┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  迷子になったらここ!(^O^)  ━┓
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┃ 満州青春録 :―――――――――――――――― by 松本進さん

☆ 懐かしの我が家 ―――――――――――――――――― 2004/02/06

―― 高浜港に夕方六時頃に着いた。それから汽車に乗った。

車掌さんの声....電車の戸の閉まる音....全てが自分を歓迎してくれているよ
うだった。松山市駅に着くと旅館の客引きが「引き揚げてこられたのですね。
お泊りじゃったら食事の用意ができて、お風呂も沸いていますのでご案内しま
すが」と寄ってきたが断った。

今日は四月三日、私はこの日家に帰ることにこだわっていた。四年前の四月三
日、私は故郷を旅立ったのだ。できれば今日、家に帰りたかった。森松行きの
最終の汽車を待った。

汽車は空いていた。私の向かいの座席に六十歳ぐらいのおじいさんとおばあさ
んが座った。汽車が動き出して十分ぐらいすると二人が私に話かけてきた。

「お兄さん戦争から帰ったんですか?」
「はい、満州から帰ってきました」

「よう帰ったなあ、御苦労したでしょう。生きて帰ってよかった。ところで
 お兄さんどちらの方ですか?」
「自分ですか?荏原の西野です」

「えっ?西野のどなたさんとこですか?」
「自分は松本です」

「ええ!松本才吉さんかな」

おじいさんとおばあさんの顔色が変わった。

「お兄さん、いつ頃行ったん?」
「今から四年前です。ここ三年ほど手紙も出せませんでした」

「ほうかな。家のことは何もわからんじゃろうな」

二人は顔を見合わせて何か言おうか、言わないかとためらっているように見え
た。少し間が空いて、今度は私が話かけた。

「おじいさんはどちらですか?」
「ワシかな。ワシは坂本よ」

「坂本ですか」
「そうですらい」

私達は夜の八時間過ぎに森松駅に着いた。とりとめのないことを話しながら、
西野まで歩いた。二人と別れた場所は、出征のとき仲田のおばさんが泣いてく
れたところであった。懐かしい場所ばかりだ。川や池、橋、土手、柿の木、松
の木、池の小さな水音までが懐かしい。

心の中で、それらのひとつひとつに「ただいま!」と声をかけた。

―― 明りのついた自分の家の前に立った。何も変わらないでここに在る。

小さく深呼吸を一つして、戸をガラガラと開けると「ただいま!」と言った。

玄関を入ると、上りがまちの前の火鉢のところにお年寄りと若い人とが座って
いた。お年寄りが奥に向かって「おばあさん!お人が来たぞえ」と大声で呼ん
だ。母は少し耳が遠い。お年寄りは父の従兄弟で、若い人は私が満州に行って
から結婚した姉の婿で、たまたま広島から来っていたのであった。

奥から母が出てくるのを待つ間そこに掛けてある柱時計を眺めた。懐かしかっ
た。襖がスッと開いた。薄暗いが、私は母だとすぐわかった。

母は両手をついて「どちら様でございましょう?」と言った。自分の想像には
なかった意外な母の反応に戸惑い、咄嗟には言葉がでてこなかった。何度この
時を想像したことか。驚きと喜びに迎えられるはずではなかったか。しかし母
は、まだ私だと気付かないようだ。

私が黙っているので、母はジッと私を見ると、ジワリと立ち上り奥へ引っ込ん
だ。その当時、ヨシ子姉さんの夫が戦死したので姉は実家に帰ってきていた。
その姉に母が奥で話すのが聞こえた。

「ヨシ子さん、変わったお人が来とるが、あんた出てや。この遅いのに誰やろ
 うか」
「ほう、誰じゃろうな?」

と言いながら襖の開いているところに立ち、姉はジッと私を見た。

「進かいな?」尋ねるような、疑うような聞き方だった。

「はい!帰ってきました!」

「ええ!お母さん、お母さん、進じゃがな。進が戻んたんじゃがな!」

「すすむ?えっ!本当かい!あれが戻んたてて」

母が慌てて引き返してきた。火鉢のところにいた二人も驚いたように私の方を
見た。「進かえ?」やっとわかってもらえたようだ。四年も留守をしていたこ
とに改めて気付かされた。学生帽の子どもの私が、四年の月日を経て戦闘帽に
髭面だったから、母がすぐに気付かないのも無理ないかもしれない。

おまけにどうやら死んだと思い込んでいたらしいので尚更だ。火鉢のところに
いた二人も「よう戻んたのう。よかった、よかった」と言ってくれた。

母は抱きつくようにして「上がりや、上がりや!」と招き上げた。

そして「ヨシさん、早う電気回してや」と手元に持ってきた電灯で私の顔を照
らし、ジッと食い入るように見つめた。母は自分の息子、進であることをよう
やく確信して、やっとニッコリと嬉しそうに笑った。その時の笑った顔は顔は
いまでも忘れられない。

「中国やソ連の捕虜になっていて、興南から船に乗って佐世保に一週間前に着
 いた。その時、手紙を出そうと思ったけど、今までも出せなかったんじゃか
 ら`顔を見せていっぺんに喜んでもらおうと思って帰ってきた!」

「ほうかえ、手紙をくれりゃあよかったのに」

「お父さんは?寝とるんやろ?」

「お父さんけ......、お父さん、、死んだよ。おまえのことを言いながら死ん
 だよ。お父さんの死んだ日に、おまえと満州で一緒だった玉井さんが来てく
 れて、その人が帰られて十分もしないうちに息を引き取ったよ。玉井さんが
 来てくれたとき『お父さん、進の友達よ。進の友達来てくれたんよ』と何度
 も言うと、わかったみたいで嬉しそうにしとったよ」

母は辛そうにそう言った。父のことは今までにも死んでしまっているかもしれ
ないと覚悟はしていた。しかし父には一言「帰ったよ。心配掛けたね」と言い
たかった。

「あれほどおまえのことを近所中に自慢して歩いておったのに、もうちょっと
 長生きしておればおまえに合えたのに......」
母の目は涙で光っていた。

「兄貴は?」
「今、芝居の練習に会堂へ行っている。もうすぐ帰るよ」

しばらくして帰ってきた兄と弟と、久しぶりに話をした。二人とも嬉しそうで
あった。弟に「おまえ大きくなったのう!」と言うと照れくさそうに笑った。
弟も兄と一緒に青年芝居の稽古をしていた。昔座っていた場所に座り、ご飯を
食べた。ここでの食事を何度夢に見たことか。

―― 次の日の朝、久しぶりの我が家で目が覚めた。

布団の中から天井を見る。杉天井の節の数をゆっこりと数えてみる。ジッと見
ていると、節が人の目や魚の目に見えてくる。「そうだ、そうだった。あの頃
のままだ。何も変わっていない」障子の飾りガラスの富士山と鳥の絵も、襖の
模様もそのままだ。

牛の鳴き声がする。私がいた頃の牛だろうか。鶏の鳴き声もする。少し遠いか
らよその鶏だろう。母が台所で炊事をしている音がする。ここが私の家だ!!
やっと帰ってきたんだ!!フツフツと喜びが沸いてきて自然と顔が綻んだ。

ゆっくりと起きると母が朝ご飯を勧めてくれた。飯台の前に座ると、昨夜見な
かった三、四歳の女の子が、目をこすりながら私の前に立った。とてもかわい
い子で「嬢、どこの子?」と聞くと「とし子、四歳」と答えた。ヨシ子姉の子
どもだ。

姉が出てきて「おいちゃんよ。こんにちは、おかえりなさいと言わんかね」と
言った。するとすぐに「こんにちは、おかえりなさい」とハッキリと挨拶をし
た。利発な子だと思い「こっちへおいで」と言うと、嬉しそうに私の膝に抱か
れた。
後からこの子の兄の文夫が起きてきた。襖のところから見ているだけ、恥しそ
うにしていた。姉は一人でこの子ども達を育てていかなくてはならないのだ。

―― 姉婿が知らせてくれてみんなが会いに来てくれた。

母は一生懸命ごちそうを作ってくれた。昨日汽車で一緒だった坂本村のおじい
さん、おばあさんは、私の遠縁に当たる人だった。父の死んだことを知らずに
やっと我が家に帰る私を不憫だと思い父のことを黙っていてくれたのだろう。

夕方、墓地に行った。もう辺りは薄暗くなりかけていた。一人で思い切り泣い
た。父の反対を押し切り、充分の別れもできなかった。
「どうしても行くのか......」そう言っていた父のことを思うと、申し訳なさ
でいっぱいだった。泣くだけ泣いて父と本当の別れをした。

                     = 満州青春録:つづく =
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┃┃ お便りで頂きました感想。
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┏━━━━━━━━━━「十八子松戸さん」

こんにちは、愛読者の十八子松戸です。

60年前に終わった戦争について
「満州青春録」作者の松本様のような悲惨な経歴は心が痛いです。
本になっていますか。中国語訳して中国へ出版できるでしょうか?

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(^^) OJIN です(^^)

松本さんの自分史「佳き日を生きて」は、その後も希望される方が続き、残っ
ていた分は終了しましたという連絡を頂きました。
尚希望される方がおられるようであれば増刷を考えますが、今度は本の原価と
送料だけはお願いしたいということでした。
=国内(送料込み)3000円 海外の場合は送料を別途に計算。

ご希望の方は、郵便番号・住所・姓名・電話番号と「佳き日を生きて」希望と
書いてメールにてお送りください。 asiadesu@hotmail.com

  「佳き日を生きて」表表紙      「佳き日を生きて」裏表紙



















「佳き日を生きて」目次
第一章
 1.母の背中(幼児期の思い出)
 2.兄弟げんか
 3.魚とり
 4.先生の思い出
 5.仕事好きの子ども
 6.遊び
 7.村の祭り
 8.すいか作り
 9.麦・米
10.新築
11.薪集め
12.大人のけんか
13.遠足
14.兄弟のこと
15.赤紙の兵隊さん
16.山火事
17.博打
18.山の木出し
19.物売り
20.父の商売
21.小作争議
22.卒業式
23.父との別れ
第二章
24.旅立ち
25.岐阜での暮らし
26.満州へ(堤中尉の涙)
27.七五一部隊
28.11期生の涙
29.初めての外出
30.部隊でのくらし
31.竜宮城の乙姫様
32.二三七部隊
33.熊岳城
34.終戦
35.安東の収容所
36.土橋さんの家
37.社会主義との出会い
38.八路軍に参加
39.815記念日
40.北朝鮮に渡る
41.トロッコ
42.脱走
43.石ごたつ
44.帰国命令
45.興安丸
46.日本が見える
47.懐かしの我が家
48.自分の墓
第三章
49.青年芝居
50.災害
51.引揚者援護協会
52.私の新宅
53.山林と牛
54.三人の男兄弟
55.腹違いの兄
56.結婚
57.農業委員
58.たばこ耕作者の争議
59.みかん作り
60.母の死
61.妻の入院
第四章
62.不動産業を始める
63.古家買い
64.一富士商事設立
65.福増力夫氏との出会い
66.スナック・バー通い
67.二度目の新築
68.庭造り
69.成人病センター
70.土地改良区の理事
71.茶道を習う
72.金貸しの二年
73.中野町の土地の売買
74.相撲茶屋
75.女優、片山由香との出会い
76.まつちかに店を出す
77.白鳥を飼う
78.証券株
79.農協理事になる
第五章
80.娘の結婚・息子の結婚
81.西野町総代
82.中国語の勉強
83.宅建協会理事となる
84.優しかった義母
85.兄の死
86.交通事故
87.こどもの城
88.お墓のこと
89.人捜しの旅
90.支えられて
91.戦友会
92.感謝をこめて(あとがき)
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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