家で三人の子どもが兵隊に行ったまま消息が分か
らなくなっている話になった。

するとそのお遍路さんが「うちが拝んであげよか?」と言う。

おばさんは面白がって「それじゃ、三番目のノボルがいつ帰るのか拝んでや」
と言うと、お遍路さんは手を合わせて拝み始めた。

「おばさん、明日帰ってくるよ」

明日などと言うから尚更誰も信じない。そこで
「明日の何時?」「どこから帰る?」と矢継ぎ早に尋ねたらしい。

「明日の一時頃、池の中土手から、カバンを提げて帰ってくるよ」
「それが合うとったら、嬢は神様じゃ」

初めは子どもの言うことじゃということでみんな笑っていたが、気になったお
ばさんがその時刻、炊事場の窓から土手を見ていると遠く人影が見える。慌て
て家を飛び出し中土手に上がると、言われた通りに息子が帰ってきてビックリ
した。

次の日からそのお遍路さんはたちまち評判になり、次々占うがそれがみな当た
る。福増のおばさんの他のニ人の子どもも、お遍路さんの言う通りに帰ってき
た。母も初めは信用していなかったが、私のことを占ってもらったそうだ。

すると「おばさん、息子さんは玄界灘を帰る時嵐に遇い、船が沈んで“母ちゃ
ん”と言いながら死んだよ。かわいそうに......」と言われたのだ。他の人の
占いは全て当たっている。母が私を死んだと思ってしまったのも無理からぬと
ころもあった。

周囲の人もこのいきさつを知っているので、私に「一度死んだのだから進さん
は長生きするぞな」と言ってくれた。これで母が私を死んだと思ってしまった
ことも、自分の墓のことも納得がいった。

―― 自分の墓石が見たくなった。

しかし墓は、注文をしたがまだ据えられていない。母も今さら断るのも気の毒
で、石屋さんにどう言おうかと心配していると言う。母と一緒に立花の石屋さ
んに断りに行くことにした。

菓子折を持って、バスに乗り石屋さんに着いた。母が申し訳なさそうに挨拶を
すると、向こうが先に「帰ってきたのかな?」と察してくれた。まだ字を彫っ
ていなかったのが辛いして気持ちよく注文を取り消してくれた。

母も安堵したようだった。私のようなことも珍しいことではないらしく、墓石
に字を彫ってからでは大変なので、墓地に据える間際に字を彫ることにしてい
るという。私の墓石も他に回すことができるのだそうだ。

私は小さい頃から、兄弟の中でいつも損な役回りになることばかりだった。

父に殴られるのも兄の二倍、母からも、ほかの兄弟へのあてつけにおしおきの
的(まと)になることも多かった。でも戦死したら、それ相当に背の高い、先の
尖った立派な墓石が用意されているものと思っていた。

「おふくろ、わしの墓石はどれで?」
「あそこにあろう。あれじゃがな」

「どこにね?」
「あの、バケツの横にあろうがな。あれよ」

「あのバケツの横にある..小さい..犬か猫の墓のような....あれかな....?」
「ほうよ、あれでもおまえ、高かったんぞえ」

しばらく言葉も無かった。まさか死んでまで差をつけられることはあるまい。
もし私が戦争で命をなくしたら、それは兄弟の中で唯一お国の為に死んだとい
うことだと思っていたのだが......。

死と隣り合わせのような四年間だったが、自分の墓になるはずだった小さな石
を見て、本当に生きていてよかったと心の底から思った。


                       = 満州青春録:完 =
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↓
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松本さん、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。

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「佳き日を生きて」目次
第一章
 1.母の背中(幼児期の思い出)
 2.兄弟げんか
 3.魚とり
 4.先生の思い出
 5.仕事好きの子ども
 6.遊び
 7.村の祭り
 8.すいか作り
 9.麦・米
10.新築
11.薪集め
12.大人のけんか
13.遠足
14.兄弟のこと
15.赤紙の兵隊さん
16.山火事
17.博打
18.山の木出し
19.物売り
20.父の商売
21.小作争議
22.卒業式
23.父との別れ
第二章
24.旅立ち
25.岐阜での暮らし
26.満州へ(堤中尉の涙)
27.七五一部隊
28.11期生の涙
29.初めての外出
30.部隊でのくらし
31.竜宮城の乙姫様
32.二三七部隊
33.熊岳城
34.終戦
35.安東の収容所
36.土橋さんの家
37.社会主義との出会い
38.八路軍に参加
39.815記念日
40.北朝鮮に渡る
41.トロッコ
42.脱走
43.石ごたつ
44.帰国命令
45.興安丸
46.日本が見える
47.懐かしの我が家
48.自分の墓
第三章
49.青年芝居
50.災害
51.引揚者援護協会
52.私の新宅
53.山林と牛
54.三人の男兄弟
55.腹違いの兄
56.結婚
57.農業委員
58.たばこ耕作者の争議
59.みかん作り
60.母の死
61.妻の入院
第四章
62.不動産業を始める
63.古家買い
64.一富士商事設立
65.福増力夫氏との出会い
66.スナック・バー通い
67.二度目の新築
68.庭造り
69.成人病センター
70.土地改良区の理事
71.茶道を習う
72.金貸しの二年
73.中野町の土地の売買
74.相撲茶屋
75.女優、片山由香との出会い
76.まつちかに店を出す
77.白鳥を飼う
78.証券株
79.農協理事になる
第五章
80.娘の結婚・息子の結婚
81.西野町総代
82.中国語の勉強
83.宅建協会理事となる
84.優しかった義母
85.兄の死
86.交通事故
87.こどもの城
88.お墓のこと
89.人捜しの旅
90.支えられて
91.戦友会
92.感謝をこめて(あとがき)
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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